馬鹿げてる
シエナは拳を握りしめていた。
怖い話を聞いた夜、ベッドの中で話そうとしない妹の小さな汗ばんだ手を思い出す。それでも妹は懲りずに言うのだろう。もっと話を聞かせて、と。
窓の外では雪が弱まり、風も穏やかになっている。寒さだけが居残り辺りを漂っていた。そのことに気づいていれば、少女はこの旅人を外へ追いやったかも知れなかった。しかし、シエナは過去とエリック、そしてそれを取り巻く物語の風景に目を奪われていた。
「大鷲に野兎にカモシカだなんて……」
馬鹿げているわ。
エリックは覗きこむようにしてシエナを見た。
「気に入らないかい? 」
シエナは無理に笑おうとして頬をひきつらせた。すばらしい話です、とはもう言えなかった。唇がむずむずして本当のことを言いたがっていた。
「動物がいけないのかい? 」
「変身がいけないんです」
少女が答えると、彼は考えてもいなかったというふうな顔をして、躊躇いがちに尋ねた。
「一体なぜだい? 」
エリックはそれ以上は聞かなかった。静かにシエナの答えを待っていた。暖炉の中で火の粉が小さくはぜた。
「嘘なんだもの」
ようやくシエナは絞り出すように言った。
「魔法だの、変身だの、奇跡だの。みんな嘘っぱちよ。そんなものを語るなんて馬鹿げてるわ。そうでしょ? 」
母親の声が聞けない日々が変わるわけがない。シエナが優しいお姫さまになる日なんてない。
「ありもしないものを、まるであるかのように話すなんておかしいわ。なれもしないものに、まるでなれるかのように話すなんておかしいわ。人は自分以外のなにものにもなれないのよ。そうでしょ? 」
どうしてこんなにも心がかき乱されるのかわからなかった。ただ、シエナは熱くなった目にこみ上げてくるものを溢れさせまいと瞼を強く閉じて俯いた。そんなところを彼に見られるのは恥ずかしかった。けれど、エリックに背を向けてしまうのはもっと情けなかった。シエナはしばらく下を向いたまま顔を上げられないでいた。
エリックは何も言わなかった。
旅人は驚いただろうか。呆れているだろうか。それとも落ち込んでいるだろうか。ゆっくり顔を上げるとエリックはシエナの方を見ていたなかった。
「ああ、シエナ。この世にはたくさんの嘘が溢れているとも」
最初に話したときのように、暖炉の方を見つめていた。優しげなそれでいて悲しげな瞳を炎の方へと向けていた。まるでその火に愛しい故郷でも見えるかのように。
「だけど、僕はこう思うんだ。人がつく嘘の中でで、彼らは特別なんだって……なんて伝えればいいんだろう。こんなことを言うのはおかしいかもしれないけれど、彼らを君には嫌ってほしくないんだ。どうだろう、あと一つ話をさせてくれないかい? それでもダメならもうしないよ。僕のあらゆる特別な嘘に誓うよ」
彼はそう言ってシエナを真っ直ぐ見つめ直した。
少女は黙ったまま頷いた。
「今度は、動物じゃない話にしよう」
旅人はほほ笑んだ。




