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悪魔に追われた兄弟




 あるところに貧しい農夫がいた。金に困った農夫は最後の財産である牛を売るため、朝早く市へ発った。しかし、その日辛抱強く歩いてまわったが、痩せた牛は安くでしか売れなかった。


 途方に暮れた農夫が僅かばかりの金を握りしめて、帰路につくと悪魔が現れた。悪魔は、農夫の息子を自分に売ってくれと言った。彼には二人の息子がいた。


「善き働き手が欲しいのだが、みな天使に横取りされてしまって困っている。今、お前の二人の息子を俺に売ってくれるならば、お前の望むだけ金を出そう」


 農夫は初めのうち反対したが、牛を売って得た金を見るとこう思った。


 このまま家に帰ったところで暮らしが良くなるわけでもない。それどころか、こんな暮らしが続けばいずれ息子たちを喰わす金もなくなってしまうだろう。なら、いっそ今のうちに手放しておけば口減らしに自らあの子らを捨てに行くこともあるまい。


 こうして農夫は息子たちを悪魔に売ってしまった。


 二人の兄弟は悪魔に連れられ、彼の家にやって来た。


 悪魔はまず兄を庭へ連れて行き、魔法の鞭で一打ちした。すると、兄は牛に変わり、(すき)を引きずりながら広い畑を耕さなくてはならなくなった。


 次に悪魔は弟を家の裏口に連れて行き、魔法の鞭で一打ちした。すると、弟はキツネに変わり、森の方で兎を捕まえなくてはならなくなった。そうして、二人が仕事を終えると、悪魔は兄弟を二度ずつ鞭で打った。二人はもとの姿に戻り、納屋の藁の中で眠った。


 翌日、兄弟は朝早くに起こされ、悪魔にまた鞭で打たれた。それからというもの、兄弟は毎日鞭で一打ちされては仕事を言いつけられるのだった。ロバになって、荷運びをさせられたり、犬になって家畜の見張りをさせられることもあった。兄弟はくたくたになるまで働かされたが、兄は弟を気遣い、弟は兄の仕事が少しでも楽になるように尽くした。


 ある晩、兄弟が眠りにつくと、白い顔の優しげな女が現れた。女は兄弟を交互に見ると細い手で二人の頭を撫で、そっと囁いた。


「哀れな子どもたち、今から言うことをよく聞くのです。明日、あの悪魔は一晩家を空けることになるでしょう。そうしたら、あななたちはそっと家を抜け出して教会の扉を叩くのです。神の使いである忠実な娘がすぐに扉を開けて助けてくれるでしょう。あそこには悪魔は入ることができないのです。森の奥に進み岩場を過ぎ、大きな谷を越えるとたどり着けるでしょう」


 翌朝、目が覚めると、あれは天使のお告げに違いないと兄は弟に言った。兄弟はきっと二人で教会へたどり着こうと誓った。


 その日、天使の言ったとおり、悪魔は同胞たちの集まりに行き、一晩家を空けることになった。


 夜になると兄弟は仕度をし、悪魔の鞭を盗んで外へ飛び出した。玄関の扉を開けると同時に、ドアノブに彫られた小悪魔が叫んだ。


「主様! 小僧たちが鞭を持って逃げましたぞ! 」


 小悪魔の声を聞きつけて悪魔はすぐに二人を追った。悪魔の履いた先の尖った魔法の靴は、一歩踏み出すだけで馬車より速く進む魔法の靴だった。悪魔はたちまちすぐ近くまでやって来た。


 弟は自分を一打ちすると、大鷲に姿を変えた。兄を背に乗せ教会まで一直線に飛んでいこうとした。悪魔はそれが兄弟であることに気づき、懐から鉄砲を取り出すと狙いを定めて引き金を引いた。それは弟の翼をかすって空に消えたが、兄は身に迫る危険を知り、弟に森へ下りるように言った。兄は下りると素早く弟を二打ちして元の姿に戻した。


 悪魔は森へ消えた兄弟を見失った。兄は再び見つけられる前に、身を隠す場所を探した。よく約一人だけ隠れられる茂みを見つけると、弟を木の茂みに隠し自分を一打ちして野兎に姿を変えた。悪魔は兄弟に気づかずに、ずっと先へ行ってしまったのかとさらに歩幅を大きくして通り過ぎてしまった。弟は兄を二打ちして元に戻すと、手を取って走り出した。


 ゴツゴツとした岩場に足を取られている頃、悪魔はようやく行き過ぎたことを知り、駆け戻って来た。弟は急いで自分を鞭打ち大きなカモシカになると、兄を背に乗せ岩を飛び越えた。大きな岩に足を取られていた悪魔は兄弟に追いつくことができなかった。兄が弟を二度打ち、元に戻して谷へと向かった。


 兄弟が大きな谷の前までやって来た頃、悪魔はようやく岩場を抜け出した。


 もう教会の屋根が遠くに見えた。


 兄弟はわき目もふらずに細い吊り橋を走った。向こう側に辿り着くと兄は自分を鞭打つと狼になり、鋭い爪で縄を切って吊り橋を壊してしまった。谷というのは、たいへん大きく深いものであったため悪魔はたいへん遠回りをすることになった。弟は兄を鞭打つと元の姿に戻し、二人は教会へと向かった。


 ようやく教会が目の前に見えてきた頃、悪魔は兄弟に追いついた。弟が石畳の途中で躓いてしまい持っていた鞭を取り落としてしまった。鞭は左の小道に転げ落ちてしまった。急いで戻ろうとする先にはもう悪魔の姿が見えていた。兄は弟の手を引き、鞭を置き去りにして教会まで走った。扉まであと数歩というところ、悪魔はついに鞭を取り戻し怒りにまかせて兄弟を打ち据えた。


「生涯を石として過ごせ! 」


 悪魔に打たれた兄弟は、みるみるうちに冷たい灰色の石になって固まってしまった。悪魔はそれを見て満足すると、兄弟をそこに捨て置いて帰って行った。


 夜が明けてシスターが兄弟を見つけた。神様の贈り物だと思った彼女は、兄弟を中庭の一番陽のあたる場所に置いて毎日丁寧に磨いた。


 今でも兄弟の石像はその教会に立っている。


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