第一部 エピローグ
あの戦いから数日が経っている。
帰ってきたときには、三人はもうぼろぼろで、すぐに治療をする。
ライアは右腕を折られ、はじめは動かすことも出来なかったが、回復魔術による治療で数日後、一通り動かすことが出来るようになっていた。
アイリスとマリーはただ魔力切れを起こしていたため、一日経てば動くことは普通に出来た。でもマリーは魔力が完全には回復しておらず、魔術を使うのはしばらく控えるそうだ。
あの跡形も無くなった村と、メアリに殺された村人はもうどうすることも出来ない。
その村のことも、そこに住んでいた村人たちのことも、アイリスたちはほとんど知らない。
ただせめてもと思い、あの村の中心に墓を立てておいた。
いずれ人間たちにもこの村のことは知れ渡るだろう。
それが悪魔の仕業とするか、魔女の仕業とするか、はたまた自然の仕業とするか、それはその時にならなければ分からない。
そんなこんなで授業はしばらくなしとなり、各自自由に行動していた。
その時でもアイリスは魔術の練習を怠らず、初級魔術の連続放出の特訓をしていた。
メアリとの戦いで、自分でもこの力を使えば役に立てるというのがわかった。
だからこそ、この力を完璧に使いこなせるように努力をする。
一日に使える魔力の限界を把握しつつ、正確に強い威力で放てるように。
でもそれ以上に、連続して放出させると言うことを頭において。
そしてある日、マリーに特訓の成果を見せることになった。
場所は実技の授業をやった所と同じ、崖の場所だ。
そこでマリーに見守られながらアイリスは魔術を発動させる。
無駄に精神を集中させ、時間を取る事はしない。
それは戦闘のときは命取りになる。
この魔術の利点はその発動の早さと数の多さだ。
「えいっ……」
声とともに杖を小刻みに振る。
杖の先からは火の玉が次々と放出されていった。
それらははじめの頃に比べるとだいぶ変化していた。
少しばらつきはあるものの基本垂直に、真っ直ぐに放たれた。
火の玉も、ほぼ普通に初級魔術を使うときと同様の大きさを保っていた。
しばらく火の玉が放出され続けた。
合わせて十発以上、アイリスの杖から火の玉が立て続けに発動されていた。
「まぁ、合格だな」
「ほ、本当ですか!?」
アイリスの姿を見守っていたマリーが言った。
アイリスは嬉しかった。マリーに認められたということは凄く誇らしいことだった。
「ああ、やっぱおまえにはこれを使う素質がある。後はもっと練習すれば、精密さと威力も上がるだろう」
「それは良かったです……」
嬉しいことである。やっと自分に見つけられた、上級魔術の変わりになる技だ。
でも少しアイリスには不安があった。
「どうしたんだ? あんまり嬉しそうじゃねえな」
「いえ、そうじゃないんですけど……先日の戦いで、固有魔術がどれだけ重要か分かって……」
そう、アイリスは固有魔術のことを色々考えていた。
ライアの視界にあるものを自由自在に操る魔眼の固有魔術。
マリーの黒魔術最強といわれる破滅の固有魔術。
そして、メアリの死体でも生きた人でも、人形として操る固有魔術。
どれも非常に強力なものだ。
アイリスにはそんな能力は持っていない。
たとえマリーから教わったこの技を使いこなせるようになったとしても、この先通用するのだろうか。
「お前は固有魔術が使いたいのか?」
「はい……」
「……分かってると思うが、固有魔術ってのはな、簡単に使えるもんじゃねえ。生まれつきでない場合、覚えるのに苦労するぞ」
マリーの言う通りだ。
生まれつき固有魔術を持ってる者ならともかく、自分の力で固有魔術を使えるようにするには、途方もない努力が必要である。
それは大魔女の中で努力の末、最後に固有魔術を取得したマリーだからこそ、説得力があった。
「そうですよね。やっぱり私には……」
途方もない努力を自分ができるのか。
それは答えることができない。
いや、たぶん自分には無理だろう。
「ただ、固有魔術を覚える近道はある」
「そうなんですか!?」
諦めかけた時マリーはそう言った。
「ああ、固有魔術はその魔女の個性の魔術。だからおまえ自身の個性を伸ばすんだ」
「私自身の個性……」
それが固有魔術への近道なのか。
だとしたら自分の個性とはなんなのだろうか。
「誰にでも得意不得意ってのはあんだ。不得意なことを伸ばすより、得意なことを伸ばしたほうが遥かに成長は早いだろ? 固有魔術が使いたいなら、自分の得意なことを知れ。そしてそれを伸ばせ。それが一番の近道だ」
やはりマリーの言葉には説得力があった。
努力で固有魔術を手にいれた彼女だからこそ、たどり着いた答えなのだろう。
自分の得意な事。
あるとすれば初級魔術を使うことと、字を書くこと。
それくらいしかない。
でももし、これらが自分の個性だとしたら。
固有魔術を使うのになにか重要なのかもしれない。
今はそれはわからない。
でも自分にも固有魔術を使えることが不可能でないのならば。
頑張ろう。そう思った。
「わかりました。私頑張ってみます!」
「ふん、その意気だ」
マリーは少し頬を緩ませて言った。
◇
「それじゃ、世話になったねぇ」
「こちらこそ、助けていただいて大変感謝してるでやがります」
ライアの言葉にソーラはお辞儀をしていた。
アイリスの魔術がマリーに認められ、ライアとアイリスはこの森から旅立つ事にした。
その二人と縁が深かったマリーとソーラが、見送りに来ている。
ソーラはもう背中の傷は治っていて、普通に動けるようであった。
「次来んなら遅くに来んじゃねえぞ。迷惑だからな」
「はいはい、分かってるって」
ライアとマリーは顔を見合わせて言う。
マリーは文句を言うように言ってはいるが、来るなとは言ってなかった。
それが彼女なりの素直な気持ちなのだろうか。
そんな彼女たちを見ながらアイリスはソーラと顔を合わせる。
「ソーラちゃんもいろいろありがとうね」
「いえ、これもマリーさまの一番弟子である私の役目でやがりますから」
二人は互いに微笑みあう。
アイリスは実際にはライアの弟子ではないが、立ち位置としてはソーラとどこか重なるところがあった。
アイリスはライアを、ソーラはマリーを一番に尊敬していたから。
だからなにか近いものを感じ二人はこの数日で仲が良くなっていた。
するとマリーはアイリスの方に近づいて来た。
「アイリス、おまえ本当にいいんだな? この先なにがあるかわからねえぞ?」
マリーは少し険しく、どこか心配そうな顔で言ってきた。
実は少し前、アイリスはマリーにここで暮らさないかと言われていた。
ここなら安全だし魔術の練習もできる。
ライアといたらバフォメットやメアリのような事件に、巻き込まれてもおかしくない。
いやむしろ、彼女はあえて巻き込まれに行くのかもしれない。
だからマリーは心配していたようだった。
でもアイリスは首を横に振る。
「いいんです。私はライアさんについていくって決めたんですから……覚悟の上です」
何度も言ってるがそれは変わらない。
もともと自分は旅をしたくて、魔女都市から出てきたのだ。
そしてライアといれば、その旅はより楽しくなる。だからアイリスは彼女の側にいたかった。
「ふん、なら勝手にすればいい」
するとマリーは、帽子で顔を隠すように言った。
「たまにはここに来やがれって、マリーさまはいってやがるでありふにに……」
「言うなソーラっ!」
ソーラが話してる途中マリーがソーラの頬を引っ張った。
よく見るとマリーの顔は真っ赤になっていた。
「にしし、やっぱ素直じゃないねぇ、あんたは」
そんなマリーを見て、ライアはにやにやと笑っていた。
「うるせえっ! さっさと行け、行きやがれ! 来たきゃ勝手に来ればいいだろっ!」
顔が赤いまま、マリーはライアを睨み付けた。
「分かったって。それじゃ行こっかアリス」
「はい」
顔をそらしたままのマリーを放って、二人はこの場から去ることにする。
「またいつでも来やがってくださいね」
ソーラは二人を笑顔で、手を振りながら見送ってくれた。
そして二人は、マリーの森から出ていった。
「ここに来て、たくさんのことがありましたね」
歩きながらアイリスが言う。
「そうねぇ、あんま良いことはなかったけど……ま、楽しかったねぇ」
「これからもこんな事が起きるのでしょうか……」
「……きっと起こるでしょうね。今回以上に、大変なことも」
少し間を開けてライアは言う。
今回だって大変であった。
ソーラが魔女狩りにあった。
近くに住んでいた村人はメアリによって皆殺害された。
そして上位悪魔にも匹敵する、悪魔堕ちした魔女、メアリと戦った。
辛いことはたくさんあった。
諦めそうになることもあった。
でも悪い思い出だけじゃない。
大魔女の一人、マリーと出会った。
そのマリーから魔術を教わった。
美味しいケーキとハーブティーも楽しんだ。
そしてアイリスは、今まで気づかなかった、自分の力と勇気を手にいれた。
それらはここに来なければきっと、なかった事だ。
だからこれは悪い思い出じゃないし、無駄ではない。
アイリスは突然、立ち止まった。
それに気付いたライアはこちらを振り向く。
ライアがこちらを向いたと同時にアイリスはそれを見計らっていて、大きな声で言った。
「わ、私……それでもライアさんについていきますっ! ライアさんのそばにいさせてください!」
ただそれだけを言いたかった。
相変わらず使えるのは初級魔術だけ。
固有魔術なんて使えもしない。
でもそれが全てではない。
こんな自分でも彼女は自分を頼り、自分を信頼してくれた。
そして自分はその信頼に答えることができた。
だからアイリスはライアについていく。
そんなアイリスの姿を見て、ライアは微笑んだ。
「ふふっ……わたしだってアリスのこと頼りにしてるよ。これからもよろしくね」
「はいっ!」
二人は互いに微笑み合い信頼を確かめあった。
その後二人は広い草原へと出て立ち止まり、地図を見た。
「次はどこへ行くんですか?」
「そうだねぇ……海を渡って、別の大陸に行きましょうか」
新たな目的地を決め、再び二人は歩き出す。
まだ彼女たちの旅ははじまったばかりだ。




