破滅の大魔女
遡ること少し前。
その時マリーは、怪我をしたソーラの面倒を見ていた。
回復魔術で治療はしたが、背中の傷はだいぶ深くて、まだまともに動ける状態ではなかった。
「申し訳ねーです。わたしなんかのために、マリーさまに迷惑を掛けやがってしまって」
ソーラはベッドに寝たままの状態で、こちらを見て椅子に座っていたマリーに対して言った。
「構わねえよ。おまえが無事ならそれでいいんだ」
マリーはライアなどには見せることもない、優しさと素直な気持ちを言う。
マリーにとってソーラたちは、亡くなった妹のような存在であった。
だからこそ、もうあのような悲劇を起こすわけにはいけない。
彼女たちは絶対、自分が守らなければいけないのだ。
そんな決意を胸にしながらマリーはソーラのために、森でとれたリンゴをナイフで一口サイズに切り分ける。
切ったリンゴを1つ、フォークで刺してはソーラに向ける。
「ほら、口を開けろ」
「あ、大丈夫でやがりますよ。手は使えるでありますです。そこまでして貰うわけには……」
マリーの行動にソーラは驚き、頬を赤く染めた。
恥ずかしく照れているようだ。
でも今の彼女は寝たきりで手が使えるにしても食べずらいだろう。
やはり自分が食べさせるべきだ。
「遠慮すんな。こんなことは滅多にねえんだからな」
「それではお言葉に甘えて……」
ソーラは恥ずかしがりながらも、ゆっくりと口を開けて、マリーが差し出したリンゴを食べる。
食べているときのソーラの表情は、どこか微笑んでいるように見えた。
「なんででやがりましょうか……昨日あんな目に合ったのに、マリーさまに甘えられて、ちょっと良いなって思ってしまいやがりました」
リンゴを食べ終えたソーラはちゃんとした笑顔を、マリーに見えるように言う。
そんなソーラに対してマリーは、少し微笑みを見せ、右手でソーラの頬を優しくつねる。
「ふにに……」
「バカなこと言うんじゃねえ。オレがどれだけ心配したと思ってんだ。もう二度とおまえにあんな目に合わせはしねえ」
こうしてソーラの面倒を見ていると、昔のことを思い出す。
まだ出会ったばかりの頃のソーラは、幼くて泣き虫だった。彼女も当時、家族を魔女狩りで亡くしたばかりで、どこか妹を亡くした自分と重ねていた。
だから彼女のことを大切に育てた。そして徐々に弟子も増えていき、一番弟子として彼女を信頼してきた。
他の弟子と贔屓したくはないが、それでも彼女はどこか妹と重ねてしまう自分がいる。
だからこそ彼女を失いたくはなかった。
「ところでマリーさま。ライアさまはどうしやがりましたか?」
ふとソーラは、何を思ったのかライアのことを尋ねる。
「あいつか? あいつはアイリスと一緒に昨日の村へ行ったみたいだ。あの村の謎を調査するためにとか言ってたな」
「マリーさまは行かなくて、いいんでやがりますか?」
「あいつだけで十分だろ。それにオレはおまえたちの面倒をみなきゃなんねえ」
そう、ライアには人間と関わりたくないからと言ったが、それだけじゃない。
今はソーラや弟子のそばにいてやりたかった。
「ほんとにそれでいいんでやがりますか?」
「どういうことだ?」
「ライアさまは、マリーさまを必要としているのではやがりませんか?」
「それは……」
ライアが、マリーの力を必要としているのは確かだった。
昔の彼女であれば、自分がいなくてもすぐにこんな事件解決できるだろう。
でも今の彼女は本来の力を失っている。ヴァルプルギスの夜の後、戦いの後遺症か彼女は幻術以外の力を失ってしまった。
だからライアは自分を頼りにしたと言うのに、自分はそれを拒否してしまった。
「マリーさまはわたしたちに優しいから、わたしたちを優先してくれてるのは分かるでやがります。でも今は、ライアさまの方を優先してほしいでやがります。ライアさまも、マリーさまにとって大事な仲間なんじゃないんでやがりますか?」
「ソーラ……」
ふと、考えてしまう。
ライアをこの件で死なせてしまったら。
ライアが戦いで死ぬなんて事、マリーには想像がつかない。それだけ彼女は強かったし圧倒的だった。
でも今は違う。今の彼女は相手を圧倒できるほどの力を持ってはいない。
敵によっては簡単に、殺されてもおかしくないのだ。
ライアとはじめてあったときの印象は最悪だった。
ライアは今みたいな明るい性格ではなく、生意気で協調性が無かった。
そんな彼女がマリーは大嫌いだった。
自分の魔術を見ただけで使いこなした彼女が大嫌いだった。
彼女の強さを妬んでいた。
でも、だからこそマリーは努力した。
彼女より強くなりたいと努力をした。
なにより彼女と、たくさんの時間を過ごした。
そんな彼女を失ったらどうする?
考えられないし考えたことも無かった。
だからこそ失ったとき、どうなるか分からない。
次誰かを失ったら自分はどうなってしまうのか。
考えたくもない。
その時右手に柔らかい感触が伝わる。
見てみるとソーラが手を握ってきた。
「行ってやってくだせえ」
彼女は微笑んでそう言った。
それが後押しとなった。
しばらく黙っていたマリーは口を開く。
「ったく……弟子に言われちゃ仕方ねえな」
そう言ってマリーは立ち上がる。
握られていた手は離れていく。
そのまま杖をとりマリーは扉の方へと向かった。
部屋から出る、その前にマリーは最後、ソーラにこう言った。
「行ってくるよ。ライアのやつ、オレが来る前に死んでたら、ただじゃおかねえ」
「ふふ……素直じゃねーですね」
◇
「真正面で破滅の魔女と戦うことになるなんて……厄介ですわね……」
時は戻り現在。
ライアたちが危機的状況というタイミングで、マリーは現れた。
メアリにとって、不意打ちを仕掛けずにマリーと戦うことになるのは、かなり不利な事なのだろう。
形勢は逆転したのかもしれない。
「にしても昨日言ってたじゃない? 行くならわたし一人でいけって。どういう風の吹き回しよ」
マリーに対してライアは悪戯っぽく言う。
「ふん……ただの気まぐれだ」
マリーは素直には言わなかった。
だがライアを心配して来たであろう事はアイリスにも分かる。
その後マリーは人ではなくなったメアリを睨み付け、杖を向ける。
「んなことより、よくもオレの弟子に、手を出してくれたなてめえ……覚悟できてんのか」
「くっ……」
メアリは悔しいといった表情をしている。あと一歩で、ライアを殺せたかもしれないのに邪魔が入り、むしろ自分が殺されるかもしれない。
そんな状況であるのだから当然とも言える。
マリーの杖からは炎の渦が巻き起こる。
そのあと杖の先端に火の玉が現れては、次第に大きくなっていく。
火の玉は限界を知らないのではないかと思えるほどその大きさを増していった。
最終的にその大きさは、家一つ飲み込むくらいに巨大な火の玉となった。
こんな大きな魔術アイリスは見たことがない。
本来火の上級魔術であってもここまで巨大になることはないはずだ。
でも、それを可能とするのは彼女が大魔女であるが故か。
そして彼女は言った。
「消え失せろっ……!」
その言葉を合図に巨大な火の玉はメアリ向かって放たれた。
メアリはそれを鎌になった手を交差させるようにして防御をはかる。
しかし、それは無意味。
火の玉はメアリにぶつかるとメアリ自身を包み込むように渦を巻いた。
「ああぁぁぁぁ……!」
メアリの悲鳴が響き渡る。
火の渦は柱のように高く大きくなって、メアリを焼き包める。
「倒したんですか……」
さっきの悲鳴の後、メアリは一切、声を上げなかった。
死んだのだろうか。
だが、まだ炎の渦は消えない。
本当に死んだのかは分からない。
次第に炎の渦が勢いを弱めた時、メアリがいたところを確認する。
するとメアリらしき面影が炎の中から映り出た。
「いや……まだよっ!?」
「ウフフ……」
メアリの笑い声が微かに聞こえる。
メアリは生きていた。
だがもっと驚いたのは、炎の渦が消え去り全体が見えたときだった。
そのメアリの姿を見たとき、マリーは驚愕する。
「こいつ……全く傷がねえだとッ!?」
全身が炎に包まれたと言うのに。
灰になっててもおかしくなかったと言うのに。
メアリはどこも、焼けても、焦げても、溶けてもいなかった。
先ほどまでと変わらない。
無傷だったのだ。
その後またあの不気味な笑いが響き渡った。
「アハハハハハハハハッ! 素敵ですわこの力っ! やはり悪魔は最高でしてよ。なぜもっとはやくから、悪魔堕ちしなったのでしょう!」
メアリはその悪魔の力を改めて実感し、感動していた。
相手にとっては思いがけない力で、アイリスたちにとっては非常に厄介な力だった。
「この固い皮膚……どんな力であろうとも、決して傷付けることはできませんの……わたくしはもう大魔女であろうと止めることはできませんわ!」
「そんな……」
アイリスはただ恐怖した。
絶望的だ。
マリーの黒魔術が全く効かないと言うことは、もう攻撃する手段は無いのではないか。
この状況でどうやって倒せと言うのか。
倒すのは不可能なのではないのか。
そう思っていたが……。
「ふふっ……なんだそんなこと? ねぇ聞いたマリー?」
「ああ、聞いたぜ。ただ傷が付かねえだけだろ? だったら簡単な話じゃねーか」
なのに二人は、にやにやと笑っていた。
この状況で頭がおかしくなったのか。
なんで笑っていられるのかアイリスはおろかメアリもわかりはしない。
「な、なんですの……あなたさまたちでは、わたくしに傷をつけることが出来ないと言ってますのよ……それなのにどうして笑っていられますの?」
「だからだよ。だからこそおまえにはアレを使うのがちょうどいい」
マリーには秘策があったようだ。
この状況を突破できる方法をマリーは持っていた。
そしてマリーはマントを風に揺らすように広げ、かっこつけるように言った。
「見せてやるよ……オレの固有魔術を」




