悪魔堕ち
「ぐぐぐっ…………」
メアリは足掻こうと体を動かそうとするが、ライアの縛る力は強く、次第に無意味だと気付いたようで動きを止めた。
「あんたはもう魔術を使える状況じゃない。本当なら、ここで始末しときたいけど、魔女都市に追放で勘弁するわ。そこでちゃんと罰せられなさい」
ライアは落ち着きを取り戻していたようで、はじめの時のような殺気は無くなっていた。
魔女都市には魔女を罰する所があり、魔術を悪用した魔女はそこで罰を受けることになる。
悪事によって罰は異なるが、メアリほどの重罪ならば永久監禁、または処刑されるであろう。
「ウフフ……フフ…………」
メアリはおとなしく抵抗せずにいたが突如、先程までと同じ不気味な笑いをした。
「いい加減その笑い方やめなさいよ。気味悪いのよ」
「なぜわたくしが笑っているのか、あなたさまは分からないですのね」
「なによそれ……まだ策があるとでも言うの?」
今の彼女には、魔術を使える力はない。
それだというのにまだ彼女はどこか、余裕があるように感じた。
「わたくしは悪魔教の魔女……ならアレを使うのも平気なのでございますわ」
「……あんたまさかッ!?」
その時、ライアの顔つきが大きく変わった。
それは怒りとか憎しみではなかった。
なにか恐怖に怯えているような、そんな感じが伝わってくる。
アイリスには分からないが、ライアにはメアリの言ったアレの意味が分かったようであった。
「やめなさい! アレだけは本当に、なにが起こるか分かんないのよッ!?」
ライアの必死な顔で叫んだ。
ライアがそこまで必死で止めようとする事とはいったい……。
「わたくしは悪魔と共に生きるのですわ……ならば、悪魔に魂を売るのも……わたくしはためらいませんわ!」
「いったいなにを……!?」
「アリス下がって!」
ライアはいきなりアイリスを抱き抱えメアリのそばから離れるように走った。
すると突如、メアリの足元に魔術陣が発動された。
今のメアリには魔術を発動させる力などないはずなのに。
ただ、その魔術陣は普通とは違かった。
血のように紅く輝く魔術陣で、禍々しい雰囲気が漂っていた。
こんな魔術陣は見たことがない。
ないはずなのに。
その雰囲気は数日前に見た感じがした。
ちょうど悪魔バフォメットが、本来の姿を現したときと同じようなあの禍々しさだ。
そしてメアリはぽつりと言った。
「我が魂は悪魔と共に…………禁術ッ……!」
魔術を唱えるかのようにその言葉を発した瞬間、彼女の体に異変が起こった。
ブシャアァァァ! と体全体の血が吹き出すかのように彼女の体からはたくさんの血が噴射された。
それは魔血球が暴走し血管が破裂してるのと同じような現象に見えた。
血は彼女のまわりに飛び散り、あの白かったドレスに関しては、もう白い部分などない、血の色と同じ鮮やかな紅へと変わっていた。
「アハ……アハハハハハハハッ! ハハハ! アハハハハッ!」
どう考えてもかなりの苦痛があるはずなのに。
悲鳴をあげるくらいじゃすまないはずなのに。
それなのに彼女は。
気味が悪いくらいに笑っていた。
「こいつ……自ら悪魔堕ちを……」
「なんですかそれ……」
やはりこうなることを、ライアは知っていた。
どうなるか、その先の事を知っていたからこそ、彼女は恐れメアリを止めようとしていた。
「悪魔に魂を売った魔女の末路よ。魂を売った魔女は自らも悪魔になる……だから悪魔堕ち」
「そんなっ……!? 魔女が悪魔になるなんて聞いたことないですよッ……!」
「禁術だからね……知ってるのは大魔女とかごく一部。そして悪魔教の魔女だけよ」
禁術。
それは魔女が本来、使うことのできないはずの魔術だ。
たとえば、死んだ者を生き返られたり等本来ありえるはずの無いことを起こしたり、世界に大きな影響を与える驚異の魔術。
もしそれを使おうとすれば、仮に成功したとしても、その対価として発動した者の命は奪われる。
つまりメアリは自分の魂を対価に自分を悪魔にしたと言うことだ。
その間にもメアリの姿は大きく変わっていた。
ついには彼女の両手首が切断されたかのように吹っ飛んだ。
そこから血が大量に吹き出してくる。
そう思われた。
だが違う。
彼女の腕は切断された場所からなにかが生えてきた。
それは次第に形を変化していき、鋭い鎌のような手になっていった。
次に下半身に異変が起きた。
足が吹っ飛びそこから新しい足のようなものが出てくる。
だがそれは無数で、まるで虫のようにうじゃうじゃと生えてくる。
最後に、先端が鋭い長い尻尾が生えてきた。
その姿は上半身がカマキリのように下半身が蠍のように思えた。
手は鎌のように尻尾は剣のように鋭い。
もうその姿は、人でも動物でもない。
悪魔そのものだった。
「これが悪魔堕ち……」
アイリスは驚愕した。
魔女がこんな姿になるなど思いもしなかった。
もしも万が一、自分がこんな姿になったとしたらと思うと恐ろしい。
「力が……みち溢れてきますわ! 素晴らしい! 素晴らしいですわ! これが本来、魔女のあるべき姿だったのですわ!」
姿が完全に変わった時、彼女はその喜びを露にした。
悪魔になったというのに、なぜ彼女はそこまで平気で、むしろ喜んでいると言うのか。
「気を付けてアリス。悪魔堕ちは魔女とその魔女の中に眠る、悪魔の力を掛け合わせたもの……その力は上位の悪魔と同じかそれ以上よ」
ライアは落ち着いた声でそれでもどこか震えたように言った。
ライアが恐れてたのはその強さからだったのだ。
その禍々しく、恐ろしい殺気は悪魔以上とも言える。
それでもなおライアはアイリスを守るかのように前に立っている。
「見せてあげますわ……新たな力を……《亡霊人形》!」
メアリが叫けぶと、近くにあった死体から異変が起きた。
死体自体にはなにも変化はない。
だがその体からなにか抜けて出るようなオーラが現れ、徐々に形を作っていった。
それは人の姿だった。
手には剣や槍など武器を持っている
「お行きなさい《亡霊人形》魔眼の魔女を殺すのです!」
メアリは鎌となった右手をライアに向けて言う。
その指示に従うように亡霊たちはライアの方へと向かっていく。
「……やるっきゃないね!」
ライアは左手で剣を引き抜く。
右腕は折れて使い物にならない。
片手しか使えない状況。
かなり不利なのは確かだ。
それでも、やるしかない。
向かってくる亡霊にライアは立ち向かう。
剣が相手に届く距離に達したライアは、素早く剣で切りつけた。
だが切りつけても切った感覚は一切ない。
それどころか剣は空ぶるように亡霊の体をすり抜けた。
「攻撃が通じない!? これは幻影!?」
それに答えるかのようにすぐさま亡霊はライアに攻撃を仕掛ける。
幻影だと思いつつも、その攻撃にたいしてライアはとっさにさけたため傷は追わなかった。
だが、服の一部が切られ破けた。
これは幻影のようで幻影でなかった。
「幻影じゃない!? なんであっちだけ攻撃が通るのよ!?」
「アハハハハッ! 《亡霊人形》に物理的な攻撃は全く効きませんわ。まぁ、たとえ魔術を使ったとしても、簡単には消えませんけど」
メアリはライアを見下ろすかのように馬鹿にするかのように笑った。
この攻撃が物理攻撃を通さず魔術だけしか効かないと言うならば、この戦い勝ち目はない。
ライアは攻撃魔術が使えない。
アイリスも連続放出で倒せるか以前にもう魔術が使えない。
どうすることもできない。
「こっちは満身創痍だってのにッ!」
それでも足掻くようにライアは魔石を取り出して亡霊の足元にぶつけ発動させる。
当たった感覚はあった。
やはり魔術は通すようだ。
でもこんな攻撃、無意味と言えた。
「だから無駄だと言っているでしょう……魔石程度の威力では無傷なのですわ!」
傷らしい傷はついてない。
魔石の威力など初級魔術にすら及ばない威力でしかない。
「もうどうにも出来ないんですか……」
アイリスは嘆いた。
追い詰めたと思ってもそれでもまた逆に追い詰められる。
ライアは亡霊の攻撃を避けてメアリのところへ行こうとするが隙がなく、幻術を掛ける余裕もない。
もう二人ではどうすることもできない。
すると突然、遠くから声が聞こえた。
「ぶっ飛べ……!」
その声が聞こえたとき視界が光に包まれた。
あまりの眩しさになにが起こっているのか把握できない。
そしていきなり近くで爆発するような轟音が聞こえた。
その音のあと視界が徐々に見えるようになっていく。
「一体なにが! …………!?《亡霊人形》が消滅してますの!?」
メアリが驚いた声で叫んだ。
見てみると亡霊はいつの間にか全ていなくなっていた。
それどころか亡霊のいた地面は崩れ焼け焦げていた。
すると一人の人物がこちらへと近づいてきた。
「たっく……こんなやつ相手に、《魔眼の魔女》が苦戦してんのかよ。大魔女の名を汚すつもりかてめえ」
「あんた……来んのが遅いのよ」
攻撃に逃れられたライアは近づいてくる人物を見てそう言った。
それは、ずっと待っていた人物であった。
「馬鹿な……この状況で来るなんて……」
メアリもその人物に気づくと、恐れた表情をしていた。
メアリにとって今最も会いたくない人物。
そしてライアたちにとって今最も頼りになる人物だ。
その人物、帽子をかぶった背の小さい女の子はこう言った。
「《破滅の魔女》マリー・ノワールさまの参上だ」




