深まる謎
「オレの弟子に……手えだしてんじゃあねえええぇぇぇッ!」
マリーが激しい怒りに満ちた声で叫んだ。
そのまま杖から勢いよく魔術を放出する。
それはとても大きく、巨大な火の玉で男の方へ向かっていく。
「なにッ!?」
鞭を持っていた男はいきなりの事で目を大きく見開いた。
このままならば男に直撃するが、男だけでなくソーラにも被害は及ぶだろう。
それを分かってか否か火の玉は直前で軌道を変え、別の方向へ曲がり地面に衝突した。
轟音が鳴り爆風が巻き起こる。
もしあれ人に衝突すれば、骨すらも溶かしかねない威力であった。
「ばっか! あんた、そんな魔術ぶっぱなして! 大騒ぎになったらどうすんのよ」
マリーのあとを追ってきたライアは言う。こんな音がすれば村人は全員外に出てくるだろう。というか魔女を処刑する時点で本来ならば人だかりができてるはずだ。
なのに。
なのに男以外、村人らしき人物は一人もいなかったし現れなかった。
「マリー……さまっ」
背中が血だらけでボロボロなソーラは、マリーの姿を見ると安心してかガクリと意識を失う。
「魔女に挑もうなんて……馬鹿だなてめえ」
マリーの怒りはおさまらない。
男を殺すと言う殺意の魔力がライアには感じ取れた。
男は一瞬驚きはしたが、すぐになにかを企んでいるような表情を見せた。
「お前……《破滅の魔女》だな」
「は!?なんで人間のてめえがそれをッ!?」
それは普通、知られもしないことのはずだ。
三百年前ならともかく、マリーはこの数百年間、人間のいる場所に現れたり大きな騒動を起こしたりはしてない。
王族ならまだしも、今時の村人なんかがマリーを見て、すぐに彼女を大魔女だと分かるはずがない。
「そんなの知らなくてもいい。お前もここで死ぬんだからな!」
その後、男の行動は素早かった。
男はすぐさま背後にあったであろうクロスボウを取り出した。
それはいつでも撃てる状況になっておりマリーに向かって矢が放たれた。
一度で仕留めるつもりならば、ソーラたちと同様あの矢には毒が塗ってあるはずだ。
そこまで距離は遠くない。
矢の速度もかなり速く、避ける時間はない。
だがマリーは避けようとも驚きもしない。
ただ素早く杖を振った。
その一瞬で氷の矢が二つ放出される。
氷の矢は男の放った矢とおよそ同じ速度だ。
一つ目の矢は男の放った矢とぶつかり、その瞬間二つの矢は氷の塊となり地面に落ちる。
もう一つの矢は男の持ってたクロスボウに向かって放たれ、クロスボウと男の手ごと凍らせた。
マリーのその判断力と瞬発力はさすが大魔女と言っていいものだった。
「ぐあぁ……て、手が」
凍った手はずっしりと重くなっているようで、手を上げることが出来なく、男は体勢を崩す。
「それで勝てると思ったのかよ……舐めやがって」
マリーは鋭い睨みを男に見せて近づいていく。
「安心しろ……一撃で、てめえを葬り去ってやる」
さすがにマリーには相手をじわじわ痛めつけて殺す趣味はないようだ。
それでも杖から黒く禍々しい、殺意のこもった闇の魔術が感じる。
男は叶わないと思い知ったのか凍った手を引きずりながら、逃げようとしていた。
だが突然、男に異変が起こった。
「……はっ! お、俺はいったい!?」
男はいきなり、まるで今まで誰かに操られていたかのように、この状況に困惑していた。
「はあ?なに言っていやがるんだてめえ」
「ま、待ってくれ! そうだ! 俺は今日この村に帰ってきたばかりでそれで…………うっ」
男はなにか話そうとしていたが、その瞬間、苦しんでいるかのように凍ってない方の手で胸のあたりを強く掴む。
「な、なんだ!? 急に体が……呼吸が……ぶふぁッ!」
突然男は口から血を、勢いよく大量に吹き出した。
「な、なに……いきなり血を」
ライアですらこの状況を呑み込めていない。あまりにも急な事で理解できない。不気味すぎる。
「た……だすげでぐれ……苦し……」
男はライアたちに助けを求める。
だがライアたちの方へ手を向けた瞬間。
男の両目が噴射するかのように跳び跳ねた。
目があった穴からはドバドバと血が溢れていく。
止まる気配がないような勢いでドバドバと……ドバドバと。
そして飛び出た両目はというとマリーの足元にコロンと落ちた。
その目玉はちょうどマリーと目が合った。
この不気味さにマリーは怖じ気づき一歩下がる。
「な、なにが起こってんだよッ!? オレはまだなにもやってねーぞ!」
これはマリーの魔術ではない。長年マリーの事を見てきたライアだからそれは分かる。
彼女がこんな不気味で、残酷な魔術を使うはずがないのだ。
「あがぼがごば」
男は泡を吹くかのように血を吹き出し続ける。
そしてフィニッシュとでも言いたいかのように突然、男の腹の辺りがゴゴゴとなり、次に爆発するような音が鳴る。
その表現は間違っていない。
彼の臓器が腹が引き裂かれ爆発するように飛び出してきたのだ。
その臓器や血が空高く舞う。
まるでその血は雨のようにぽつりぽつりと落ちていく。
ライアたちの頬に、服にその血が付着する。
「ッ……」
ライアは思わず言葉を無くす。
男はもう人の原型をとどめてない。
血黙りになっていて肉片と骨がぐちゃぐちゃだった。
死体ならばたくさん見てきた。
悪魔に殺された死体。
魔女に殺された死体。
人間に殺された死体。
だがここまで不気味でおぞましく、惨たらしい死に方は滅多になかった。
それが突然、原因も分からずに発生した。
ただひとつ。
言えることがあるとするならば。
これは病気とか殺人とか、そういう類いのものじゃあないということだ。
もっと、なにか禍々しい、呪いのようなものだ。
「い、意味がわかんねえ……こいつがソーラを殺そうとしてたのに、なんで突然、爆発するかのように死んだんだよ……」
マリーの声が震えていた。さっきまであった怒りと殺意は、謎と恐怖へと変わっていた。
だがそれでも、ここへ来た本来の目的を忘れてはいない。
「……ソーラッ!」
マリーは落ち着きを取り戻しソーラの側へ行く。
かなりボロボロではある。出血も酷い。
だが男のこの状況に比べれば全然ましであるのは確かだし、回復魔術を使えば助かる可能性はあった。
「気を失ってるだけか……良かった」
マリーが安否を確認すると心臓の動きは止まってないようでとりあえず安心した。
「マリー、今ここにいるのは危ないわ。すぐに逃げるよ」
誰一人、村人が現れないのがまた不気味だし謎が多い。
だがこれ以上、ここにいるのは危険すぎる。
「ちっ……分かってる。今はソーラの手当てが最優先だ」
マリーは舌打ちしながらも、この状況を理解し納得する。
なぜ男はソーラたちを無差別に襲ったか。
なぜ村人が全然姿を現さないのか。
なぜ男は突然、奇妙な死を遂げたのか。
謎は深まるばかりである。
それでもライアたちは今、この場所を去り、アイリスたちのいる場所に帰る他なかった。




