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マリーの過去 アイリスの決意

 ライアたちが帰ってきたのは夕方だった。

 連れて帰ってきたソーラの体は、ボロボロでひどい傷を負っていた。

 その後、マリーの弟子たちが回復魔術で治療をおこなっているが、しばらく時間がかかるように見える。

 

 ライアたちは何があったのか皆に詳しいことは言わず、二人でどこかへいった。

 

 一方アイリスはというとなにも出来ずこの状況を上手く飲み込めないでいた。

 

「私どうすればいいんだろう……」

 

 自分はそこまで回復魔術が使えるわけではないから、ソーラたちの治療を手伝っても意味がない。

 それにライアもいなくて、どうすることもできなかった。

 やはり自分は、役立たずなのかもしれないとアイリスは思っていた。

 

 その時ちょうど、マリーの部屋に通り掛かり声が聞こえた。     

 

「オレは行かねえ」

「あんた分かってんの? あの村はなにかがおかしいって言ってんのよ。そもそも、村ごと壊すって勢いは何処いったの?」

 

 それはマリーとライアの声であった。

 二人はマリーの部屋にいたようだ。

 二人はなにか重要な事を話しているように思える。

 アイリスは悪いことだと思ってるが、つい耳を澄まして聞いてみることにした。

 

「んなことは分かってる……だけど、オレはやっぱり、人間とは関わりたくねえ。少なくともここにいりゃ安全だ」

 

 マリーの声は怒ってるようで、しかし落ち着きがあり低い声であった。

 今日の事件と関係のあることだろうか。

 

「そうかもしれないけど、あの男の奇妙な死を、不思議に思わないわけ? あれは何者かの仕業よ。悪魔的ななにかの……他に被害が出る前に、食い止めるべきよ」

「オレはもうおまえみてえに、人間のために何かしようなんて考えちゃいねえ。人間はオレたち魔女を利用するだけ利用して、最後には始末しようとする屑だぞ。そんなやつのために、なんで行動しなきゃならねえんだ」

「……まぁ、あんたの気持ちも分かんなくはないけど……」

 

 ライアはなにか言いたげであったが反論できず、口ごもっていた。

 その後しばしの間、二人はなにも話さず沈黙が続く。

 口を開いたのはマリーの方からだった。

 

「……とにかくだ。オレは怪我したあいつらの面倒を見なくちゃなんねえ。行くならお前一人で行け」

「あっそ、わかったよ……」

 

 そっけない感じでライアは言い立ち上がって、こちらへ来る足音が聞こえる。

 その時アイリスは、自分の今の状況を思い出した。

 二人の話を盗み聞きしているのだ。その事に気付いて慌てふためくが時すでに遅くライアは扉を開ける。

 

「アリス……」

 

 バッチリとライアとアイリスは目が合わさった。

 

「すみませんっ! 盗み聞きするつもりじゃなかったんですけどつい、聞いてしまって……」


 アイリスはペコリと頭を下げ謝罪の気持ちを述べた。 

 

 

 ◇

 

 とりあえず二人は自分達の部屋に戻る事にした。

 部屋に戻ったときにはもう外も暗くなっており、窓から月が見える。

  

「あはは、聞かれちゃったかあ。まぁね、いろいろあったのよ」

 

 ライアはベッドに座りながら笑うような感じで話していく。

 別に盗み聞きしたことについて怒ってはいないようだった。

 

 その後アイリスは簡単に、今日の出来事を聞いた。

 魔女狩りをした男以外、誰一人として村人が現れなかったこと。その男がとつぜん体から血を吹き出し奇妙な死を遂げたことを。

 

 それを聞いてみれば確かに、奇妙で不気味な事ではあった。

 だがそれ以上にあの会話では疑問に思うことがあった。

 

「でもマリーさんはなぜ、あそこまで人間を嫌っているのですか? あの嫌い方は尋常じゃないです……」


 前から思ってたことだが、マリーの人間に対する毛嫌いは異常だと思っていた。ソーラが魔女狩りにあったと聞いたときの彼女の表情は見たことがないほどに、怒りに満ちていた。

 

「そうだねぇ。これはちょっと、長い話になるけどいい?」

「はい」

 

 ライアの言葉にアイリスは、こくりと頷く。

 やはり長い間一緒にいるライアはその理由を知っているようだった。

 

「マリーはね、昔はそこまで人間が嫌いってわけじゃなかったの。むしろ魔女として、人間を救うために戦ってた程なのよ」

「今じゃ考えられないですね……」

「だろうね。わたしもあの日までは、マリーがこうなるなんて思ってもいなかったよ……。あいつが変わったのは、ヴァルプルギスの夜の後。つまり、魔女狩りが始まった後なの」

 

 魔女狩り。

 それはアイリスにとってはつい先日自分自身に起こったことであり、そして今日、ソーラの身に起きたことである。

 魔女狩りが本格的に開始されたのは、大悪魔が倒されたヴァルプルギスの夜の後だった。

 

 ヴァルプルギスの夜の後、ライアたち大魔女の活躍もあり、悪魔からの被害は減っていき、世界に平和が訪れようとしていた。

 だがそれと同時に人間たちは、魔女を恐怖の対象としたのだ。

 魔女がいる限り悪魔がこの世から消える事はない。だから魔女も悪魔ともども根絶やしにしようと人間たちは考えた。

 それが魔女狩りの始まりだった。

 

「あいつには妹がいてね、運悪く魔女狩りの被害にあって殺されたの。あいつは妹の事を凄く大事にしてて……だから妹が殺されたとき、あいつの中で何かが壊れた。

……それから大変だったわ。人間の村や街を滅ぼそうとするあいつを、大魔女全員で止めにかかったりした。結局人に被害は出ずに済んだけど、人がいない山や小島を消滅させたりしてねぇ」

「あの噂は本当だったんですか……」

 

 妹がいたことにも驚いたが、島を消滅させたという噂が事実だということに驚愕した。

 正直ここ数日のマリーを見てそんなことする人物ではないとアイリスは思っていた。

 確かに口は悪いし怖い感じもあるが、根は優しく面倒見がいいというのは授業やソーラの話を聞いて分かっていた。

 だからこそ、そんな彼女がそこまでの事をするなんて思ってもいなかった。

 

 怒れば島や山でも消滅させてしまう。

 だからこそ彼女は《破滅の魔女》なのか。

 

「ま、それで現在に至るってわけ。あいつが魔女狩りで親を亡くした魔女の面倒を見るのも、それがきっかけなの。自分と同じような悲しみを、味わせないためにってね」

 

 だからこそマリーにとってソーラたちは、家族のような存在なのだろう。マリーはソーラたちを、亡くなった妹と重ね合わせているのだ。

 妹を亡くした自分と、親を亡くしたソーラたち。

 それで互いに心の傷を癒していたのかもしれない。


「さ、この話はおしまいにしましょ。わたし明日は忙しいし、早く寝なきゃね」

「ライアさんは本当に……一人であの村に行くつもりですか」

 

 ライアはマリーとの会話で言っていたことだ。本当ならばマリーの力を借りたいようだったが、マリーがあの状態だ。

 きっとライアは一人で行くのだろう。

 

「そうだよ。あいつが行かないっていうなら、わたししかいないからねぇ」

「やっぱり……私が行っても役立たずですよね……」

 

 分かってはいることである。自分にもついてきてほしいなんて、言ってもらえると期待してはいない。戦力になれるほどの力を、アイリスは持っていない。

 

 するとライアは落ち着いた話し方で喋り始めた。

 

「そうじゃないの……マリーにね、言われたの。わたしと旅をしてたらアイリスを、今みたいになにかしらの事件に巻き込みかねないって。だから今日、アリスを連れて行かなかった。今のわたしには、アリスを守りながら戦う余裕はないからさ」 

「…………じゃないですかッ……」

「え……?」

 

 ライアの話を聞いてアイリスはポツリと呟いた。でもそれは小さくて、よく聞き取れない声であった。

 その時のアイリスは頭が真っ白だった。本能的になっていた。

 

「言ったじゃないですかッ! ライアさんははじめに、一緒にいたら危ない目にも合うって! それを分かった上で私はついてきたんですよ! 自分の身は自分で守ります! ライアさんが本当に、私がいると邪魔っていうなら納得します! だけど、そうでないならば私も一緒に行きますよ!」

 

 役に立たないというなら、まだ諦めはついた。

 けれどもライアは、アイリスを巻き込みたくないと、そう言った。

 ライアについていく、それで事件に巻き込まれるというのは承知の上だったはずだ。

 なのに彼女は、役に立たないからではなく、自分を危険な目に合わせたくないから、そんな心配をして一人で行こうとしてるのだ。

 それがアイリスには納得できなかった。

 

「ライアさんが魔女と人間が共存できる世界にしたいと願って、魔女のために人間のために頑張る姿を見て、それに憧れてついてきたんです。だから私は……あなたの役に立ちたいんです!」

 

 ただ無我夢中にアイリスは言った。

 アイリスは彼女に二度も命を救われた。それは感謝してもしきれないほどに。

 そして彼女がしようとすることで、自分にとって本当にすべきことが見つけられると、アイリスは思っていた。

 

 だからアイリスは彼女に憧れた。

 だからアイリスは彼女についてきた。

 だからアイリスは彼女のためになりたかった。

 

「アリス……」

 

 ライアは驚いてきょとんとした顔でアイリスを見ていた。

 大人しいアイリスがこんな大声で、自分を叱るように言うなど思ってもいなかっただろう。

 

 そしてアイリスはやっと落ち着きを取り戻し、自分のしたことを理解する。

 するとぽっと、顔が真っ赤になっていった。

 

「あぁ! すみません! 本当はこんなこというつもりじゃ……」

 

 彼女は今羞恥でいっぱいだった。

 偉そうなことを言ってるのではと恥ずかしさのあまり死にたくなった。

 

「ふふっ……」

「ふぇ……?」

 

 そんな慌てふためくアイリスをみてライアは口を押さえてクスクスと笑った。

 その後、こちらを見て微笑んで言う。

 

「そこまで言われちゃ、行かせないわけには行かないでしょ。なんか言われてるこっちまで恥ずかしくなるなぁ……」

 

 ライアはそう言って顔をそらした。見ると彼女の頬は少し赤く染まっていた。

 

「それじゃあッ……」

 

 アイリスはぱあっと目を輝かせる。

 ライアはアイリスの方に目線を向き直しそして言った。

 

「うん、ついてきなさい。正直……攻撃魔術がまともに使えないわたしにしたら、アリスの力も借りたいくらいだったの。守れるって保証はないけど……もともとわたしは来るもの拒まず去るもの追わずだからね」

 

 最後に彼女はにししと、得意の微笑みを見せた。

 

「はい! 私頑張ります! きっとライアさんの役に立ってみせます!」

 

 アイリスは元気に言った。

 

 アイリスに出来ることは所詮、初級魔術を使うことだけである。

 もちろんそれ以上のことはできない。

 一方今のライアに出来ることは、幻術と道具を使い戦うことだ。

 幻術は高度な魔術ではあるが、物理的な攻撃は出来ない。

       

 そんな二人だからこそ二人は、互いの力を役に立たないとは思わなかった。

 弱い能力をただ弱いと決めつけるのは簡単である。

 しかし、その能力を上手く使い相手を圧倒させるのは不可能ではないのだ。

 ライアはそれを三百年の経験で実感した。

 アイリスはマリーからそれを教わった。

 

 明日はあの村に行くこととなる。

 なにが起こるかはまだ謎だが、きっと何かがあるのは違いない。

 二人はその事を理解し、明日を望むことにした。

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