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サムライ学部は危険がいっぱい!

 午後八時。私と香子は、暗闇にまぎれて、学園のほぼ中央部に位置するサムライ学部の校舎近くの草むらに隠れていた。文学部からここまで来るのに徒歩で一時間ほどかかり、歩きつかれた私の呼吸は少し乱れている。

偉人学園は偉人のたまごたちを全国から集めた、二千七百の生徒数をほこるマンモス校だけれど、それだけの生徒たちがいてもまだ使われていない無人の校舎や施設がたくさんあり、学園の面積は小さな町に匹敵する。この学園は初等科(小学校)、中等科(中学校)、高等科(高校)、そして大学までの教育機関の建物が建設されていて、中等科以上の校舎は現在生徒がいない。私や香子など偉人学園の一期生が来年の春に初等科を卒業すると、エスカレーター式に中等科へ進学して、その無人の校舎に初めて入るのだ。

「どうして夜にこっそりサムライ学部へ忍びこむの? 明日の朝ではダメなの? 学生寮の門限を一時間もすぎちゃっているのに、こんなところにいたら寮母さんに怒られる……」

「大丈夫よ。和泉式部ちゃんが、何とかしてごまかしてくれているから。それに、真っ昼間にサムライ学部の校舎へ近づいたら危険じゃない。ここの生徒たちの合戦ごっこに巻きこまれて、流れ矢にでもあたったらどうするの。合戦ごっこをやっていない夜のうちに校舎内に侵入して、サムライ学部の委員長・平清盛くんに会わなきゃ。彼は、戦いのことしか頭にないサムライ学部の生徒にしては珍しく、優しくて人の話を聞いてくれる子だから、きっと私たちに協力してくれるはずだわ」

 サムライ学部の生徒代表である六年生の清盛くんとは、月に一度の偉人委員会で毎回顔を合わせていて、私は清盛くんとよくお話をする。清盛くんは平安時代の終わりごろに武士の政権を初めてつくった平清盛のDNAを持つ生徒なだけあって、武術にすぐれているだけでなく頭もいい。顔もなかなかの男前だ。でも、お人よしな性格が災いして、気の荒いサムライ学部の生徒たちをうまくまとめられずにいる。「委員長の仕事なんてもう嫌だ。悩みごとが多すぎて熱が出そうだ」なんて、私によく愚痴をこぼしていた。

「でも、なぎこちゃん。サムライ学部の子たちは、だれが一番強いかを決める合戦ごっこに夢中で、専門科目の体育や武術の授業すらまともにやっていないというウワサだよ。サムライ学部の先生たちなんて、あんまりにも生徒たちが乱暴だから学園を夜逃げしたそうじゃない。そんな学部の生徒たちが授業の改善とかに興味を持つかなぁ……」

「う、う~ん。それは……」

 香子のするどい指摘に私が言葉をにごしていると、それほど遠くない場所からヒヒーンという馬のいななきが聞こえてきた。そして、それと同時に地ひびきが起き、夜の冷たい空気を震わせた。ビックリした私と香子は「何かしら?」と顔を見合わせ、草むらからひょっこりと頭を出して四方を見回す。

「な、なぎこちゃん。たくさんの人が馬に乗って東の方角からやって来るよ?」

「東からだけじゃないわ。西のほうからも、甲冑を着た子どもたちが……」

 月明かりに照らされ、子どもたちの姿がだんだんハッキリ見えてきた。馬に乗っている子どもたちは、赤や青、黄色などを組み合わせたド派手な見た目の大将の鎧を着ていて、彼らに従っている足軽、つまり下っぱの兵士たちは人間の外見をしているけれどロボットである。その証拠に、人間とは思えないような、カチコチ、ギコギコというぎこちない歩きかたで前に進んでいる。ロボットたちはいかにも防御力が弱そうな装備で、頭にかぶる陣笠、胸とお腹ぐらいしか守れそうにない雑なつくりの防具を身につけている。中には、防具の数がたりなかったのか、裸同然のかっこうで槍だけ持っているロボットもちらほら……。

 って、ゆっくり観察している場合じゃないよ! 初代・清少納言の何でもじっくり観察して『枕草子』に書いちゃうくせが、二代目の私にもあるのよね……。でも、今は逃げないと! こ、これって……これって……!

「合戦ごっこじゃん! まさか夜になっても戦っているなんて! か、香子、早く逃げましょ! たぶん、私たちのいるここが戦場のど真ん中になるわ!」

「え? え? ええ⁉」

 きょどきょどしてパニックになりかけている香子の腕をひっぱり、私は草むらからぬけ出てダッシュ! 体力はないけれど、できるだけ遠くまではなれようとした。しかし、

 ヒュン!

 赤々と燃える光が飛んできて、私の足元の地面に突き刺さったのだ。

 え? 何これ? そう思った私が足元を見ると、先っぽに火のついた矢が。もしもこれが命中していたら、私は今ごろ全身火だるまになってもがき苦しんでいただろう。

「ひ、火矢だぁぁぁ!」

 おどろいた私が尻もちをつくと、香子は「ひやぁぁぁ!」と泣きさけびながらあらぬ方向へと走って逃げだした。まるで雷にビックリして犬小屋から逃げ出す犬みたいだ。

「えっ、ちょっと! 香子! あんた、どこへ行く気? そっちは危険よ!」

 香子ったら、何をやっているのよ! どうして、鎧すがたの連中がうじゃうじゃいる方向へ突っ走るわけ⁉ もしかして、目をつぶって走ってる?

「か、香子……。も、戻って来て……。あ、危ない……」

 私が慌てて立ち上がり、香子を追いかけようとした時、

「今日こそ織田信長のやつをたたきのめすぞ! 全員、射撃開始!」

「はなてっ! はなてーっ! ねらうのは、今川義元の首ただ一つだ!」

 東西の両軍の総大将がほぼ同じタイミングでそう命令を出した。ロボットの足軽たちはいっせいに弓矢をかまえて火矢をはなつ。すると、夜空をこがすほどの数の火の玉が飛びかい、地面に落ちた火矢はあっと言う間に私や香子の周囲を火の海にしてしまった。闇につつまれていた夜の世界は、すでに昼間と変わらない明るさだ。

「う、うわ~ん! なぎこちゃーんっ! 助けて~!」

 運よく火矢には当たらなかったものの、東側の兵士たちのすぐそばまで接近していた香子のまわりは燃え盛る炎で大変なことになっている。あのままだと香子が焼け死んでしまう。いや、その前に、次から次へと飛んでくる火矢のえじきになるかもしれない。

「待っていて、香子! 今、助けるから!」

 何とかして火の雨をさけながら香子を救出しないと! でも、どうやって……? そう悩んでいた私の頭に、ある考えが浮かんだ。ものすごく危険で、失敗したら私はまるこげになるだろう。でも、親友の香子を見捨てるわけにはいかない……!

「偉人活動……開始ーっ!」

 わたしは制服のブレザーの胸ポケットから小筆(書道の授業で名前を書く時に使うアレ)を取り出すと、天高くかかげて、力強くそうさけんだ。すると、小筆がピカーッと光り、その輝きは光のシャワーとなって私にふりそそいだのである。

 次の瞬間には、私は十二単を身にまとっていた。十二単とは、平安時代の貴族出身の女性が美しい着物を何枚も重ね着した超豪華な衣装のことである。

偉人学園では、偉人のたまごである生徒たちがそれぞれの得意分野で活躍することを「偉人活動」と呼んでいる。私や香子の場合は、清少納言や紫式部のようにエッセイ、小説などを書くこと。サムライ学部の生徒の場合は、合戦ごっこをすること。芸術学部の生徒は絵を描くこと。……そして、「偉人のDNAを受けついだ生徒たちは偉人を尊敬し、偉人が生きていた時代の服を着て偉人活動をすること」という校則が定められているのだ。

 だから、私は『ワクワク草子』を書いている時は十二単を着て……え? こんな非常事態の時に長ったらしい説明をしていていいのかって? それに、着物を何枚も着重ねしたらメチャクチャ重たくて身動きがとれないだろうって?

 そうなの! これ、すっごく重たいのよ! 二十キロぐらいはあるかしら。平安時代に使われていた絹の糸はもう少し細くて軽かったから、昔の人が実際に来ていた十二単は八~十二キロらしいのだけれどね。まあ、それでも十分に重いか。

 そんな十二単でどうやって香子を助けるのかというと……。

「そりゃーっ!」

 私は何枚もある着物のうちの一着を素早く脱ぐと、飛んでくる火矢を着物で払いのけた。同じ要領で何度も火矢をはじきながら、恐怖のあまり座りこんでしまっている香子のもとへと歩いていく。ただし、十二単が重たいから、のっし、のっしと怪獣みたいにゆっくりとしか前へ進めない。

「えい! それ! とうっ! あち……あちちっ!」

 火が着物に引火して、火の粉が私の手にふりかかる。熱い! 熱いよ! 火傷して一生傷になったらどうしてくれるのよ!

 私はサムライ学部の生徒たちに腹を立てながら、ボーボー燃えている着物を捨てて、もう一枚着物を脱いだ。そして、顔面めがけて飛んできた火矢を慌ててはねかえす。

「それ! えい! う、腕がしびれてきた……。香子、助けにきたわよ。ほら、立てる?」

 ようやく香子と合流できた私は、香子の手をつかんで、へたりこんでいる彼女を起こそうとした。この時点で、体力がない私は「ぜーぜー、はーはー」言っている。

「な、なぎこちゃん。私、腰がぬけて立てない……」

「がんばって、香子。こんなところで座りこんでいたら、死んじゃうわよ。……あっつ! あっつい! あつ~!」

 火よけに使っていた着物がまた燃えはじめ、私は悲鳴をあげながら投げ捨てた。私たちが今近くにいる東側のサムライの軍隊は西側の軍隊よりも兵士の数が圧倒的に多く、バケツの水をひっくりかえしたような火矢の雨をこちらへとふらしてくる。

 気がつくと、四方八方は、火! 火! 火! 火!

「四面楚歌とは、このことだわ。あはは……」

 燃え盛る火の中、私は十二単という厚着。おでこから滝のような汗を流し、そう言って笑った。四面楚歌というのは、周囲を敵に囲まれて孤立してしまうこと。私と香子が、今まさにその状況だった。絶望的すぎて笑うしかない。

「ごめん、ごめんね。私を助けに来なかったら、なぎこちゃんは逃げられたのに……」

「な、なーに弱気になっているのよ。きっと逃げ出すチャンスがやってくるから、まだあきらめたらダメ!」

 これはもうダメかもと思いかけていた時、香子が私に泣いてあやまってきたものだから、私は(親友が泣いているのに、ここで私までくじけたらどうするのよ!)と、初代・清少納言ゆずりの負けん気がふつふつとわきあがってきた。

 私は、さらに着物をぬいで火矢をはらいながら、必死に逃走ルートを探す。

……あっ、あそこ。少しだけ人が歩けるすき間がある。でも、まわりは火の海。服に火がついたら、あっという間に火だるまだ。どうしよう? 私がそんなふうに悩んでいると……。

「射撃やめーい! 槍隊、突撃! 信長をやっつけろーっ!」

 東側のサムライたちの総大将が、そう怒鳴った。馬には乗らず、輿に乗って戦いの指揮をしているけれど、威厳はたっぷりだ。

「なぎこちゃん! ロボットの足軽たちが、槍を突き出しながらこっちに向かって走ってくるよ! ど、どうしよう?」

「どうしようと言われても、何とかして反対側に逃げるしか……。うわっ! ダメだ! 西側のサムライたちも動きはじめた!」

 西側のサムライたちをひきいる総大将が、「行くぞ! 今川義元!」とさけびながら、馬を走らせて突撃を開始。その部下やロボットの足軽たちも、慌てて総大将を追いかけて私たちのほうへ向かってくる。さっきから「織田信長」「今川義元」という名前が聞こえてくるけれど、どうやらあの有名な戦国武将の織田信長と今川義元のDNAを受けついだ生徒たちが戦っているらしい。いや、そんなことより……。

こ、これって……両軍激突の真っただ中に、わたしたちいる⁉

 や、やばい……。一番恐れていたことが……。

「ナンダ、オマエタチ! 邪魔ダ! ドケ!」

 今川軍のロボット兵士が、問答無用で私たちにおそいかかり、槍で突いてきた。私と香子は、「うひゃぁ!」と悲鳴をあげながら、ぎりぎりでその攻撃をかわした。

「な、何すんのよぉ! って、これ、本物の槍じゃない!」

「なぎこちゃん! 逃げて、逃げて! またロボットが……!」

「え? きゃあ!」

「今度ハ、ハズサナイ!」

 ロボットの足軽は、疲れきってヒョロヒョロの私に狙いを定め、槍をかまえていた。十二単を着ている私は、素早い動きがとれない。というか、スタミナ切れでもう動けない! このままだと、串刺しにされちゃう!

「こ、こうなったら、やけくそよ~!」

 私は、火よけに使っていた着物をロボットめがけてほうり投げた!

「グ、グワァァァ!」

 着物は知らないうちに引火していたらしく、着物を頭からかぶったロボットは、みるみるうちに火につつまれた。……これ、あと数秒、投げるのが遅かったら、着物を手にしていた私がこうなっていたかも……。

「ヨクモ仲間ヲ! ミンナ、アノ女タチヲ、ヤッツケロ!」

 ロボットにも仲間意識があるらしい。今川軍のロボットたちは、織田軍との戦いをそっちのけで、集団となって私たちにおそいかかってきた。

「さ、先に攻撃してきたのは、あんたたちじゃない! うわっ、ちょっと、やめて……! は、話せばわかる! 話せば……!」

「問答無用ダ!」

 十数本の槍が私をおそう! その時、香子が私に飛びかかっておおいかぶさり、

「な、なぎこちゃんをいじめるな~!」

 と、泣きながらさけんだ。

 バカ! そんなことをしたら、香子がやられちゃうじゃない!

「だれか助けてーっ!」

 私は、もうさけぶことしかできなかった。

香子「次の投稿予定は5時だそうです。この小説、これ以降も私たちは生死の危機にさらされるけれど、いちおう児童小説なんですよね、これ……」

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