文学部の仲間たち
読者のみんなは、友だちの家でお泊り会とかしたことある? 私と香子はね、学生寮のルームメイトだから毎日がお泊り会みたいで楽しいのよ? でも、香子は私の寝言にずっと前から困っていたみたいで、
「真夜中に、突然、春はあけぼの~って『枕草子』の最初のくだりを大声で言いはじめるからおどろいちゃうよ……。お願いだから、あれだけはなんとかしてほしいの」
五年生の秋に泣きながら頼みこんできた時はビックリしちゃった。「わたしはいつからそんな寝言を言いはじめたの?」とたずねたら、一年生の時からと聞いてさらにビックリ。五年間もうるさい寝言にたえて、最近まで文句を言えなかったなんて、香子はちょっと気が弱すぎる。親友同士なんだから、そんな遠慮はいらないのに。とはいえ、どうやったら寝言をなおすことができるのかわからないけれど……。読者のみんなは知っているかしら?
そんな内気な香子だけれど、書類をつくったり、整理したりする事務の仕事を任せたら文学部のだれよりも頼もしかったりする。入学以来ずっと文学部の委員長をつとめているのだから当然かもしれない。苦手な計算も電卓があったらなんとかなるしね。
「なぎこちゃん。名簿表をつくったよ。一枚につき十人が名前を書けるようにしたから、ええと……ぴっぽっぱ(電卓で計算中)……百八十枚印刷すればいいね。あっ、でも、いちおう多めに印刷しておこうか?」
文学部に戻った私と香子は、学生寮の私たちの部屋で署名活動のための名簿表をつくることにした。わたしは(そういう面倒くさい作業は苦手なのよね……)と気が重かったのだけれど、香子は「その仕事なら私に任せて」と自分のパソコンを起動させて三分で作成しちゃったのである。『ピカリ王子とお姫様たち』を書く時も香子はパソコンを使っているから、パソコンの操作はお手のものなのだ。ちなみに、私は機械をいじるとなぜか壊れちゃうのよ。だから、読者のみんなよりも未来に住んでいるくせして、いまだに手書きの原稿用紙で『ワクワク草子』を書いているの……。ちょっと情けないかな?
「ありがとう、香子。さあ、さっそく署名を集めにいきましょう!」
「もう夕方だけれど、どこへ行くの? 他の学部の校舎に行っていたら学生寮の門限までに帰れなくなるし……」
「最初は、もちろん、うちの学部の生徒から集めるに決まっているじゃない。食堂に行ってみましょう。そろそろ夕飯の時間だから、きっと人がたくさん集まっているわ」
というわけで、私と香子は学生寮の食堂へと向かった。
「え? ここに名前を書けばいいのね? いいわよ」
Aランチのハンバーグを食べていた和泉式部ちゃんが、私に話しかけられると、何のための署名活動かもろくに聞かずに、サインしようとした。
「あっ、サインしてくれるのはうれしいけれど、いちおうこの署名活動の説明をさせて?」
私が和泉式部ちゃんに、学園の授業の改善を副学園長に求めていることを説明している間、香子は私の後ろで和泉式部ちゃんをジロ~っとにらんでいた。
うわっ、メチャクチャ気まずい……。
同学年の和泉式部ちゃんは、私や香子と同じく、平安時代に活躍した歌人・和泉式部のDNAを受けつぐ女の子。初代・和泉式部は清少納言や紫式部と同じ時期に生きていた。だから、彼女に対して私は親近感を持っているのだけれど……。
――なぎこちゃん。和泉式部さんと仲良くするなとは言わないわ。でも、親友にだけはならないでね? なぎこちゃんの親友は私だけだよ? 学園に何人もボーイフレンドがいる子と親友になったら、なぎこちゃんまで軽い女だと思われちゃうわ。
自分だって恋多きピカリ王子の物語を書いているというのに、そんなことを言って、やきもち焼きの香子は私が和泉式部ちゃんと仲良くすることにピリピリしている。
実は、私、和泉式部ちゃんから「大江もと子」という彼女の本名をこっそり教えられてしまっているのだ。これで私も和泉式部ちゃんに自分の「清原なぎこ」という本名を教えてしまったら、親友同士となる「名乗りの儀式」が完了しちゃうことになる。……でも、もしもそんなことをしたら香子は一か月ぐらい口をきいてくれなくなるかも。読者のみんなにもこういう経験ない? 友だち同士の板ばさみってやつ。困るよねー。はぁ……。
「はい、サイン書いたわよ。私も、社会の勉強をしたいと思っていたのよ。この間、『琵琶湖の夕焼けはとてもキレイだけれど私のあなたを想う心のほうが美しい』みたいな内容の短歌をつくったら、琵琶湖が何県にあるのか知っているかと聞かれて答えられなかったのよねー。あの時は恥ずかしかったわ」
和泉式部ちゃんがそう言いながら「文学部初等科六年 和泉式部」と書かれた名簿表を私に手渡してくれると、
「何の署名活動をやっているの?」
「え? 国語以外の勉強もできるようにするって本当?」
食堂にたくさんいた生徒たちが、私と香子、和泉式部ちゃんのまわりに集まりはじめた。ふっふっふー、いいわよ、いいわよ。この調子でどんどん署名を集めるぞ~!
「みんな聞いて! 私たち、小学生なのに国語だけを勉強していて大丈夫だと思う? 社会や理科、算数をいっさいやらなかったら、どうなる? 体育で体力づくりしていないのに、大人になってちゃんと働ける? 私たちは偉大な文学者のDNAを受けついでいて、大人たちは私たちの全員が文学の道で活躍することだけを期待している。それ以外のことはどうでもいいと思っている。でも、私たちにだって、国語以外のことを学ぶ権利、いろんな夢を探す自由があるはずだよ!」
私がこぶしをふりあげながらそう演説すると、何人かの生徒たちが「そうだ! そうだ!」と声をあげ、香子から名簿を受けとってサインをしてくれた。その中には、森鴎外くんに漢字を教えていた三年生の夏目漱石くんや、本の読みすぎのため視力が悪くなってしまうほど読書が大好きで文学部の図書館にある低学年むけの本をほとんど読みつくしてしまった二年生の樋口一葉ちゃんもいた。一葉ちゃんは、前から「他の学部の図書館にある本も読んでみたいです」と言っていたっけ。
「やったぁ! いっきに三十人のサインをゲットしたわ! これで、あと……(ポケットから電卓をとりだして)……千七百七十人分集めたらいいのね! 楽勝♪ 楽勝♪」
「ほ、本当に楽勝かなぁ……」
私がのーてんきにバンザイしていると、横では香子が心配そうな顔をしていた。
「ねえ、芭蕉くんも署名してくれるの?」
四年生の松尾芭蕉くんが、離れた席でうどんをすすりながら、私のほうをじろじろ見ているのに気がつき、私は彼に声をかけた。すると、芭蕉くんは、
「そんなこと 僕ひとことも 言っていません」
と、歌いあげるような口調で答えた。俳句に命をかけている芭蕉くんは、いつでも俳句が素早くつくれるようにするため、日常会話でも俳句の五七五で話すくせをつけているのだ。
「芭蕉くんは、今の時間割のままでもいいの?」
「俳句さえ つくれたらいい それが僕」
「で、でも、俳句以外の勉強も必要だと思わない?」
「やる気ない 中途半端な 覚悟です」
芭蕉くんは、私を指さしてそう言った。私はムッとして反論する。
「どうして、私が中途半端なのよ」
「時間割 もし変わっても 文句言う」
芭蕉くんは五七五でしか話さないため、時々、何を言っているのか半分も分からない時がある。そんな時に、彼の言葉の通訳をしてくれるのが、芭蕉くんの俳句の弟子で同じく四年生の河合曾良くんだ。自分がそう言っているわけでもないのに、通訳係の曾良くんは私に対して非常にもうしわけなさそうな表情でこう言った。
「芭蕉師匠はこう言いたいのだと思います。清少納言先輩は、ただ国語の勉強ばかりしたくないだけで、他の科目の授業をするようになったら、その授業にも不満を持つようになる。しょせん、先輩は中途半端な覚悟しかない……ということです」
「な、なんですってー! 芭蕉くん、あんた、ちょっと表に出なさいな!」
売られたケンカは買うたちの私は、腕めくりをして激怒した。しかし、そばにいた香子にそでをひっぱられ、止められてしまったのである。
「暴力はダメだよ、なぎ……清少納言ちゃん」
たとえ親友同士でもみんながいる場所では「通り名」で呼びあうのが学園内のルールだ。それに、せっかく親友だけにこっそり教える本名をおおぜいの前で口にしてしまったら、「名乗りの儀式」が台なしになってしまう。だから、香子は慌てて「なぎこちゃん」と言うのをやめたのである。
「暴力なんてふるわないわよ」
「今、腕めくりして『表に出ろ』とか言ったじゃない」
「うっ……。そ、それは、春休みに、兄ちゃんが読んでいたマンガを借りたらそういうセリフがあったから、少し使ってみただけよ。私がなぐりあいのケンカなんてすると思う?」
「…………」
香子は無言だった。ちょっと親友、そこは「しないと思う」と答えてよ。
「ま、まあいいわ。私が中途半端な覚悟じゃないことを証明してあげるわよ」
「それはいい でもどうやって 証明を?」
「私と香子は、今からサムライ学部に行って、署名を集めてくる!」
私が胸をドンとたたいてそう宣言すると、食堂にいた生徒たちはいっせいに、
「えええーーーっ⁉」
と、どよめきの声をあげた。私のそでをずっとにぎっていた香子も手をパッとはなして顔面真っ青になっている。
「せ、清少納言先輩! そ、それは死にに行くようなものです!」
「う、うわぁぁぁん! 清少納言お姉ちゃんと紫式部お姉ちゃんが死んじゃうよぉぉぉ!」
漱石くんが深刻な顔で私を止め、一葉ちゃんはその場にしゃがみこんで泣きだした。芭蕉くんもビックリしているみたい。そして、私の相棒である香子は、食堂のテーブルに座って、
「パパ、ママ。先立つ不孝をお許しください……」
と、遺書を書きはじめている。
サムライ学部。そこには約七百年間にわたって日本を支配してきた武士……侍たちのDNAを受けつぐ偉人のたまごたちが勉強をしている学部である。
ただし、「勉強」というのは名ばかりで、彼らは毎日、合戦ごっこをしているらしいというウワサだ。合戦ごっこといえば、子どもの遊び程度にしか聞こええないけれど、彼らの合戦ごっこはケガ人続出のとてもデンジャラスな内容なのだという。どうしてこんな聞き伝えふうにしか言えないのかというと、他の学部の生徒がサムライ学部の校舎に近づいたら最後、彼らサムライたちの戦いに巻きこまれて生きては帰れないのだ。
え? 実際に死人が出たのかって? し、知らないわよ。あくまで全部ウワサなんだもん。
「私は、清少納言ちゃんのアイディア、ナイスだと思うわよ」
みんなが「あそこにだけは絶対に行くな」と言って止める中、和泉式部ちゃんは親指をグッと立てて賛成してくれた。
「だれもがおそれるサムライ学部の生徒たちを納得させて署名を集めることができたら、他の学部の子たちは清少納言ちゃんの勇気に感心して協力してくれるようになるわ」
「ああ。なるほどー!」
「清少納言ちゃん。文学部の生徒たちの署名は私ができるだけ集めておいてあげるから、紫式部さんと一緒にサムライ学部に行ってきなよ」
「え? でも、これは私とかおる……紫式部の二人がやらないといけないから……」
「副学園長先生は、友だちの力を借りるなとか言っていた?」
「ううん」
「だったら、私にまかせて。私、友だちがたくさんいるから」
和泉式部ちゃんはそう言いながら、ウフフと笑った。その「友だち」のだいたいはボーイフレンドなのである。
「僕も和泉式部先輩を手伝います。鴎外くんに国語の勉強をさせてあげたいので」
「私も! もっといろんな本を読みたいです!」
漱石くんと一葉ちゃんも仲間に加わり、何だか頼もしくなってきた。
「ありがとう! 和泉式部ちゃん、漱石くん、一葉ちゃん! ……よぉし! 香子、勇気を出してサムライ学部へレッツゴーだよ!」
「さよなら……。パパ、ママ……」
和泉式部「ふわぁ~。こんな夜遅くにこんな小説読んでくれている人、ありがとね。次の投稿予定は4時らしいわよ。夜更かしはお肌によくないから、眠たかったら後で読んでね」




