副学園長の陰謀
食堂でみんなと夕食を食べた後、私と香子は集めた名簿を自分たちの部屋で整理していた。その時、藤原道長副学園長が悪だくみをしていることなんて知るよしもなかった。
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学園本館の副学園長室には、副学園長の藤原道長とその息子で政治学部(政治家のエリートをつくるための学部)五年生の頼通がいてひそひそと何事かを話し合っていた。
「息子よ。お前、あの問題児たちに力を貸したりしていないだろうな」
「と、とんでもない。息子を疑うなんてあんまりですよ、お父さん」
「しかし、清少納言はわずか一日半でかなりの数の署名を集めた様子だ。協力者も続々と増えていて、このいきおいでは本当に千八百人の署名をワシに提出するかもしれん。政治学部の生徒たちにも、署名を集めて清少納言のもとへ持っていこうという動きがあると聞いたぞ。お前は、清少納言の仲間の和泉式部にぞっこんらしいではないか。和泉式部に協力してくれと頼まれたから、署名活動に力を貸したのではないのか?」
「し、信じてくださいよ。お父さんを裏切るようなマネはしていません」
そう言いながら、頼通は冷や汗をかいていた。実は、和泉式部に「今度デートしてあげるから」と頼まれて政治学部の生徒たちの署名を集めていたのだ。(相変わらずするどい人だ)と自分の父親ながら恐ろしく感じる頼通であった。
「そ、そう言うお父さんも、ちょっとやりすぎじゃないですか? いくら学園の教育方針に口を出したからって、サムライ学部の生徒を使って清少納言先輩に大ケガさせて署名活動をできなくしようとするなんて教師のやることではありませんよ」
「なに? ワシはそんな命令をした覚えはないぞ。ワシはただ彼女に清少納言を誘拐して署名の提出期限までどこかに監禁しておけと指示したのだ」
「彼女? 彼女とはだれのことですか? サムライ学部には男子生徒しかいないのに……」
「いや、サムライ学部にも女子は数人いる。これは学園内の教師や生徒もほとんど知らない秘密だがな。偉人のたまごの中には、一パーセントの可能性で偉人とは反対の性別で生まれてくる子どもがいるのだ。たとえば、平安時代に摂関政治で栄華をきわめた初代・藤原道長のDNAを持つワシが、女として生まれてくるようなものだな」
エプロンをしてフライパン片手に「頼通、朝ご飯よ~。起きてらっしゃい♡」とウィンクしている道長ママの姿を想像し、頼通は心の中で(おえっ~!)とはきそうになった。
「性別が逆転して生まれた、武士のDNAを持つ女子生徒は、男ばかりのサムライ学部で生活するために男装している。ワシはその女子生徒の一人に清少納言の誘拐を命令したのだ。彼女は友人に徳川家康がいるから、彼の力を借りたらそんなに難しいことではない」
「そういうことですか……」
頼通は嫌悪感がこもった目で道長を見つめた。サムライ学部の女子生徒は、男といつわって生活している。道長にどんな無茶な命令を出されても、断ったら女だということをばらされる可能性があるから言うことを聞かざるをえないではないか。自分の父親ながら卑怯なやりかただと頼通は思うのであった。
「しかし、妙な話だな。誘拐して閉じこめておけと命令したのに、なぜそんな危険なことを。学園長の留守中に学園で傷害事件など起きたら、ワシがクビになってしまうではないか」
「もうその心配はないと思います。清少納言先輩も警戒してサムライ学部には二度と近づかないはずですから」
「ふむ……。そうか。ならば、別の手を使うか。頼通、お前にやってほしいことがある」
「ゆ、誘拐なんか嫌ですよ」
「ちがう。お前にそんな度胸があるとは思っていない。これを清少納言に渡してほしいのだ」
「え? この本は……」
道長が頼通に手渡した本のタイトルは『紫式部日記』だった。
「平安時代の紫式部が書いた日記じゃないですか。こんなものを渡してどうするんです?」
「その本には初代・紫式部の初代・清少納言に対する悪口がグチグチと書かれている。偉人学園の彼女たち――二代目・清少納言と二代目・紫式部は親友同士だが、歴史上の紫式部は清少納言のことを強く敵視していたのだ。だから、二代目・清少納言に『紫式部日記』を読ませて二人の仲を引き裂き、本来あるべき清少納言と紫式部の関係に戻してやるのさ」
道長はそう言うと、ニヤリと冷たく笑うのであった。
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「現時点での署名人数は……五百十四人。やったぁ! 今日のお昼に数えた時には七十四人だったのに、いっきに増えたわね! みんなの協力のおかげだわ! ねえ、香子?」
「……そうだね」
香子は文学部に戻って来てから元気がない。……もしかして、和泉式部ちゃんと握手していたのを怒っているのかしら。さっきから、ベッドに横たわって黙々と日記を書いているけれど、香子のまわりからどよどよとした負のオーラを感じる。
「香子ってさ、一日に三回くらい日記を書いているよね。そんなにも書くことがあるの?」
「……私、気弱だから、口に出して言えないことを日記に書いてストレス解消するの」
「そんなことをしなくても、私に言ってくれたらなんでも相談に乗るわよ」
「なぎこちゃんにでも言えないことはあるよ。いくら親友でも」
……何よ、そのトゲのある言いかた。署名がたくさん集まって、私が喜んでいるのに、どうして親友の香子が一緒に喜んでくれないのよ。
「……私、ちょっとトイレに行ってくる」
私はひとことそう言うと部屋を出た。私は気が短くて怒りっぽい。香子は一度機嫌を悪くして愚痴りだすと止まらなくなる。おたがいに気分を害している時に衝突すると長期的な大ゲンカになることは六年間親友をやっていて分かっているから、こういう場合、どちらかが部屋を出ていって、二人が冷静に話し合えるようになるまで頭を冷やすのだ。
「こういうのひさしぶりだな。五年生の冬以来か。……あれ? 最近だ」
あの時もつまらないことでケンカして、部屋を出た私は学生寮の庭をぶらぶら散歩していた。たしかクリスマス・イヴの三日前の夜だったはず。一時間ぐらい庭をウロウロしていて、寒さにたえきれずそろそろ限界だと思っていた時、香子が手作りのホットココアを持ってきて「ごめんね」と私に渡したのだ。
……そういえば、ケンカをして先にあやまるのはいつも香子のほうだ。自分でも思うけれど、私はちょっと頑固すぎるかも。香子のほうがずっと大人な気がする。
「う~む。今回は……私が大人になろうかなぁ」
二十分ぐらい庭を歩いて少しずつ冷静になってきていた私は、ポツリとそうつぶやいた。毎回、香子にあやまらせるのは悪い気がする。それに、早く仲直りしたいし。よし、もう戻ろう。そう決心しかけていたら……。
「清少納言先輩。こんばんは」
「あれ? 君は……頼通くん?」
和泉式部ちゃんのボーイフレンドの一人の藤原頼通くんとバッタリ会った。政治学部の、しかも副学園長の息子さんが、どうして文学部の学生寮の庭をウロウロしているのかしら? これから和泉式部ちゃんとデート? いや、もうすぐ真っ暗になるのにそれはないか。……もしかして、副学園長の差し金で、私の署名活動を邪魔しに来たとか⁉ そういえば、杉田玄白くんに副学園長の妨害に気をつけろと言われていたのを忘れていたわ。
「ぶ、文学部に何かご用?」
警戒しながら聞くと、頼通くんは手に持っていた紙の束と一冊の本を私に渡してきた。
「これは……政治学部の生徒たちの署名だわ。もしかして、頼通くんが集めてくれたの?」
「はい。……でも、父の目があるから目立った行動がとれず、八十七人分の署名しか集められませんでした。すみません……」
「そんなことないわ! ありがとう! 助かる!」
頼通くんも学園の授業をなんとかしたいと思っていたのね。疑ってしまって悪いことをしちゃったわ。私は、すっかり頼通くんのことを信用した。
「ところで、一緒に渡してくれたこの本は何? 暗くて本のタイトルが読めないわ」
「清少納言先輩が以前から読みたがっていた『紫式部日記』です。ウワサで聞きましたが、先輩は文学部の図書館にある古典文学全集五十冊のうち四十九冊を読破したけれど、『紫式部日記』の一冊のみは読んでいないそうですね」
「そうなのよ。かおる……ごほ、ごほ、紫式部が絶対に読んだらダメとか言って読ませてくれないのよ。初代・紫式部が書いた日記であって、二代目のあの子が書いたわけではないのだから何が書いてあっても別に気にしなくていいのにね」
「これ、僕の私物ですので先輩にお貸しします」
「え? でも、あの子が読んだらダメって……」
「こっそり読んでしまえば、分からないじゃないですか」
「う~ん……」
わたしは考えた。たしかに、平安時代の紫式部が書いた日記を読むのであって、親友である香子の日記を盗み読むわけではないのだから……まあ、読んじゃってもいいか。
「ありがとう。それじゃあ、借りるね」
私は頼通くんにお礼を言うと、学生寮に戻った。
なぎこ「次の投稿予定は13時よ。何だか不穏な空気が流れてきたわね。そろそろクライマックスが近いみたい」




