小噺【白檀&荷葉&落葉】
*活動報告からの再録です。
「本当に嬢ちゃんは可愛いなぁ」
目の前で厳つい顔をデレデレに崩して自分の養女を抱き上げる兄貴分に、白檀はスッと目を細めた。
裏表なしに可愛がってくれているのはわかるのだが、どうにも不安が煽られる。
具体的にどんな不安かというと。
「嬢ちゃんはおっきくなったら俺のもんになるんだぞー」
「落葉のもの?」
「そう。今は俺のを咥え込めないから我慢するけど、もうちょっと大きくなったら上のお口を使った奉仕の仕方教えてやるからなー。んできっと胸も育つだろうから、そしたら胸の使い方も教えてやる。下はお楽しみに取っとくから───」
「それ以上口にしたら殺す」
低い声で制止を入れ素早く伽羅を取り上げる。
純粋培養で育てている伽羅は素直なので何でも覚えてしまう。
こんな下品な男の傍に居ると、下ネタの国からやってきた下半身爆発野郎の手篭めにされてしまう。
体の小さな伽羅では抵抗は望めない。むしろ抵抗されたらむしろ嬉々として押さえてつけて致すに違いない。
この男は駄目だ。伽羅の教育に良くない。
「本当に最悪ですね、この変質者が。お嬢さまのお耳に何を聞かせているですか。穢れた呪文ですか?お望みとあれば死の呪文を唱えてやりましょうか?生き返りの呪文と死の呪文を交互に唱えてやりましょうか?」
「・・・そんな呪文聞いたことない」
「ほら、お嬢さまこちらにいらして下さい」
白檀の突込みを聞き流した荷葉は、伽羅に向かって腕を差し出す。
落葉から身を護るには荷葉に預けるのが一番いいので抵抗せずに渡すと、普段の無表情が嘘のように彼も笑み崩れた。
「いいですか、お嬢さま。お嬢さまは奉仕など覚えなくて宜しいのですよ?私が一生お傍にお仕えして尽くします。私への報酬は───」
「待て、お前は碌なこといわなさそうだから黙っていろ」
でれでれとした表情に嫌な予感しかせずに止めれば、黙っていれば怜悧で端整な顔立ちをした荷葉がついっと眉を持ち上げた。
ちなみに膝にはしっかりと伽羅を抱え込んでいる。
選択肢を間違えたと苦虫を百万匹ほど噛み締めていると、モノクルを指先で押し上げてとうとうと語りだした。
「───いいですか、坊ちゃま。娘はいずれ年頃になれば父離れするものです。その時のための予行演習もかねて、私は及ばずながらお手伝いをしているのですよ」
「・・・伽羅は父離れはしない。ずっと俺の傍にいる」
当然の用に言われた言葉に苛立ち、荷葉の腕から伽羅を捥ぎ取る。
荷葉の膝の上のときとは違い、嬉しげに顔を綻ばせた少女は、真っ直ぐに白檀を見詰めた。
ほのぼのとした安らぎに似た感情が胸に満ちて、自然と唇が綻びかける。
しかしそんな和やかな空気をぶち壊したのは、兄貴分の落葉だった。
「何言ってんだ白檀。親父ってのはな、娘が適齢期を迎えると邪険にされるもんなんだぞ。『おーい、伽羅。今日は久しぶりに一緒に風呂でも入るか?』『何言ってるの、お父さん。信じられない。キモイ。死んで』」
「なっ!?」
「そんなのは序の口ですね。『ちょ、この洗濯物臭いんだけど。私のお気に入りなのに!どうして?』『ああ、俺が気付いたから洗ってやったんだ』『もしかしてお父さんの洗濯物と一緒に洗ったの?』『ああ・・・そうだが?』『信じられない!?加齢臭うつっちゃってる!もうマジありえないし!お父さん消えて!』」
「ぬっ!?」
「他にもあんぞ。『伽羅、お父さんと一緒に出かけないか?』『はぁ?今からデートがあるんですけど。お父さんなんてお呼びじゃないんですけど』『何!?お父さん、彼氏が出来たなんて聞いてないぞ!』『言ってないし』『どんな男なんだ!?お父さんより格好いいのか?仕事は?性格は?』『てかマジウザイしー。そんなの一々報告義務ないでしょ。彼氏とお父さんなんて比べるまでもなく彼氏でしょ。そんなの聞くなんてキモイ』」
「ぐうっ」
滔々と語る二人の言葉の羅列の一つ一つが、白檀の心に打撃を与えていく。
はんなりと眉根を寄せて唇を噛み締めると、小さな掌が頬に触れた。
悪魔としてあるまじき色彩を持つ養女は、白檀だけにあけすけになる表情で悲しげに眉を顰めると、きゅっと柳眉を寄せた。
そのまま勇ましく身体を反転させ、当たり前に面白くないことを語った男二人を睨み据える。
「───私は一生涯お養父様が一番よ。下らないことを言う荷葉も落葉も大嫌い」
たった一言でその場の空気を一転させた伽羅は、まるで慰めるように白檀の首に手を伸ばすとひっしと抱きついた。
その背中に腕を回して視線だけで前を向くと、地味に凹んで肩を落とす落葉と、崩れ落ちて爪で床を引っかく荷葉がいた。
正反対でありながら、おどろおどろしい雰囲気を醸し出す二人に、にいっと口の端を持ち上げる。
「残念だったな。伽羅は俺が一番好きらしい」
留めの一言をあっさり放てば、悔しそうな恨めしげな視線を向ける兄貴分と、血走った眼差しで髪を逆立てる執事の視線が一直線にこちらを向いたが、腕の中の小さな存在のひと睨みでそれもあっさり霧散した。