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元魔王ですが、始まりの村で人気のパン屋をやっています。  作者: 3色あんこ


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9/10

勇者、魔族との共謀を疑われる!?始まりの村、大反論!



 始まりの村ココットは、今日も平和な朝だった。


「いらっしゃいませー!」


 サッシャの声が響く。


「サッシャさん、ウロボロスパン二つ!」

「あいよ」

「私はフルーツデニッシュ!」

「今日は苺とオレンジだぞ」

「じゃあオレンジで!」

「毎度あり」


 いつもの光景。

 そして──


「こんにちは、サッシャさん」

「おう、ルシオン」


 いつもの勇者。

 もはや村人たちにとっては、見慣れた日常だった。


「今日の新作は?」

「まだない」

「残念です」

「昨日食べただろう」

「新作は別腹ですよ」

「パンに別腹があるのか?」

「あります」

「そうか」


 二人が笑う。そんな平和な時間だった。

──その日の昼までは。



◇


 昼。

 村の入り口から、重々しい馬の蹄の音が響いた。


「……?」


 村人たちが振り返ると、王国軍の騎士たちが、一団となってこちらへ向かってくる。


「王国軍?」

「何だろう?」

「事件か?」


 騎士たちは村の中央で馬を止める。

 先頭に立っていた騎士団長が、声を張り上げた。


「勇者ルシオンはいるか!」


 店内。


「……」


 ルシオンが顔を上げた。


「僕ですが」

「勇者様!」


 村人たちがざわつく。

 騎士団長はルシオンへ向かって歩いてくる。


「勇者ルシオン。王国から正式な命令が下っている」

「命令?」

「そうだ」


 騎士団長が書状を取り出した。


「貴殿には、魔族との共謀の疑いがある」

「…………」


 店内が静まり返る。


「……はい?」


 ルシオンが目を丸くする。


「共謀?」

「そうだ」


 騎士団長は真剣な顔で続ける。


「この村には、魔王軍の幹部クラスと目される魔族が頻繁に出入りしている」

「……」

「そして貴殿もまた、3ヶ月以上にわたりこの村へ滞在し、毎日のようにこの店へ通っている」

「…………」


 ルシオンはゆっくりサッシャを見る。

 サッシャもルシオンを見る。


「……」

「……」


 二人ともものすごく微妙な顔をした。


「それで?」


 ルシオンが尋ねる。


「何が問題なんです?」

「何がって──」


 騎士団長が指を突きつける。


「魔王軍幹部と勇者が同じ村で頻繁に接触しているのだぞ!」

「……」


 ルシオンは少し考えた。


「彼女はパンを買いに来ているだけですが」

「そんなわけが──」

「本当だ」


 サッシャが即答した。


「ミラはパンを買いに来ている」

「黙ってください!」

「なぜだ?」

「あなたも疑惑の中心人物なんですよ!」

「俺はただのパン屋だ」

「元魔王でしょうが!」

「今はパン屋だ」

「そこを問題にしているんです!」


 村人たちがざわざわする。


「まあ……」

「でも本当にパン買いに来てるだけだよな」

「そうよね」

「ミラさん、いつもフェンリルパン買ってるし」

「この前なんて部下の分まで買ってたよ」

「サッシャさん、取り置きしてたもんね」

「そうそう」

「……」


 騎士たちが固まる。


「……本当に?」

「本当だよ」


 村長まで頷く。


「ミラさんは、うちの村でも工芸品を買って行ったり、しているのでね」

「それからこの前、勇者様と一緒に木に引っかかった僕のボールを取ってもらったよ!」

「始祖(エンシェント)吸血鬼(ヴァンパイア)だぞ!?」

「でもパンやこの村の特産のレースリボンを買ってるよ?」

「……」


 騎士団長が頭を抱える。


「いや、そういう問題では……!」


 その時ルシオンが一歩前へ出た。


「僕からも言わせてもらいます」

「勇者……」

「僕はサッシャさんと共謀などしていません」


 ルシオンは真っ直ぐ騎士を見る。


「確かに、彼が元魔王サタニトゥスであることは知っています」


 村人たちがざわつく。


「ですが──」


 ルシオンはサッシャを見る。

 パンを焼いて、子供たちと遊んで、新しいパンを作って、誰かのために何度も試行錯誤する。

 そんな姿を3ヶ月間、ずっと見てきた。


「僕は、この人を信頼しています」

「勇者……」


 サッシャが少し驚いた顔をする。


「この人はもう、魔王として何かを企んでいるわけじゃない」

「……」

「ただパンを焼いているんです」


 ルシオンは真顔で言った。


「それに、新作の味見係を僕に任せてくれています」

「…………」


 騎士団長が呆然とする。


「……それが何の証明になる?」

「美味しいですよ」

「そういう話ではない!」


 村人たちが笑い出す。


「勇者様、本当にパン好きになったねぇ」

「3ヶ月前すごく警戒してたのに」

「今じゃ新作パンの味見係だもの」

「平和ねぇ」


 騎士団長が頭を抱えていると。

 その時、カラン。パン屋の扉が開いた。


「こんにちは」

「……!」


 ルシオンが振り返る。


「お前っ!?」


 そこに立っていたのは、魔王軍幹部の一人。

 始祖(エンシェント)吸血鬼(ヴァンパイア)のミラ。


「……なぜここに!?」


 ミラは不思議そうに首を傾げる。


「なぜ、と言いますと?」

「そうだ!」

「パンを買いに来たのですが」

「またか!」


 サッシャが店の奥から声を飛ばす。


「おう、来たか」

「はい。今日は十個ほど」

「ウロボロスパンか?」

「ええ。部下たちが気に入っていまして」

「なら焼き上がってるぞ」

「ありがとうございます」

「……」


 ルシオン、王国軍、村人。

 全員が沈黙する。


「…………」


 騎士団長がゆっくりと口を開いた。


「お前……魔王軍幹部だよな?」

「そうですが?」

「何を企んでいる!」

「ですから」


 ミラは紙袋を持ち上げる。


「パンを買いに来ただけです」

「…………」

「焼きたては美味しいので」

「…………」

「では」


 ミラはそのまま店を出ようとする。


「待て!」

「何でしょう?」

「お前は魔王軍幹部だぞ!」

「ええ」

「それが、こんなところで……」

「是非、元主のパンを食べてみてください、とても美味しいですよ」

「…………」


 ミラの美しい笑顔と裏のない発言に、騎士はついに頭を抱えた。


 静寂。


「何だったんだ、今の……」


 騎士団長が小さく呟く。

 だが、その言葉は部下たちには届いていなかった。


「でも確かに美味しそうだな」

「あの魔獣の形したパンウインナー、絶対うまいだろ」

「俺、あのサラマンダーの形のカレーパンが気になる」

「おい、あのデニッシュに使ってるフルーツ、お前の故郷のりんごじゃないか?」

「ほんとだ!ちゃんと仕入れてるのか……嬉しいな」

「お前ら!目移りするな!魔王が作ったものだぞ!?」


 団長が声を荒げても、騎士たちは聞く耳を持たなかった。


「けど団長、こんなに美味しそうですよ?」

「そうだそうだ!」

「俺、朝から何も食ってないんですよ」

「はらへったー!」


 村中に、屈託のない笑い声が響く。

 サッシャが腹を抱えて笑いながら言った。


「はっはっはっ!お前ら、腹が減っては戦はできんからな!良かったら好きなやつ買ってけ!」

「いいんですか!?」

「俺、あのウロボロスパン食べたい!」

「俺は故郷のりんごのやつ!」

「米粉パンも買ってみよう」


 サッシャの言葉を合図に、騎士たちは次々とパンを買い求めていく。

 騎士団長はただ頭を抱え、自由奔放な部下たちを見守るしかなかった。

 結局、王国軍は証拠らしい証拠を何一つ得られないまま、村を後にすることになっ


 去り際、騎士団長がルシオンへ振り返る。


「勇者ルシオン」

「はい」

「……本当に、何も企んでいないんだな?」

「はい」

「魔王とも?」

「はい」

「魔族の幹部とも?」

「はい」

「……」


 騎士は疲れた顔をする。


「なら……まあ、いい」

「ありがとうございます」

「ただし!」


 騎士団長が指を立てる。


「報告書には、今後も警戒を続けると書かせてもらう!」

「分かりました」

「それから……」


 騎士団長がパン屋を見る。


「……」

「?」

「その……」


 騎士団長は少しだけ言いにくそうにする。


「ウロボロスパンというのは……美味いのか?」


 ルシオンが笑った。


「美味しいですよ」


 サッシャも頷く。


「焼きたてが一番だ」

「……そうか」


 騎士は一瞬迷い──


「……一つもらえるか?」

「毎度あり」


 王国軍の騎士団長が、ウロボロスパンを一つ買って帰っていった。

 その背中を見送りながらルシオンが呟く。


「……あの人、絶対また来ますね」

「そうだろうな」


 サッシャは笑う。


「美味いからな」


 そして翌週、始まりの村ココットのパン屋。


「いらっしゃいませー!」

「ウロボロスパンを三つ」

「はいよ」


 そこには王国軍の騎士が立っていた。

 その後ろには別の騎士が二人。


「……」


 ルシオンはそれを見て笑う。


「サッシャさん」

「なんだ?」

「警戒するどころか、王国軍まで常連になりそうですね」

「そうか?」

「ああ」


 サッシャは肩をすくめる。


「平和で何よりだ」


 こうして、ココット村の平和は、勇者だけでなく、魔王軍幹部、そして王国軍まで巻き込みながら、ますます賑やかになっていった。

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