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元魔王ですが、始まりの村で人気のパン屋をやっています。  作者: 3色あんこ


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10/10

今日も平和。元魔王のパン屋は大繁盛



 始まりの村ココットは、今日も平和だった。


「いらっしゃいませー!」


 朝一番にパン屋の扉が開く。


「サッシャさん、おはようございます」

「おう、ルシオン。今日も来たか」

「もちろんです」


 王都でも名を知られる勇者ルシオン。

 銀髪に緑の瞳、爽やかな笑顔、細身に見えて、実はしっかり鍛え上げられた身体。

 そんな彼が、今日も当たり前のようにパン屋へやってくる。


「今日は何がおすすめです?」

「昨日焼いたケットシーパンが残っているぞ」

「……」


 ルシオンの動きが止まる。


「どうした?」

「いや……」


 ルシオンはケットシーパンを見る。

 丸い顔。

 小さな耳。

 つぶらな瞳。


「……やっぱり可愛いですね」

「食え」

「食べますよ」

「なら早くしろ」

「……いただきます」


 ぱく。


「……美味しい」

「そうだろう」


 ルシオンは幸せそうに笑った。

 最初は食べることすらできなかったのに、今では普通に食べられるようになっている。


「……でも、やっぱり耳から食べるのは少し罪悪感があります」

「パンだぞ」

「分かってます」


 そんな会話をしながら、ルシオンは今日もパンを買っていく。


「おはようございます!」


 店の外から、別の声が聞こえた。


「おう」

「ウロボロスパン、まだありますか?」


 王国軍の騎士だった。


「ああ。焼きたてだ」

「では5つ」

「5つ?」

「部下たちの分です」

「そうか」


 騎士は財布を取り出す。


「……あと、ケットシーパンも一つ」

「騎士さん、ケットシー好きだったんですね」


 ルシオンが笑う。


「……娘に頼まれまして」

「そうですか」

「私が食べるわけではありませんが……」


 サッシャは黙ってケットシーパンを袋に入れる。


「毎度あり」

「ありがとうございます」


 騎士が帰っていく。その後ろ姿を見ながら、ルシオンが笑う。


「完全に常連ですね」

「そうだな」

「王国軍にまでパンが広がるとは」

「美味ければ、それでいい」


 サッシャはそう言って笑った。


 そして昼。


「サッシャさーん!」

「米粉パンください!」

「二つ!」

「私も!」

「はいはい、並べ」


 米粉パンを求めて、村人たちが並ぶ。

 あの日、パンを食べることができなかった子供のために作ったパンは、今では村の人気商品になっていた。


「これ、本当に美味しいね!」

「もちもちしてる!」

「小麦のパンとはまた違う美味しさね」


 サッシャは嬉しそうにそれを眺める。


「……」


 ルシオンはそんなサッシャを見ていた。


「嬉しそうですね」

「そりゃあな」

「昔も、こうやってパンを作っていたんですか?」

「昔?」

「奥さんのために」

「……」


 サッシャは少しだけ目を細める。


「ああ今も、似たようなことをしているだけだ」

「……そうですね」


 ルシオンは笑った。


「誰かに美味しいものを食べてもらいたい」

「ああ」

「それだけなんですね」

「それだけだ」


 二人は笑った。


 その日の午後。

 サッシャは店の前に椅子を出して休んでいた。


「サッシャおじちゃん!」

「おう」

「遊ぼう!」

「また鬼ごっこか?」

「うん!」

「仕方ないな」

「勇者のお兄ちゃんも!」

「僕もですか?」

「いっしょにあそぼー!」

「……分かりました」


 結局、元魔王と勇者は、子供たちと一緒に走り回ることになった。


「待てー!」

「サッシャおじちゃん速い!」

「勇者のお兄ちゃんも速い!」

「負けませんよ!」

「ほう?」

「サッシャさん、勝負です」

「いいだろう」

「よーい!」

「どん!」


 二人の大人が、本気で走る。

 その光景を見ていた村の女性たちは──


「今日も目の保養ね」

「本当に……」

「サッシャさんは子供と遊ぶ時は優しいのよね」

「分かる……」

「勇者様は爽やかだし」

「分かる……」

「二人並ぶとすごいわね」

「分かる……」


 そして少し離れたところ。


「こんにちは」

「あら!」


 誰かが振り返る。

 そこには、美しい女性。


 始祖(エンシェント)吸血鬼(ヴァンパイア) ──ミラ。


「今日もパンを買いに?」

「ええ」

「何にします?」

「フェンリルパン2個とフルーツデニッシュを10個」

「10個!?」

「部下たちの分です」

「相変わらずねぇ」


 ミラは涼しい顔でパンを受け取る。


「ありがとうございます」

「こちらこそ」

「……ところで」


 ミラが店の外を見る。

 そこでは、サッシャとルシオンが子供たちと走り回っていた。


「……」

「どうしました?」

「いえ」


 ミラはほんの少し笑った。


「楽しそうですね」

「そうね」

「昔のあの方からは想像もつきません」

「でしょうね」


 ミラは静かに笑った。

 パンの袋を抱え直す。


「ですが、今のほうが私は好きですよ」


 そして夕暮れ。

 パン屋の営業が終わる。


「今日はよく売れたな」


 サッシャが店内を見回す。


「ほとんど売り切れですね」


 ルシオンが手伝いながら答える。


「お前も毎日来ているが、よく飽きないな」

「飽きませんよ」

「そうか」

「サッシャさんのパン、美味しいですから」

「……そうか」


 サッシャは少し照れくさそうに笑う。


「なら、明日も来い」

「もちろん」

「新作を作る予定だ」

「本当ですか!?」

「ああ」

「何パンです?」

「秘密だ」

「気になります!」


 ルシオンが笑うとつられて、サッシャも笑う。


 その夜、店の戸締りをする。

 かつてサタニトゥスという名を持つ魔王だった男。

 千年近く魔族を率いて、戦い、政治、外交、争い。

 その全てから離れて10年。


 今の彼の一日は、パンを焼き、子供たちと遊び、常連客と話し、勇者と新作を試行錯誤し、食べる。

 時々、魔王軍の幹部がパンを買いに来る。

 王国軍の騎士もパンを買いに来る。


 そして夜になったら店を閉める。


「……」


 サッシャは店の前に立ち、夜空を見上げた。


「静かだな」


 隣にいたルシオンが頷く。


「平和ですね」

「ああ」


 サッシャは微笑んだ。


「……悪くない」

「何がです?」

「この生活だ」


 ルシオンが笑う。


「じゃあ、魔王を辞めて正解でしたね」

「……ああ」


 サッシャは、少しだけ遠い昔を思い出す。

 妻、子供たち、部下たち。

 そして、長かった魔王としての人生。

 それらを胸に抱えたまま、今はここにいる。


 パン屋の店主──サッシャとして。


「明日もパンを焼くか」

「はい」

「お前も来るか?」

「もちろん」


 勇者と元魔王が笑う。


 そして翌朝。


「いらっしゃいませー!」


 今日も始まりの村ココットに、サッシャの声が響く。

 勇者が来て、騎士が来て、魔族が来て、村人が来る。

 子供たちがパンをほおばりながら笑う。

 パンの香りが村いっぱいに広がる。


 かつて世界を支配した魔王は、今日も一生懸命、パンを焼いている。



 「元魔王ですが、始まりの村で人気のパン屋をやってます」



 そんな彼の、穏やかで賑やかな第二の人生はまだまだ、これからも続いていく。

以上、魔王引退後の平和な話でした!

こんな風に魔王も魔族だけど1人の人なんだなーって話が作りたかったので!

読んでいただきありがとうございました!

また他の作品も色々と投稿しておりますので読んでいただけると嬉しいです!

良かったらいいね、ブクマ、よろしくお願いいたします。

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