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元魔王ですが、始まりの村で人気のパン屋をやっています。  作者: 3色あんこ


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7/10

紆余曲折の末ついに完成!米粉パン!



──それから、3週間。


「……駄目だ」


 サッシャは、机の上に並べられたパンを見つめていた。


「また失敗ですか?」


 隣でルシオンが呟く。


「ああ」

「これは?」

「硬い」

「こっちは?」

「硬い」

「じゃあ、これは?」

「……硬い」

「全部硬いじゃないですか」

「うむ」


 サッシャは腕を組んだ。

 机の上には、試作に試作を重ねたパンが並んでいる。

 膨らまない。

 崩れる。

 焼きすぎる。

 水分が多すぎる。

 食感が妙にもちもちする。

 もちもちしすぎて噛みちぎれない。


「米粉というのは、なかなか難しいな」

「でも、少しずつ良くなっていますよ」

「そうか?」

「最初の頃なんて、パンというより石でしたから」

「……そうだったな」


 サッシャは遠い目をした。

 最初に作った試作品は、焼き上がった瞬間から異様な硬さを誇っていた。

 ルシオンが一口食べて、渋い顔をした。


「……歯が負けますね」


 と言ったほどである。


「しかし」


 サッシャは失敗作を眺める。


「諦めるわけにはいかん」

「はい」


 その理由は、一人の子供だった。

 パンが食べられない子供。

 食べると蕁麻疹が出て、呼吸が苦しくなる。

 その子のためにサッシャは、かつて妻のために卵を使わないパンを作った時と同じように、何度でも挑戦していた。


「……もう一度だ」

「付き合いますよ」

「すまんな」

「今さらですよ」


 ルシオンは笑った。


「僕も、完成させたいですから」


 そして、さらに数日。


「……どうだ?」


 窯から取り出されたパン。

 表面はこんがりと焼けている。

 ふっくらしている。香りもいい。サッシャがそっと押してみる。


「……」


 指が柔らかく沈み、ゆっくりと戻ってきた。


「……」

「……」


 二人は顔を見合わせる。


「成功……ですか?」

「分からん」

「食べてみましょう」

「ああ」


 サッシャが一つ割ると、中から白く柔らかな生地が現れた。


「……」


 ルシオンが一口食べる。


「……!」

「どうだ?」

「美味しいです」

「本当か?」

「はい」


 もう一口。


「外は香ばしくて、中は柔らかい」

「……」


 サッシャは黙ってパンを見つめた。


「……できた」


 小さく呟いた。


「できましたね」

「ああ」


 サッシャは笑った。


「米粉パンだ」


──完成した。

 小麦を使わず、米から作った粉を使ったパン。

 もちろん、原材料や製造環境などには十分注意し、教会の治療師とも確認を重ねた。


 そして今日、ついにその子供がパン屋へやってきた。


「……」


 少年はサッシャの前に座っていた。

 目の前には、焼きたての米粉パンだが、手を伸ばせない。


「怖いか?」


 サッシャが優しく尋ねると、少年は小さく頷いた。


「……また、苦しくなったら……」

「無理に食べなくていい」


 サッシャはそう言った。


「少しでも怖いなら、やめていい」

「……」

「ただな」


 サッシャはパンを少年の前へ置いた。


「これは、お前が食べられるかもしれないパンだ」

「……食べられる?」

「ああ」


 ルシオンも隣で見守っている。


「もちろん、まずは少しだけにしましょう」

「うん……」


 少年は小さくパンをちぎった。

 ほんの一口。

 指先が震えている。

 恐る恐るゆっくりと口へ運ぶ。


「……」


 かじる。

 もぐ。


「…………」


 誰も何も言わない。

 固唾を飲んで見守る。

 少年は自分の身体を確認するように、胸元へ手を当てる。


「…………」


 数秒。


「……苦しく、ならない」


 少年の目が大きく開く。


「…………本当に?」


 ルシオンが静かに頷く。


「ああ」


 少年はもう一度パンを見る。

 そして今度は、さっきより少し大きくかじった。


「……」


 もぐもぐ。


「……美味しい」


 ぽろり。少年の頬に一粒の涙が落ちた。


「……美味しい」


 もう一粒。


「パンって……」


 少年は泣きながら笑った。


「パンって、おいしいんだね……!」


 その瞬間サッシャは何も言わなかった。

 ただ、静かに目を閉じる。

 その横顔には、長い年月を越えて蘇った記憶があった。

 卵を食べられなかった、かつての妻。

 初めて作ったパンを、美味しそうに食べてくれた彼女。

 そして今、目の前でパンを食べて泣いている子供。


「……そうか」


 サッシャはゆっくりと笑った。


「美味しいか」

「うん……!」

「なら、作った甲斐があったな」


 少年はパンを両手で抱える。


「これ……もう一個食べてもいい?」

「もちろんだ」

「やった……!」


 少年が嬉しそうに笑う。

 ルシオンは、その光景を黙って見つめていた。


「……サッシャさん」

「ん?」

「僕、あなたを誤解していたかもしれません」

「何だ、突然」

「あなたは確かに魔王だった」

「ああ」

「でも──」


 ルシオンは微笑む。


「今は、誰かに美味しいものを食べてもらうために必死になれる、ただのパン屋さんですね」

「……」


 サッシャは少しだけ目を細めた。


「そういうことにしておけ」

「はい」


 二人は笑った。


 そしてその日。

 始まりの村のパン屋に、新しい商品が加わった。


 米粉パン。


 小麦を食べられない人でも食べられる可能性を求めて作られた、サッシャ渾身の新作。

 それは後に、村だけではなく周辺の町でも評判になっていく。

 だがサッシャにとって一番嬉しかったのは、売り上げでも評判でもなかった。


「サッシャおじちゃん!」

「おう!」

「また米粉パン食べたい!」

「ああ。いつでも焼いてやる」

「ありがとう!」


 少年の笑顔が何より嬉しかった。


 その日の夜。

 店を閉めたサッシャは、静かな店内で一人、米粉パンの試作品を眺めていた。


「……なあ」


 誰もいない店内で、ぽつりと呟く。


「見ているか?」


 返事はない。

 それでもサッシャは笑った。


「また一つ、パンが増えたぞ」


 遠い昔に失った、大切な妻へ。

 そしてかつて共に生きた者たちへ。


「……余も、まだまだ頑張れそうだ」


 窓の外には、穏やかな月が浮かんでいた。

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