↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元魔王ですが、始まりの村で人気のパン屋をやっています。  作者: 3色あんこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/10

勇者登場!店主を魔王と確信し店主生命大ピンチ!



 始まりの村ココットに、一人の青年がやってきた。

 銀色の髪、陽光を受けてきらきらと輝くその髪の下には、穏やかに細められた緑色の瞳。

 整った顔立ち。

 爽やかな笑顔。

 すらりとした長身。

 服の上から見る限りでは細身に見えるが、その身体には鍛え抜かれた筋肉が隠されている。


 腰には一本の剣。

 胸元には、王国騎士団と聖教会の双方から授けられた紋章。

 その姿を見た村人たちは─

 数秒、沈黙した。

 そして。


「きゃあああああああああああ!!」

「勇者様よ!!」

「本物!?」

「銀髪…!緑の瞳……!」

「かっこいい……!」

「王都で噂になってた勇者様!?」


 一瞬で村中が騒がしくなった。


「おいおい、何事だ?」

「勇者様が来たんだよ!」

「勇者って、あの魔獣討伐の?」

「そう!王都でも人気の!」


 青年は困ったように笑った。


「はは……そんなに騒がなくても大丈夫ですよ」


 柔らかな声。

 さらに女性陣がざわめく。


「声まで素敵……」

「笑顔が爽やか……」

「王都のご令嬢たちが騒ぐわけだわ……」


 勇者、その名は──ルシオン。


 魔王討伐の旅を経験し、現在は王国から正式に勇者の称号を与えられている青年である。


「……」


 その様子を、パン屋の窓から見ていた男が一人。

 サッシャだった。


「……勇者か」


 嫌な予感しかしない。


「サッシャさん!」


 店の外から声が飛んでくる。


「勇者様が来たよ!」

「そうだな」

「見に行かないの?」

「興味ない」

「えー!」


 サッシャは窯の中を確認する。


「パンが焼き上がる時間の方が重要だ」

「サッシャさんらしいねぇ」


 村人たちが笑う。

 しかしその数分後。


 カラン──


 パン屋の扉が開いた。


「いらっしゃいませ」


 サッシャが顔を上げる。


「……」

「……」


 銀髪の青年と、サッシャ。

 二人の視線が交わった。

 ルシオンはにこりと笑う。


「こんにちは」

「ああ、いらっしゃい」

「パンを買いたいんですが、いいですか?」

「もちろん」


 サッシャは棚を指差した。


「好きなものを選べ」

「ありがとうございます」


 ルシオンはパンを眺める。


「へえ……」


 ドラゴン、フェンリル、グリフォン。

 どれも可愛らしくデフォルメされている。


「可愛いですね」

「子供に人気だ」

「なるほど」


 ルシオンはフェンリルパンを手に取る。


「じゃあ、これを」

「毎度あり」


 サッシャが包む。

 その間ルシオンは何気ない様子で店内を見回していた。

 だが、その緑色の瞳が──ほんの一瞬だけ鋭くなる。


「……」


 サッシャは気づいていた。

 この男ただの観光客ではない。


「お前、勇者だろう」

「……分かります?」

「あれだけ騒がれていればな」

「ですよね」


 ルシオンは苦笑した。


「すみません。騒がしくしてしまって」

「別に構わん」

「それにしても、この村は良いところですね」

「そうだな」

「魔獣も近くにいる地域なのに、皆さん穏やかに暮らしている」

「まあ、昔に比べればな」

「昔?」

「……」


 サッシャは一瞬だけ黙る。


「昔の話だ」

「そうですか」


 ルシオンは笑う。

 だが視線は笑っていなかった。


「では、これで」

「銀貨1枚だ」

「はい」


 ルシオンが代金を置く。


「ありがとうございました」

「どうも」


 ルシオンが扉へ向かう。

 そして店を出る直前。


「……サッシャさん」

「なんだ?」


 ルシオンが振り返った。

 爽やかな笑顔。


「あなたは──」


 一瞬その声から柔らかさが消えた。


「魔王サタニトゥスですね?」


 店内の空気が凍った。


「…………」


 サッシャは黙っている。

 ルシオンも笑顔を消した。


「10年前、魔王は突然姿を消した」

「……」

「王国は長い間、その行方を追っていた」

「そうか」

「そして、ここ数年で始まりの村に現れたパン屋の店主」


 ルシオンはサッシャを見る。


「サッシャという名前、異常な魔力量、魔獣への知識。そして何より」


 ルシオンの緑の瞳が鋭く光る。


「あなたの目」


 サッシャは眉を動かした。


「10年前に見た魔王の目と、まったく同じです」

「……よく覚えているな」

「忘れるわけがありません」


 ルシオンの手が、剣の柄へ伸びる。

 カチャリ、小さな金属音。


「……」


 サッシャは静かに息を吐いた。


「やはり、そうなのですね」

「……だったらどうする?」


 その瞬間、店内に凄まじい圧力が満ちた。

 先ほどまでの気さくなパン屋の店主とは思えない。

 空気そのものが重くなる。


 魔王。


 かつて世界を震撼させた存在。

 サッシャの目が、ほんの一瞬だけ赤く光った。

 ルシオンも剣を抜く。


「……」

「……」


 二人の間に、張り詰めた空気が流れる。

 そして──


「サッシャさーん!」


 外から子供の声がした。


「ドラゴンパン、もう一個欲しいの!」

「…………」

「…………」


 サッシャはルシオンを見る。

 ルシオンは剣の柄に手を置いたまま固まっている。


「……」

「……」


 サッシャはため息を吐いた。


「客が待っている」

「え?」

「戦いを挑むなら外でやれ」

「そこですか!?」

「店を壊されたら困る」

「いや、そういう問題じゃ──」

「それに」


 サッシャは剣を指差す。


「店内で剣を抜くな」

「……」


 ルシオンはしばらく黙り込んだ。

 そして剣を鞘へ戻す。


「……分かりました」

「物分かりがいいな」

「ただし」


 ルシオンは真剣な表情でサッシャを見る。


「僕はあなたを監視します」

「勝手にしろ」

「本当に?」

「ああ」

「では、明日も来ます」

「……」

「監視のためです」

「…………そうか」


 ルシオンは爽やかに笑った。


「では、また明日」


 扉が閉まる。

 サッシャはその背中を見送った。


「……面倒な奴が来たな」


 しかし店の外では──


「勇者様がサッシャさんの店から出てきた!」

「本当に!?」

「何を買ったの!?」

「フェンリルパンだって!」

「まあ!」

「じゃあ勇者様もサッシャさんのパンのファンなのね!」

「人気者同士でお似合いじゃない?」


 そんな村人たちの声が聞こえてくる。


「……」


 サッシャは額を押さえた。


「……余はただ静かにパンを焼きたいだけなのだが」


 こうして元魔王のパン屋には、勇者という非常に面倒な常連候補が誕生したのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。