勇者登場!店主を魔王と確信し店主生命大ピンチ!
始まりの村ココットに、一人の青年がやってきた。
銀色の髪、陽光を受けてきらきらと輝くその髪の下には、穏やかに細められた緑色の瞳。
整った顔立ち。
爽やかな笑顔。
すらりとした長身。
服の上から見る限りでは細身に見えるが、その身体には鍛え抜かれた筋肉が隠されている。
腰には一本の剣。
胸元には、王国騎士団と聖教会の双方から授けられた紋章。
その姿を見た村人たちは─
数秒、沈黙した。
そして。
「きゃあああああああああああ!!」
「勇者様よ!!」
「本物!?」
「銀髪…!緑の瞳……!」
「かっこいい……!」
「王都で噂になってた勇者様!?」
一瞬で村中が騒がしくなった。
「おいおい、何事だ?」
「勇者様が来たんだよ!」
「勇者って、あの魔獣討伐の?」
「そう!王都でも人気の!」
青年は困ったように笑った。
「はは……そんなに騒がなくても大丈夫ですよ」
柔らかな声。
さらに女性陣がざわめく。
「声まで素敵……」
「笑顔が爽やか……」
「王都のご令嬢たちが騒ぐわけだわ……」
勇者、その名は──ルシオン。
魔王討伐の旅を経験し、現在は王国から正式に勇者の称号を与えられている青年である。
「……」
その様子を、パン屋の窓から見ていた男が一人。
サッシャだった。
「……勇者か」
嫌な予感しかしない。
「サッシャさん!」
店の外から声が飛んでくる。
「勇者様が来たよ!」
「そうだな」
「見に行かないの?」
「興味ない」
「えー!」
サッシャは窯の中を確認する。
「パンが焼き上がる時間の方が重要だ」
「サッシャさんらしいねぇ」
村人たちが笑う。
しかしその数分後。
カラン──
パン屋の扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
サッシャが顔を上げる。
「……」
「……」
銀髪の青年と、サッシャ。
二人の視線が交わった。
ルシオンはにこりと笑う。
「こんにちは」
「ああ、いらっしゃい」
「パンを買いたいんですが、いいですか?」
「もちろん」
サッシャは棚を指差した。
「好きなものを選べ」
「ありがとうございます」
ルシオンはパンを眺める。
「へえ……」
ドラゴン、フェンリル、グリフォン。
どれも可愛らしくデフォルメされている。
「可愛いですね」
「子供に人気だ」
「なるほど」
ルシオンはフェンリルパンを手に取る。
「じゃあ、これを」
「毎度あり」
サッシャが包む。
その間ルシオンは何気ない様子で店内を見回していた。
だが、その緑色の瞳が──ほんの一瞬だけ鋭くなる。
「……」
サッシャは気づいていた。
この男ただの観光客ではない。
「お前、勇者だろう」
「……分かります?」
「あれだけ騒がれていればな」
「ですよね」
ルシオンは苦笑した。
「すみません。騒がしくしてしまって」
「別に構わん」
「それにしても、この村は良いところですね」
「そうだな」
「魔獣も近くにいる地域なのに、皆さん穏やかに暮らしている」
「まあ、昔に比べればな」
「昔?」
「……」
サッシャは一瞬だけ黙る。
「昔の話だ」
「そうですか」
ルシオンは笑う。
だが視線は笑っていなかった。
「では、これで」
「銀貨1枚だ」
「はい」
ルシオンが代金を置く。
「ありがとうございました」
「どうも」
ルシオンが扉へ向かう。
そして店を出る直前。
「……サッシャさん」
「なんだ?」
ルシオンが振り返った。
爽やかな笑顔。
「あなたは──」
一瞬その声から柔らかさが消えた。
「魔王サタニトゥスですね?」
店内の空気が凍った。
「…………」
サッシャは黙っている。
ルシオンも笑顔を消した。
「10年前、魔王は突然姿を消した」
「……」
「王国は長い間、その行方を追っていた」
「そうか」
「そして、ここ数年で始まりの村に現れたパン屋の店主」
ルシオンはサッシャを見る。
「サッシャという名前、異常な魔力量、魔獣への知識。そして何より」
ルシオンの緑の瞳が鋭く光る。
「あなたの目」
サッシャは眉を動かした。
「10年前に見た魔王の目と、まったく同じです」
「……よく覚えているな」
「忘れるわけがありません」
ルシオンの手が、剣の柄へ伸びる。
カチャリ、小さな金属音。
「……」
サッシャは静かに息を吐いた。
「やはり、そうなのですね」
「……だったらどうする?」
その瞬間、店内に凄まじい圧力が満ちた。
先ほどまでの気さくなパン屋の店主とは思えない。
空気そのものが重くなる。
魔王。
かつて世界を震撼させた存在。
サッシャの目が、ほんの一瞬だけ赤く光った。
ルシオンも剣を抜く。
「……」
「……」
二人の間に、張り詰めた空気が流れる。
そして──
「サッシャさーん!」
外から子供の声がした。
「ドラゴンパン、もう一個欲しいの!」
「…………」
「…………」
サッシャはルシオンを見る。
ルシオンは剣の柄に手を置いたまま固まっている。
「……」
「……」
サッシャはため息を吐いた。
「客が待っている」
「え?」
「戦いを挑むなら外でやれ」
「そこですか!?」
「店を壊されたら困る」
「いや、そういう問題じゃ──」
「それに」
サッシャは剣を指差す。
「店内で剣を抜くな」
「……」
ルシオンはしばらく黙り込んだ。
そして剣を鞘へ戻す。
「……分かりました」
「物分かりがいいな」
「ただし」
ルシオンは真剣な表情でサッシャを見る。
「僕はあなたを監視します」
「勝手にしろ」
「本当に?」
「ああ」
「では、明日も来ます」
「……」
「監視のためです」
「…………そうか」
ルシオンは爽やかに笑った。
「では、また明日」
扉が閉まる。
サッシャはその背中を見送った。
「……面倒な奴が来たな」
しかし店の外では──
「勇者様がサッシャさんの店から出てきた!」
「本当に!?」
「何を買ったの!?」
「フェンリルパンだって!」
「まあ!」
「じゃあ勇者様もサッシャさんのパンのファンなのね!」
「人気者同士でお似合いじゃない?」
そんな村人たちの声が聞こえてくる。
「……」
サッシャは額を押さえた。
「……余はただ静かにパンを焼きたいだけなのだが」
こうして元魔王のパン屋には、勇者という非常に面倒な常連候補が誕生したのであった。




