第9話 ウブと衝撃
アンズーの酒場に来てから3日が経過した。帰る方法の手掛かりは掴めていないが、アンズーとアルシアからこの世界の文字を教わっていた。尻の痛みも、自分で歩けるほどには回復していた。
「しかしニホンってのは変な服を着るもんなんだな」
アンズーがツカサが着ている制服を見て不思議そうに腕を組んでいた。
「俺からしたら、この世界の魔法の方がよっぽど変ですよ」
すると、アンズーとアルシアが信じられないと言う顔でツカサの方を見た。
「ツカサ、ニホンって魔法ないの!?」
「どうやって生活してんだよ……」
あまりの驚かれように、ツカサは思わずカウンターを拭いていた手が止まった。アンズーが吹き抜けの2階席からツカサとアルシアを見下ろしていた。アルシアがツカサを落ち着かせようと駆け寄る。
「大丈夫よツカサ!魔力があれば魔法は使えるわ!お姉ちゃんに見てもらえばいいのよ!」
「そうだな、セレアに見てもらえば確実だ」
ツカサの耳に聞いたことのない名前が入ってきた。ツカサが聞き返そうとしたとき、勢いよく酒場の扉が開かれた。
「アンズーただいまぁ~」
アンズーの名を呼びながら入店してきたその女性は、酷くつかれた様子でカウンターに倒れ込んだ。ツカサが困惑していると、その横でアンズーが笑っていた。
「丁度いいところに帰ってきたな。あれが俺の彼女であり、アルシアの姉貴のセレアだ」
* * * *
アンズーがカウンターに水を置くと、セレアはツカサの隣の席に腰を下ろして、カウンターに倒れ込んだ。セレアの隣に座っているツカサの心臓はバクバクだった。大人の色気を漂わせ、胸元を強調した薄いドレスのような服を着ている。目を逸らそうとしても、意識してしまう。そして酒臭い。
「お姉ちゃん、またこんなに飲んだの?」
アルシアが呆れたように奥の部屋から毛布を持ってきて、セレアにかけてあげた。セレアは倒れたまま顔を横にしてツカサの存在に気がついた。木製のカウンターに圧迫されて、セレアの柔らかそうな胸が前に出て強調される。ツカサは耳が赤くなって奥の酒棚をずっと見ていた。
「あれ~?お客さんなんて珍しいねぇ」
「こんな子供が酒場にくるわけないだろ?コイツはツカサ。店を手伝って貰ってんだ」
セレアが溶けた顔をしてツカサの横顔を覗き込む。酔いがまだ覚めていないようで、顔が赤い。
「お手伝いさんかぁ~。いくら貰ってるの~?」
「け、怪我でここに泊めてもらってるので……。お金は貰ってないです……。」
ツカサが緊張で変に背筋を伸ばしている。ツカサの様子が余程面白いのか、アンズーはニヤニヤしながら酒棚を整理している。掃き掃除をしながらセレアを見ていたアルシアが思い出したように声をかける。
「そうだお姉ちゃん、ツカサの魔力測ってくれない?」
セレアが面倒臭そうにため息をつくと、カウンターに頬を押し付けた。目を細めてツカサの方を見るも、ツカサは目の前の酒から目を逸らそうとしない。
「私、今帰ってきたところなのにぃ~?」
「セレア、俺からも頼むよ」
アンズーが手を合わせてセレアに頼み込むも、セレアは動こうとしない。セレアの様子を見かねたアルシアが、ツカサの側で呟く。
「ごめんねツカサ。お姉ちゃんお酒飲むと、たまにこうなっちゃうの……。いつもはここまで酷くないのよ?」
「だ、大丈夫だよ……。疲れてるなら仕方ないよ……。」
ツカサは緊張で声がつまる。緊張してニヤニヤしないよう顔をこわばらせているのが逆に不自然に見えている。アンズーとセレアがなにかを話している。そして、セレアが渋々承諾したように重い身体を起こした。
「ツカサぁ~、ちょっと動かないでねぇ~」
「ちょっと!なに触って……」
セレアがツカサの手の甲を優しく触った。セレアの手から発生した青白い光がツカサの身体を包む。ツカサが困惑していると、アルシアがツカサの背中に手を置く。
「大丈夫、落ち着いていいわよ。痛いことはしないから」
「あ、ありがとうアルシア……」
セレアの眉がぴくりと動いた。ツカサが青白い光に包まれて数秒経過、青い光が消えかけた。そしてもう一度魔法をかけ直した。さっきまで面倒臭そうで疲れたセレアの顔が、みるみる内に青ざめて行った。
「こ、これは……」
セレアの反応に、アンズーとアルシアも驚いていた。ツカサはセレアを見ないように顔を背けていたが、様子が気になってセレアの方を向く。3人の様子から普通じゃないことが起きているのだと思った。
「ど、どうしたんですか……」
ツカサが恐る恐るセレアに聞くと、セレアは答えもせず黙っていた。
「お姉ちゃん黙ってないでなんとか言ってよ……」
アルシアが不安そうにセレアの顔を覗き込む。アンズーもカウンターから身を乗り出していた。セレアは何度も魔法をかけ直していた。まるで事実を認められないように。セレアが考えたのち、口を開いた。
「落ち着いて聞いてよ……?ツカサ、あんた魔力が微塵もないわ……」
酒場の中を沈黙が包む。アンズーもアルシアも声が出ていなかった。ツカサには理解できなかった。魔力がないことがそんなに衝撃なのかと。
「あの……そんなにおかしいですか?」
ツカサの発言に、アンズーが驚いて口を動かす。
「お、おかしいってお前……虫だって少なかれ魔力あるんだぞ?」
アルシアがあまりの衝撃で椅子に手をついた。虫にも魔力があるのなら、この世界ではそんなに異常なことなのだろうか。
周囲の反応を見ているうちに、不安で胸がいっぱいになった。




