第10話 パンの救済
酒場は静寂に包まれていた。ツカサの手の甲に手を当てたまま固まるセレア。驚きで椅子に手を付いているアルシア。開いた口が塞がらないアンズー。
セレアを見て恥ずかしがっている空気ではなかった。周囲の反応からツカサの中に、なんとも言えない不安がよぎった。
「そんなに驚くことなんですか……?」
その発言でツカサに注目が集まる。常識知らずを見るような目。セレアが呼吸を整えて、落ち着いた声で話す。
「いい?どんな生物にも魔力は流れてるものなの。そんな魔力が無いなんて、ハッキリ言って異常よ?」
「ま、魔力がないと何か困ることがあるんですか……?」
セレアが呆れたような顔をしてカウンターに肘を付くと、グラスの水を1口飲んだ。
「困ることって……あんた、魔法が使えないじゃないのよ。大問題じゃない」
「なぁセレア……酒の飲みすぎで測り間違いってことはないのか?」
セレアは肘をついたまま、深刻な顔をして返事をする。
「何度も測り直したわよ……。だから理解できないのよ」
酒場の空気は最悪だった。ツカサ自身、どれほど大変な事なのかを理解してきた。尻が治ったらこの酒場を出ていかなくてはならない。魔力がなければ生きていくことができないのではないか。そんな不安が心を締め付ける。
「だ、大丈夫よツカサ……。何かあったら私が守るわ」
アルシアが動揺して震える手でツカサの背中を擦る。その言葉を聞いて、アンズーが困ったような顔をしていた。
「そうは言ってもなぁ……」
誰も声を出さなかった。なんと言えばいいのかわからなかった。その時、アルシアがツカサの手を取った。
「ツカサ、ちょっと散歩しましょ!」
「え、ちょっと……」
強引にツカサの手を取ると、勢いよく酒場の扉を開けて外に出た。突然動かされてツカサの尻が少し痛むが、あの沈黙から抜けられてホッとした。
大通りに出ると、酒場の沈黙が嘘のように賑やかだった。色々な格好の人が行き交い、ツカサの制服に違和感を持つものは少なかった。アルシアがツカサの手を引いている。
「ツカサ知ってた?フローリアは各国からの街道が集まっていてね、色んな人が通るのよ!」
「……そうなんだ」
アルシアが街を紹介してくれていた。けれどツカサの耳にその説明は、あまり入ってこなかった。ツカサは手を引かれるがまま街を歩いていく。アルシアは時々振り返りながらツカサの様子を伺っていた。
「私、このお店のパン美味しくて好きなのよね!」
アルシアがパン屋の前で足を止めた。焼きたてのようないい香りが漂っている。匂いに釣られて、ツカサのお腹が大きな音を立てて鳴り出した。
「ごめん、アルシア……」
ツカサがお腹を押さえて申し訳なさそうな顔をした。アルシアは優しく笑うと、十字の切り込みが入ったパンを買った。
「このパンね、少し塩が効いてて美味しいの。食べてみて」
「ありがとう……って熱!」
アルシアから渡されたパンは、焼きたてで持ってるだけで火傷しそうだった。あたふたするツカサを見て、アルシアが嬉しそうな顔をしていた。
「そんなにおかしい……?」
パンを頬張りながらアルシアの方を見る。なんでそんな顔をするのかツカサには理解できなかった。
「さっきまであんなに暗そうな顔してたから、ちょっと安心したわ」
パンを頬張りながら顔を覗き込んでくるアルシアに、ツカサは思わず顔を逸らした。
「パンが熱くて驚いただけだよ……」
ツカサはパンを急いで頬張る。熱々で口が火傷しそうだった。パンを食べていると、目の前の古びた店が目に入った。店先には古びた剣が何本も樽に入っていたり、奇妙な置物が並べられていた。ツカサはこの2日間で、簡単な文字の読み方を教わっていたから、看板の文字はかろうじて読むことができた。
「ル……セアル?アルシア、あのお店はなに?」
「あれはルシオルって中古屋よ。ツカサ気になるの?」
中古屋、その響きにツカサはわくわく感を覚えた。休日に中古屋に行けばツカサに会えるなんて噂が流れていたことを思い出した。
「アルシア、行ってみてもいい……?」
「もちろん、行きましょ!」
アルシアの顔が明るくなった。そそくさと足を進める。しばらく歩くと、後ろを振り返った。ツカサは尻の痛みで、まだ歩く速度が遅かった。
「ま、待ってアルシア……」
アルシアはツカサにペースを合わせながら、2人で中古屋ルシオルへ入店した。
店内を見渡すと、色々な物が目に入った。謎のポーションや明らかにガラクタのようなものがゴロゴロ転がっていて、物置と見間違うほど散らかっていた。ツカサはわくわくしながら店内を回った。アルシアはそんな様子を見て少し嬉しそうだった。
ツカサがガラクタの山を片っ端から漁っていると、奥の棚の上でカチャカチャと音がした。ツカサが顔を上げると、ロープでぐるぐる巻きにされた植木鉢から大根の葉っぱのようなものが生えていた。




