第7話 警戒対象
カウンターの向こうには、セットされたオールバックにダボついた黒ズボンを履いている男がいた。その名はアンズー。上半身には黄金のタトゥーが刻まれていた。
「ーーアルシアちゃん、その男はもしかして……ボーイフレンドか?」
アンズーがツカサについて触れると、アルシアが頬を膨らませてアンズーを睨む。柄の悪い人との関わりがなかったツカサは、アンズーのその外見に少し身構える。
「ちょっとアンズーさん!ちゃん付けは止めてって言ったばかりでしょ!あと、ツカサはボーイフレンドじゃありません!」
アンズーはカウンターから少し身を乗り出すと、ツカサとアルシアをまじまじと見る。
「その距離感でボーイフレンドじゃねぇのか……?」
「違います!ツカサはお尻を怪我してるの!」
アルシアとアンズーの視線がツカサに集まる。謎のプレッシャーに当てられたツカサは緊張が高まって、言葉が上手くでなかった。
「あ、小崎 司って言います……。怪我して1人じゃ歩けないので、アルシアに肩を貸して貰ってます」
小崎 司という聞き慣れない名前に、アンズーが不思議そうに聞き返す。
「オザキ・ツカサ……変わった名前してるな。出身はどこなんだ?」
「あ、えっと……」
ツカサが話し出そうとした時、アルシアが被せるように口を開いた。
「ツカサはニホンって所から来たのよね?」
アンズーの鋭い視線を前に、ツカサは黙って頷くことしかできなかった。そんなツカサの様子を見たアンズーが、歯を見せて笑いかけた。
「ツカサ、緊張してんのか?俺はそんな怖い男じゃないぜ」
ツカサが小さく頷いた。アンズーは軽く身体を伸ばすと、アルシアにここに来た理由を尋ねる。
アルシアはツカサを発見してからカレオトキシンに襲われたことを手短に話した。話を聞き終えたアンズーは、腕を組んで考え込む。
「カレオトキシンとか言うリザードマン……別の世界……」
アンズーが話を整理するために独り言を言っている。酒場に沈黙が続いている。ふと、アルシアがカウンターに溜まったホコリに目を向けた。
「アンズーさん、もしかして掃除してない……?」
アルシアの言葉を聞いた途端、考え込んでいたアンズーの顔が焦り出す。その顔を見たアルシアは、また頬を膨らませた。
「アンズーさん!酒場なんだから、しっかりと掃除しないとダメでしょ!目でわかるくらいホコリが溜まってるじゃない!」
「そんなカリカリすんなって。アルシアちゃんのかわいい顔が台無しだぜ?」
掃除をしていなかったこと、そしてちゃん付けをされたことにアルシアは腹を立てていた。アルシアがツカサをソファ席に座らせた。年期のある固いソファだった。
「アルシア、ありがとう」
アルシアがツカサに対して、軽く頷く。そして、アンズーの方へ視線を移した。
「だからアンズーさん、しばらくの間ここに泊めてくれない?」
アンズーは目をつむって軽く鼻息をすると、軽い調子で笑った。
「アルシアちゃんに言われちゃあ仕方ねぇな……」
アンズーがため息交じりに頷いた。ツカサはすごく申し訳なさそうに肩を縮める。アンズーがツカサの方を見る。
「で、お前着替えとかどうすんだ?今お前が着てるのって、俺がアルシアに預けたもんだろ?俺の服はお前にはデカすぎるんじゃねぇか?」
アンズーの言う通り、その服はツカサには大きすぎた。ツカサが考えていると、アルシアが声を出した。
「あ、ここにしばらく泊まるなら着替えとか持ってこないとだわ。ツカサ、荷物取ってくるからアンズーさんと待っててくれる?」
アルシアの言葉に、アンズーの眉が動いた。
「アルシアちゃん、まさか1人で取りに行くのか……?さっき襲われたばかりなのに?」
アンズーが腕を組み、心配そうな顔をしてアルシアを見ていた。
「ツカサの荷物と私の着替えを少し持ってくるだけだから大丈夫よ。急いで戻ってくるから」
「少し待っても戻ってこなかったら、迎えに行くからな」
アンズーの注意に、アルシアは軽く頷いて扉を開いた。アルシアの背中が見えなくなるまで、アンズーは笑顔で手を振っていた。
ーーバタンと重い扉が閉まる。しばらくの間アンズーは、その扉を見つめていた。アルシアが居なくなった酒場は、沈黙に包まれた。緊張して身を構えるツカサ。カウンターに肘をついてツカサの方を見るアンズーの顔に、さっきまでの笑顔はなかった。この重い空気の中、口を開いたのはアンズーだった。
「あー……ツカサだったか?お前」
アンズーが話しかけた。突然のことで、ツカサが肩をびくつかせる。
「は、はい……」
ツカサの視線は落ち着きなく泳いでいた。アンズーはツカサから視線をそらさない。それがツカサを緊張させている。
「アルシアはすげぇいい子だ。几帳面と言うか世話焼きと言うか……」
アンズーが独り言のように話し出した。だが視線はツカサに張り付いている。
「そ、そうですね。アルシアはいい人です……」
会話が続かない。ツカサはこの空気に圧倒されてマトモに話すことができない。声が震えていた。緊張で動悸が激しくなる。ツカサは鼓動で身体が揺れている気がした。アンズーの一挙一動に肩を震わせている。
「アルシアはいい子ちゃんだからよ、困ってるやつを見るとすぐに助けにいっちまう」
アンズーの視線がツカサに突き刺さる。鋭利な刃物を向けられているような、まさに蛇に睨まれた蛙。
「オザキ・ツカサ、お前は何者なんだ?」




