第5話 勝利?と撤退
必死の抵抗だった。とにかく、目に入るものを片っ端から投げていた。ツカサの投げた『暴虐ハバネロ』の赤い粉が舞い上がる。赤い粉がカレオトキシンの目玉に付着、激しい痛みがカレオトキシンを襲う。
「目ぇ!目ぇ!ァァァア!ワレのォォォオ!ワレの目が焼けるぅぅぅァァァア!?ウジウジウジウジウジウジウジウジガァァァア!?!?」
あまりの激痛に驚いたカレオトキシンは、舌を鞭のように暴れさせる。その勢いでツカサは壁に叩き付けられる。床や壁はヘコませ、椅子や机を叩き割る。
「あああああああああ!?!?」
ツカサは尻に強い衝撃が加わり、激痛に悶える。悶える度に尻が痛み、目からは大粒の涙が溢れていた。
「なんでなんでなんで!なんでこんな目に遭うんだよぉぉお!」
ツカサの心からの叫び。その声に答えるものはいなかった。カレオトキシンが目玉を押さえ、ツカサを睨み付ける。
「このウジがァァァァア!?ワレに対しよくもここまで残酷なことをしてくれましたぁね!?」
カレオトキシンの舌が勢いよく伸び、鞭のようにしてツカサの腹を叩く。
「ーーあっ…がはっ……」
突然の衝撃にツカサは思わず胃の中のものを吐き出す。胃液の通過した喉がヒリヒリと痛む。涙を流し気絶寸前だった。痛みが少し落ち着いたのか、カレオトキシンがゆっくりと呼吸を整えながら、ツカサに接近する。カレオトキシンの目玉はぐちょぐちょと音を立てて再生していた。
「いったいなんなのでぇすか、この粉。こんな痛みは初め…ゲホッ……ゲホゲホッ…」
カレオトキシンの目玉が赤く充血し、どんどん涙が溢れだす。咳が酷くなって喉を押さえている。呼吸が困難になり、顔の色が変色し続けている。再生能力で目玉の充血は治るも、目蓋に付着した粉が何度も目玉を刺激する。度重なる激痛で、叫ぶ体力も残されていないツカサの意識は、だんだんと薄れていく。
「ウジどもがァァァア!こ、このワレにぃぃい!」
戦闘続行は困難と判断したのか、カレオトキシンは壁に手を付き、舌を引きずりながら出口へ向かう。空気中に舞う赤い粉を吸い込んだカレオトキシンは、呼吸困難と咳に襲われていた。カレオトキシンがこの場から去る頃には既に、ツカサの意識はなかった。
* * * *
カレオトキシン・ヨルセニコプの襲撃から少し経過して、倒れていたアルシアが目を覚ました。宙を舞っていた粉の大半は風で飛ばされていった。身体中が痛み、カレオトキシンの粘液がカピカピに乾いていた。
「痛……って、なにこの匂い。鼻がツンとする……」
アルシアが目覚めると、ボコボコの壁や床、壊された家具、そして倒れたツカサが視界に入った。アルシアは急いでツカサのもとへ駆け寄る。
「ツカサ大丈夫!?」
アルシアはツカサの身体を必死に揺さぶる。ツカサの瞼は動くが、目を開かない。瞼の動きで、生きていることを確認したアルシアは安堵の息を漏らす。
「……うっ」
身体の痛みを感じながら、ツカサは目を覚ました。そこには、心配そうに見つめるアルシアの姿があった。ツカサは倒れながら辺りを見渡す。
「ーーカメレ、カレオトキシンは?」
「ーー安心して。少なくとも、私が起きたときにはいなかったわよ」
カレオトキシンが去ったことに、ツカサは胸を撫で下ろす。だが、全身を襲う痛みと破壊された室内は、これが夢でないことを突き付けていた。
「ーーアルシア……1つ聞いてもいい?」
「い、いいわよ?」
ツカサの妙に深刻な眼差しに、アルシアは少し困惑した表情を浮かべる。崩壊した室内に、赤い粉と木屑が宙を舞う。
「ここはいったい……どこなの?」
「ーーここは私の家よ?壊されちゃったけど……」
壊された家を眺めて、アルシアが少し悲しそうな顔をした。
「そうじゃなくて……ここは日本なの?」
アルシアは困惑した顔でツカサを覗き込む。そんなアルシアの様子を見て、ツカサには1つの疑問が浮かんだ。
「えっと……ニホンって場所じゃないの。ここはフローリア王国よ」
ツカサはフローリア王国なんて聞いたこともなかった。ツカサには嫌な予感がした。フローリア王国と、聞いたこともない王国。カレオトキシンと言う現実にはあり得ないカメレオンの怪物。この状況は、友人の話していた『異世界』そのものだ。信じたくはないが、ここまでの条件が揃うと信じざるを得ない。
「ツカサ大丈夫?」
アルシアが心配でツカサに声をかける。しかし、ツカサはこの奇妙な状況を認識しようと頭がいっぱいだった。なぜ言葉が通じるのか。スマホは使えるのか。なぜこんなところに来てしまったのか。原因を考えると、アイツの名前が浮かんできた。
「ーースカルトロール……」
ツカサの呟きに、アルシアが不思議な顔をする。
「その、すかるとろーる?ってなんなのよ。あのリザードマンも言っていたけど……」
ツカサは一瞬言葉に詰まった。どこから話すべきなのか分からなかった。日本のこと、トイレで襲われたこと、気が付いたら知らない世界にいたこと。
「俺は日本から来たんだ……」
「ツカサ、そのニホンは国なの?それとも町とか村?」
頭で話すことを整理しても、うまく話せないのが人間と言うものである。ただでさえ理解できない状況にあるツカサは余計話せなかった。
ツカサは頭を巡らせる。
「日本は国なんだけど、こっちにはないと言うか……」
アルシアの表情が余計に困惑している。ツカサ本人も自分がなにを話しているのか、どこに話を着陸させるのか分からなくなっていた。
「ツカサ、一回落ち着きましょう?話がごちゃごちゃになってるわ」
「う、うん……」
ツカサは倒れながら、深呼吸をする。アルシアも突然の出来事に混乱していたが、目の前で困ってるツカサを見ると、放っては置けなかった。
「まず、この世界と俺のいた世界とは違くて……。俺は別の世界から来たってことだと思う……」
アルシアはツカサが焦らないように、口を挟まなかった。ツカサは言葉を整理しながら、話を続ける。
「トイレで変なやつ、スカルトロールに襲われた。それで、目が覚めたらアルシアがいたんだ……」
ツカサが一通り話し終える。アルシアは理解できないながらも理解しようとしていた。
「ツカサ、私も聞きたいことは沢山あるの。だけど、ここは危ないから移動しない?」
アルシアが移動を提案する。尻の痛みが残るツカサは、動きたくないと思っていた。だが、この荒れた家にずっと居るわけにもいかなかった。アルシアが立ち上がると、倒れ込むツカサに手を差しのべる。
「ツカサ立てる?肩貸すわよ?」
ツカサが差しのべられた手を取るように見上げる。突然吹いたそよ風が、アルシアの肩まで伸びた金色の髪を撫でる。暖かな光がアルシアを照らしていた。ほんの少しだけ、張り詰めていたツカサの緊張が緩んだ気がした。




