第4話 奇跡の赤い粉
ーーシュッ
アルシアの手から放たれた風の刃がカレオトキシンの顔面を襲う。驚いたカレオトキシンは、思わず舌を引き戻す。
「ーー別世界とかよく分からないけど、怪我人を攻撃するなんて許せないわ!」
舌から解放されたツカサは、そのまま地面に落とされる。尻の激痛から、その場に倒れ込む。丁度置いてあった学生カバンが頭を守った。
カレオトキシンが顔を押さえる。ギョロギョロとした目玉でアルシアを睨み付ける。
「お嬢さぁん……ワレの邪魔をするのでぇすかぁ……?やはり、頭にウジが沸いているようでぇすねぇっ!」
長く伸びた粘液まみれの舌が、アルシアを囲うような動きをする。腰を低くして、カレオトキシンの出方を伺うアルシア。ダラダラと舌から垂れ落ちる粘液が、木の床を汚している。
「アナタがこのワレにぃ……敵うとデモ思っているのでぇすかぁ?」
「や、やってみないと分からないでしょ!」
震える身体で立ち向かうアルシア。そんなアルシアとは対照的に、怯えて頭を押さえるツカサ。涙を溢すその瞳は、恐怖と混乱に満ちていた。いつも通りだった。あのトイレに入るまではただの帰り道だったはずだった。今すぐにこの場を離れたいのに、尻が痛くて動くことができない。
「ーーなんで…なんでこんなことに…」
か細く弱音を吐くツカサ。その声は誰にも届かない。粘液が飛び散り、刃が飛び交う。ツカサにはこの状況が理解できなかった。
「ただ構えるだぁけじゃ意味はないんでぇすよ!」
カレオトキシンの舌がアルシアへ接近。それに反応して間一髪で躱すアルシア。透明な粘液がアルシアの身体に付着する。アルシアは思うように身体が動かない。
「なにこれ、気持ち悪……」
アルシアが粘液に気を取られた。その隙をカレオトキシンは見逃さない。粘液にまみれた舌がアルシアに巻き付く。風の刃を連発して抵抗するも、それは壁や床に傷跡を残すだけだった。
「アナタ……これ以上抵抗するのなぁら、命は無いと思った方がいいでぇすよぉ?」
カレオトキシンの舌の中で、必死に身体を動かして抜け出そうとする。動けば動くほど締め付けが強くなり、アルシアを苦しめる。カレオトキシンが、苦しむアルシアを面倒くさそうな目で見上げる。
「ワレだってねぇ、来たくて来てるわけじゃあないんでぇすよ……。こんな失態を晒すなぁんて、あのチビの頭にはウジが沸いてるんじゃぁないでぇすかねぇ」
アルシアが石造りの暖炉へ投げつけられる。鈍い声を上げたアルシアは、粘液に押し潰されるように倒れ込む。アルシアが動かないことを確認したカレオトキシンは、怯えるツカサへ視線を移す。
「ーーアナタ、何をやっているのでぇすかぁ?」
ツカサは答えない。ツカサの耳にはなにも入ってこなかった。ツカサはただ怯えている。ツカサが聞いているのは、自分の心の声だけだった。自分をつねり、夢でないことをなんども確認した頬は、真っ赤に腫れていた。
ツカサが混乱で、自分のカバンを漁り始める。しかし、その中にあるのは筆箱やスマホに財布。そしてさっきまで食べていた『暴虐ハバネロ』の残り。
怯えるツカサの顔を影が覆う。カレオトキシンが腕を後ろに組みながら、惨めに横になるツカサを見下ろす。ツカサは背後の殺気に気が付いた。恐怖が限界を迎えたのか、身体の震えが止まった。
「えっ……あぁ……」
ツカサは恐怖のあまり情けない声を漏らす。そんなツカサを見ても、カレオトキシンは動じること無く、舌を伸ばす。ツカサは逃れようと、ほふく前進で逃げようとする。進む振動で尻が痛み、呻き声をあげた。
「惨めだねぇ、情けないねぇ。あのお嬢さぁんの方がよ~っぽど勇敢だよねぇ?」
ツカサは進んだ。必死に進んだが、目の前は壁だった。後ろからはカレオトキシンが舌を伸ばして迫ってくる。ツカサは泣きベソをかきながら壁に向かって進む。
その時、肘がカバンにぶつかる。中身がツカサの目の前に散乱する。筆箱、スマホ、財布、スナック菓子、教科書。ツカサは呼吸が荒くなりながら筆箱を漁る。ツカサの足に生暖かなものが垂れる。カレオトキシン舌がすぐそこまで伸びてきている。
「あああああああああああああ!!!」
ツカサは叫ぶ。ツカサが筆箱から取り出したハサミをカレオトキシンへ向ける。その顔は恐怖に満ちていた。口は引きつり、涙が溢れる。手が震え、呼吸が荒くなる。
「そぉんな刃物で、ワレを倒すおつもりでぇすか?」
カレオトキシンが舌を伸ばし、ツカサの腹に巻き付く。ツカサは手に持ったハサミで舌を突き刺す。しかし、粘液に阻まれて刺すことができない。意味がないと分かりながらも何度も何度も刺す。
呆れた顔をしたカレオトキシンは、舌でハサミの刃先を粉々にする。ツカサの目は絶望に塗り潰される。ハサミの持ち手をカレオトキシン目掛けて投げるも、それは容易く避けられる。
「ああ!ああああああああああああああああああ!」
ツカサはとにかく、地面に落ちているものを投げ続けた。地面に散らばったものを見境なく投げつけるが、カレオトキシンは避けなかった。ただ目の前の男を見下ろしていた。カレオトキシンは呆れて、ツカサをさらに絞め付ける。
「もう諦めてくださぁいよ……」
ツカサの背骨をへし折ろうと、舌に力を込めようとしたその時、赤い粉が舞い上がった。
「目ぇ!目ぇ!ァァァア!ワレのォォォオ!ワレの目が焼けるぅぅぅァァァア!?ウジウジウジウジウジウジウジウジガァァァア!?!?」
ツカサは強い衝撃と共に壁に投げつけられた。カレオトキシンとツカサは、それぞれの痛みで悶絶していた。




