第3話 尻拭い
ねちょねちょとした足音を鳴らし、2人に人影が近付いていく。張り詰めた空気で部屋中が満たされる。舞い上がった木屑とホコリが晴れ、その輪郭が露わになると、ツカサは絶句した。
ギョロギョロと落ち着きのない目玉。頭上に大きく尖った突起が目立つ。口からは透明な粘液が糸を引くように垂れている。その見た目はまるで……
「ーーカ、カメレオン……?」
ツカサはあまりの衝撃に声を漏らした。そのカメレオン男は、ボロボロで裾や袖が破れている、漆黒のロングコートやズボンを身に付けている。その指先は吸盤になっていた。
「ちょっと……なんなの……」
アルシアが恐怖で後退りをする。その顔は引きつっていた。そいつは1通り部屋を見回すと、ツカサの姿を捉え、ニヤリと口角を歪める。左右の目玉は別々に動き、一方はツカサ、もう一方はアルシアを見据えていた。
「すぃませんねぇ……突然押しかけちゃっテェ。自己紹介が遅れましたぁ。ワレ、カレオトキシン・ヨルセニコプと申しまぁス」
カレオトキシンは、渦を巻くような尻尾を、ベシベシと床に叩き付けながら、ツカサのいるベッドへ足を進める。目の前の状況に頭の整理が追い付かないツカサは、ただ近寄るカレオトキシンと視線を合わせることしかできなかった。
「あ、あなたなんなの……?」
アルシアが震えた声を上げる。カレオトキシンの歩みが止まった。そして、身体をうねらせてアルシアの目の前へ顔を運ぶ。
「お嬢さぁん?ワレの名前はカレオトキシン・ヨルセニコプですよぉ?お嬢さぁん……頭にウジがたまっているのではぁ?」
「ウジって、なに言ってるのかわからないわ……」
アルシアが恐怖と困惑で声を漏らす。ツカサは、この場の誰よりも恐怖し、怯えていた。突然破壊された扉、二足歩行で人の言葉を話すカメレオン。ツカサの常識では計れない光景だった。
「ワレは、お嬢さぁんに興味はありませぇん。今日はぁ、そこぉのアナタに用があってきましたぁ」
ツカサに背を向けているカレオトキシンの左の目玉が回転し、ツカサの顔を凝視する。ツカサはあまりの気味悪さから、反射的に目を逸らした。
「ソコのベェッドで縮こまっているアナタ……なぁに目をそらしているのでぇすかぁ?人と話すときには、しっかりと目を見てお話しなさぁいと教わっていなぁいのでぇすか?」
ツカサはひたすら怯えていた。この理解不明な状況に対してなす統べもなく、布団に縮こまり身体を震わせていた。
「ーーどうしまぁした?ワレが話しかぁけているのですかぁら、お答えいただいてもぉ?」
カレオトキシンが小刻みに震える布団から返事を待っている。しかし、返事が帰ってくることはなかった。布団の中のツカサは、体育座りで身を縮めていた。恐怖で染まる目に涙を浮かべ、自分がなぜこんな目に合っているのか理解できなかった。
「ーーアナタ、もしや口腔内にウジが溜まっていらっしゃるのでぇすか……?もしも口腔内にウジが溜まっているのであぁれば害虫駆除をしなくてはでぇすねぇ。」
返事をしない布団の塊に、ねちょねちょと足音を立てながら近付いていく。足の吸盤が歩く度に吸着と脱着を繰り返している。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
涙目のアルシアが声を振り絞ってカレオトキシンを引き留めた。足がガクガク震え、産まれたばかりの子鹿のようだった。緊張からか、唇を強く噛んでいる。
「あ、あなたなんなのよ!そもそもツカサになんの用があるのよ!」
アルシアの言葉が部屋中に響き渡る。数秒の沈黙が続く。カレオトキシンの目はギョっとしてアルシアを見つめる。しばらくして、カレオトキシンは意味を理解したのか、粘液まみれの口を開く。
「オヤオヤ、お嬢さぁんは状況を理解していなぁいのでぇすか。それは悪いことをしまぁしたねぇ」
カレオトキシンは口から垂れる粘液を音を立てて吸い、尻尾を巻いたり伸ばしたりしながら話を初めた。
「この男性、確かツカサ……とか言いましたぁっけ。この人、実はこの世界の人間じゃあなぁいんですよぉ」
「ーーこの世界の人間じゃない……?それってどう言うことよ」
カレオトキシンは、少し気だるそうに窓の外を眺める。窓には、生い茂る木々が日の光に照らされて輝いていた。
「あのチビ、スカルトロールのヤツがヘマをしたせぇいで……このワレがその尻拭いに来たんでぇす。そう、ワレの時間を割いてまでぇ……」
カレオトキシンが長々と話している間、ツカサは耳を塞いでいた。ただただ恐ろしい状況から目を背けたかった。すると、ツカサの視界が突然晴れ、首元に生暖かい感触が襲う。ツカサの首が物凄力で絞め上げられる。
「ア゛ア゛ーーッ! ダ、ダズゲェェェエ!?」
声にならない声を上げるツカサ。カレオトキシンの舌がツカサの首を絞めている。
首を絞められ、思うように声がでない。必死にもがこうと足をバタつかせるも、尻の激痛がツカサを襲う。首に巻き付く舌をほどこうと手を動かすも、粘液まみれの舌はヌルヌルで、掴むことができない。ツカサの顔色が青くなり、白目を向きはじめる。酸欠で意識が朦朧としたその時、
ーービュッ!
アルシアの手から放たれた風の刃がカレオトキシンの目玉を攻撃する。驚いたカレオトキシンは勢いよく舌を戻す。ツカサはそのまま地面に落とされる。
「イダイイダイイダイッ!」
衝撃で尻に激痛が響く、あまりの痛みにその場で倒れ込む。丁度、地面にツカサの学生カバンが置いてあったため、枕代わりになっていた。
アルシアが震える足を押さえながらカレオトキシンを睨み付ける。
「ーー別世界とかよく分からないけど、怪我人を攻撃するなんて許せないわ!」




