第2話 羞恥の目覚め
吸い込まれそうな緑色の瞳でツカサを見る少女は、心配と安堵の表情をしていた。木製の窓枠から射し込む暖かな光が、彼女の肩まで伸びる金髪を輝かせている。
「ーーよかった、目を覚ましたのね」
金髪の少女はホッと胸を撫で下ろすと、ベッドの横に置いてあった木製の小さな椅子に座り込む。
「治癒魔法で傷口は塞いだけど、まだ痛みはあるから安静にしてね」
(治癒魔法……?なにを言っているんだ……?)
ぼんやりと話を聞いていたツカサは、横になりながらその少女へ視線を移す。ツカサの頭は混乱していた。目を覚ませば見知らぬ天井に、見覚えのない少女。
(俺は確かアイツと帰っていて、それからトイレに入って……)
ツカサは、あのダンディな声を思い出す。同時に、尻の激痛が蘇る。あの時感じた恐怖を鮮明に思い出した。突然の吐き気を催し、目に涙が浮かんで口を咄嗟に押さえる。
「ちょっと大丈夫!?吐きそうなの!?」
その少女は、石造りの暖炉の横から木製の桶を持ってきて、ツカサに手渡す。ツカサは、なんとか吐くまいと、涙ながらにそれを飲み込む。呼吸は乱れ、肩で息をしていた。
「お、俺の尻は……」
ツカサが恐る恐る尻に手を伸ばした。痛みはあるが傷がなかった。
「さっきも言ったけど、お尻の傷口は魔法で塞いだって言ったでしょ?」
少女は優しくツカサの背中を擦る。ツカサは数回呼吸を繰り返し、ようやく声を絞り出した。
「た、助けてくれてありがとうございます。えっと……」
ツカサは呼吸をして少し落ち着くと、その少女の顔を見上げる。
「私はアルシア。酷い状態で倒れていたけど、何があったのよ」
ツカサと歳の変わらないであろう金髪の少女アルシアは、白いブラウスに茶色のベストを羽織っていた。膝くらいの長さの茶色のスカートから見える足には、ロングブーツを履いている。
ツカサは、下校中に公園のトイレに入ったこと、そこでスカルトロールと名乗る者に襲われたことをアルシアに話した。アルシアは不思議そうな顔でツカサの話を聞いていた。
「スカルトロールとか……コウエン?とかは私、よく知らないけど大変だったのね」
思い出しただけでも恐ろしいことを口にしたツカサは、布団を力強く掴む。怖がるツカサを落ち着かせようと、アルシアはそっと背中に手を添える。
「ーー大丈夫、大丈夫よ。そのスカルトロール?はここにいないわ」
アルシアは怯えるツカサを落ち着かせるように優しく微笑むと、思い出したように口を開く。
「……そういえばまだ、名前を聞いていなかったわね。あなたの名前を教えてくれる?」
ツカサはゴクリと唾を飲む。恐怖で少し震える声を絞りながら、名乗る。
「ーー小崎 司です」
アルシアは聞き慣れない名前を確かめるように、小さく繰り返し呼んでいた。
「オザキ ツカサ……変わった名前ね。なんて呼べばいい?」
「ーーツカサでいいです」
ツカサは少し呼吸が落ち着くと、周囲を見渡してみる。石造りの暖炉、木製の長テーブルにはお洒落な燭台が置いてある。アルシアの服装も、どこか現実味を感じさせなかった。
「それにツカサ、あなたいったいどこから来たの?あなたの着ていた服、私初めて見たわよ」
ツカサは、アルシアの後ろに目を向けた。部屋の隅には洗われた学生服と見慣れた下着が干されている。
(ーーなんで俺の服が干してあるんだ……?)
それを見て焦ったように自分の身体に視線を落とすと、少し大きめの黒い羽織りものを着ていた。
「ツカサの服、凄く血塗れだったから洗っておいたわよ。代わりに、私の知り合いの服を着せておいたけど、サイズ大丈夫かしら」
ツカサは気を失っていて、尚且つ瀕死の状態だった。そんな状況で着替えなどできるわけがなかった。
ツカサはアルシアの顔を見ると、徐々に顔が赤くなった。恥ずかしさのあまり、思わず目を背けてしまった。
「ーーえっとアルシアさん。その、大丈夫だったんです?色々と……」
ツカサは布団で顔を隠しながらも、聞いてしまう。糞と血を垂れ流していた自分を見て大丈夫なのか確認したかった。アルシアは不思議そうに首を傾げ、少し考える。沈黙の後、理解したようにツカサの質問に答えた。
「私ね、子供の頃に馬小屋掃除とかやってたの。できれば二度とやりたくないけど……」
ツカサは恥ずかしさで身体中が火照っていた。高校生にもなってあんなことをされた。想像しただけで、恥ずかしくて爆発しそうだった。
「それとツカサ。さっきから敬語とかさん付けで話してるけど、私のことはアルシアでいいわよ。敬語も要らないわ」
ーーバゴンッ!
ツカサが布団で顔を隠していると、何かが破壊されるような物音が部屋中に響いた。ツカサは驚いて布団から顔を出す。アルシアも音のした方へ視線を移す。
木製の扉が吹き飛ばされ、光が入り込んでいる。そこに扉があったであろう場所からは、宙を舞う木屑とホコリが光を反射して見える。その光の中から、謎の人影が姿を表した。ねちょねちょとした足音が部屋中に響く。暖かかった部屋の空気が、一気に張り詰める。
「おやぁ?ワレ、お二人さんラブラブ・スィーンを邪魔をしてしまった感じカネ?こんな真っ昼間からお盛んなのはよろしくないねぇ?」
ギョロギョロと不規則に動く二つの瞳が、2人の姿を捉えた。




