番外編 アルシアの1日前編
この話は本編8話と9話の間の話です。
「よしツカサ、ここがお前の使う部屋だ」
アンズーはなんとか明るさを取り繕って、ツカサに酒場を案内していた。さっきまで険悪な空気だったからか、アンズーもツカサも少し気まずかった。
「2人とも本当に何もなかったのよね?」
そんなことを知らないアルシアはツカサの肩を持ちながら階段を登っていた。階段のような段差はツカサの尻にはまだキツかったのか、歩く度に顔をしかめる。
その部屋は飾り気のない質素な部屋だった。机に椅子、ベッドにクローゼット。どれも古びていてホコリが溜まっていた。
「アンズーさん……掃除してないでしょ」
アルシアの一言にアンズーが図星を付かれて苦笑いを浮かべる。アルシアはアンズーを睨み上げていた。
「あーそうだお前ら風呂入れよ。なんか臭うぜ?」
ツカサもアルシアも、カレオトキシンの粘液を浴びてから風呂に入っていなかった。アルシアが自分の腕を鼻に近付けた。
「そうかしら?」
アンズーは獣のように鼻を動かして2人の臭いを嗅ぐと、顔をしかめた。
「なんか生臭せぇぞ……」
アルシアが不服そうな顔をしてアンズーの顔を見上げた。
「そんなに言うならお風呂入るわよ……」
アンズーは口角を上げて笑うと、アルシアに変わってツカサの身体を支えた。アルシアは持ってきた着替えを持って通路の奥に歩いていった。
「アルシアが歩いて行った先に風呂と便所がある」
アンズーはアルシアの歩いていった方を指差した。便所と聞いてツカサは少し身震いした。
「ツカサ……まさかお前、風呂を覗こうなんて考えてないだろうな?」
その言葉にツカサは耳を赤くしてアンズーの顔を見上げた。
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
アンズーは笑いながらツカサと階段を降りた。気まずさを軽くするための冗談なのか、本気で心配していたのか。それでもアンズーとの気まずさは少し解消された。
「それじゃあ俺たちはお勉強の時間だ」
アンズーが優しくツカサを席に座らせると、三枚の硬貨をカウンターに滑らせた。アンズーはそれぞれの硬貨を指差して説明した。
「右から銅貨、銀貨、金貨だ。左にいくほど価値が高い。ここまではわかったか?」
さらにツカサは、銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚と言うことも教えて貰った。日本のお金よりもシンプルで、ツカサは安心した。そんな話をしていると、アルシアが階段から降りてきた。肩まで伸びる金髪の髪を茶色い布で拭いていた。
「ツカサ、1人でお風呂入れる?」
「ひ、1人で入れるから……」
ツカサが耳を赤くして視線をそらした。アンズーがからかうようにツカサを見下ろしている。ツカサは勢いで立ち上がると、尻の痛みに顔をしかめた。
「ほら、やっぱり私が付いてーー」
「大丈夫、大丈夫だから!」
ツカサは痛みを羞恥心で押さえ、音を立てて階段を上がっていった。その背中をアルシアは心配そうに見ていた。
「アルシアちゃん……あんま男のプライドを傷付けるもんじゃないぜ?」
アンズーが困ったような態度でカウンターに肘を付いた。
* * * * *
ツカサは浴室に入ると、羞恥心が和らいで蓄積した尻の痛みに襲われる。地面に手を付くと、ツルツルとした冷たい石の感覚があった。顔を上げると、木製の仕切りの奥から湯気が立ち上っていた。
「これ、見たことある……」
風呂場には木製の小さな桶と鉄釜の浴槽があった。石で囲われた炉には横から薪がくべられて火が灯っていた。尻に気を付けながらツカサはゆっくりと服を脱いだ。脱いだ服をその場に畳んで、仕切りをくぐった。
「シャンプーとかあるのかな……」
ツカサが周囲を確認すると、学校などでよくみる四角い灰色がかった石鹸が置いてあった。ツカサはそれを手にとって見つめた。
「これで洗うってこと?どうやって」
考えても洗い方は1つしか思い付かなかった。ツカサは石鹸を擦って尻に気を配りながら身体を洗い、浴槽の前に立った。足の先からゆっくりと湯に入ろうとした時、浴室の扉が開かれた。
「ツカサ、着替えここに置いとくわよ」
アルシアの声に驚いてツカサはそのまま湯に落ちた。その音を聞いたアルシアが仕切りから身を乗り出した。
「ツカサ大丈夫!?」
「大丈夫、本当に大丈夫だから!」
ツカサは湯の中で身体を丸めていた。尻に湯が染みて今にも叫びたかった。
* * * * *
「お、サッパリしたじゃねぇか」
アルシアに洗濯して貰った制服に身を包み、ツカサは階段を降りていった。心なしか尻の痛みが和らいだ気がした。
「あ、そう言えばツカサの着替えどうしましょ」
アルシアの言葉を聞いたアンズーがツカサをじっくりと見つめた。
「俺の服は大きすぎるしなぁ」
「俺はこの服を着回すので気にしなくても……」
ツカサはそのままカウンター席に腰かけた。アンズーが考えていると、アルシアが立ち上がった。
「私が服を買ってくるわ」
アンズーとツカサが目を丸くしてアルシアを見た。アンズーが困ったように口を開いた。
「さっきも言ったけどよ、アルシアちゃんはさっき襲われたんだぜ?」
アンズーの言葉にツカサも頷いた。アルシアは首をかしげてアンズーへ視線を移した。
「さっき荷物を取りに行っても大丈夫だったわよ?」
心配そうなアンズーを説得するかのようにアルシアは話し続ける。
「それに、街中で堂々と襲ってくるとは思えないわよ?」
「そうは言ってもなぁ……」
アンズーの制止も聞かず、アルシアは酒場の扉に手を掛けて振り向いた。
「すぐそこだから大丈夫!」
アルシアは店を飛び出していった。アンズーはなにか言いかけたが、口を閉じた。
「……街の中なら、まあ大丈夫か」




