第19話 ツカサ争奪戦
酒場の中にはねちょねちょと気色悪い音が響き渡る。その姿を見るなり、アンズーの拳が握られていく。カレオトキシンはギョロギョロと動くその目玉でツカサを捉えた。
「ツカサ君、あの時はよぉくもやってくれまぁしたねぇ……?」
カレオトキシンが一歩踏み出した瞬間、アンズーがツカサを守るように前に出る。カレオトキシンは足を止めて片方の目でアンズーを捉えた。
「なぁんのおつもりでぇすかぁ……?」
「カレオトキシンとか言ったな、お前はアルシアを覚えているか?」
セリアスは座ったまま、じっと様子をうかがっていた。カレオトキシンは挑発するような態度で首をかしげ、粘液まみれの口を開いた。
「そぉんな方は存じ上げませぇん」
その返答にアンズーは鼻で笑った。その笑いは純粋な笑いではなかった。カレオトキシンは自分の口もとの粘液を下でなめとる。
「そうかい。で、お前がここに来た理由は?」
アンズーが低い声でカレオトキシンを問い詰める。アンズーの威圧が効いていないのか、カレオトキシンは態度を変えない。
「ワレはスカルトロールの尻拭いでぇ、ツカサ君を迎えに来たんでぇす」
その名前に反応して、セリアスの死にかけの目が少し動いた。レフトとライトは腰を抜かして見ることしかできなかった。
「それとアナタ、先ほどからお前お前と呼んでくれていまぁすが、ワレの名前はカレオトキシン・ヨルセニコプでぇすよ?名前を理解できなぁいとは、アナタの頭にウジが溜まっているのではぁ?」
カレオトキシンが話し終わる瞬間、舌を伸ばしてツカサを襲う。アンズーが反応した時には、既にツカサの目の前に舌があった。ツカサが目をつむって身構えた。
「ウゲェェェェェエッ!?!?」
ツカサが恐る恐る目を開けると、カレオトキシンの舌が打ち上げられた魚のようにべちべちと血を撒き散らしながら跳ねていた。慣れてきた酒場が血に染まっていく。
「……話せ」
剣に付着した血を振り払い、剣先を悶え苦しむカレオトキシンに向ける。カレオトキシンは涙を流して悶えている。その時、カレオトキシンの舌の断面がぐちゅぐちゅと音を立てる。舌がどんどんと再生していた。
「その服はぁ……王国騎士団でぇすか……」
逆に今まで気が付かなかったのかと、ツカサは眉をひそめた。カレオトキシンはセリアスを睨み付けた。ツカサは未だ跳ね続ける舌から思わず目をそらした。
「俺も忘れんな?」
拳を鳴らしながらアンズーがカレオトキシンにゆっくりと近寄る。カレオトキシンは左右の目玉でアンズーとセリアスに視線を向ける。
「なぁんでワレがこんな目にぃ……アナタのせいでぇすよぉ!」
その時、ライトが突然倒れた。尻から血と糞尿を滴している。鋼でできたその鎧の内側から、それらは垂れていた。ライトは叫ぶ間もなく失神していた。レフトは声にならない声を漏らして隅で怯えていた。
「私のせいとは心外ですね。結果としてボスがお喜びになられているのだからいいではありませんか」
倒れたライトの背後からあのダンディな声が聴こえてくる。ツカサは反射的に尻を押さえる。アンズーとセリアスがこの場にいるからか、先日の襲撃時のように取り乱さない。それどころかツカサは思考を巡らせている。
「スカル……トロール」
ツカサが小さく口を開いた。震えながらも、なんとか言葉を振り絞った。スカルトロールはライトの上に立ち、周囲を見渡した。アンズーは声を上げて笑った。しかし、目は完全に殺意に満ちていた。
「お前たちがここに来てくれて、わざわざ探す手間が省けたぜ」
ツカサの目には、一瞬だけアンズーの胸のタトゥーが黄金に輝いたような気がした。セリアスはスカルトロールを前にしても、死んだような目付きは変わらない。ただ、どこからかやる気を感じられた。
「皆様、司様を私どもに譲っては頂けないでしょうか?無駄な争いは避けたいのですよ」
非常に丁寧な言葉遣い。その丁寧さが逆にアンズーの火に油を注いだ。
「お前の都合ばっか話してんじゃねぇ。こっちはアルシアがやられてんだ。引けるわけねぇだろ」
アンズーの返答を聞いて、スカルトロールは残念そうに頷いた。カレオトキシンは舌が完全再生して戦闘の体勢を取る。
「それは残念です。それでは、誠に勝手ながら司様を頂戴いたします」
一瞬だった。スカルトロールが一瞬にしてセリアスの目の前に表れた。移動するのが見えなかった。
セリアスは紙一重で反応し、剣でスカルトロールをいなした。スカルトロールは手首に生えた骨の刃を舐める仕草をする。
「流石は王国騎士様、見事な反応速度です」
ツカサがスカルトロールとセリアスに気を取られていると、右側でアンズーがカレオトキシンの舌を押さえ付けていた。
「中々……強いじゃねぇか」
アンズーは粘液で手が滑るのを、握力でねじ伏せている。カレオトキシンの口からダラダラと粘液が糸を引く。ツカサはただソファに座っていることしかできなかった。その時、奥の扉が開いた。セレアとアルシアが眠っている部屋の扉が。
「騒がしいわね…なんの音……」
「セレア下がってろ!」
アンズーがセレアに気を取られた瞬間をカレオトキシンは見逃さなかった。アンズーの右腕にカレオトキシンの舌が巻き付く。
「戦闘中によそ見をするなぁんてぇ……危機管理はウジ以下でぇすかぁ?」
鈍い音が鳴った。アンズーの右腕があり得ない方向に曲がったのだ。ツカサはその光景に絶望の表情を浮かべる。セレアは目の前の光景に理解が追い付いていなかった。
「あがぁぁぁぁぁあ!?」
アンズーの叫び声が酒場中に響き渡る。




