第16話 傍迷惑な演説集団
「ーーおねば……」
ツカサは目の前の植物をそう呼んだ。ツカサの一言でその植物の葉の動きが止まった。まるで時が止まったようだった。
「おねば……とはなんじゃ?」
「この子の名前です」
おねば。そう呼ばれた瞬間、その植物が店内を走り出した。ドテドテと音を立て、葉を揺らしながら走り回る。とても嬉しそうだった。そんなおねばをおじさんは優しく見つめる。
「なんで『おねば』なんじゃ……?」
「大根の葉っぱみたいなのが生えてて、色が里芋みたいだから……里芋ってネバネバしてるじゃないですか……」
おじさんはいまいちピンときていなかったが、由来なんて今はどうでもよかった。目の前で楽しそうに駆け回るおねばを見ることができて、おじさんは嬉しそうだった。おねばはひとしきり走り終わると、ツカサの前に戻ってきた。葉を揺らし、キラキラした瞳でカバンを見つめる。
「このカバンが欲しいの……?」
「ギャッ!」
ツカサの問いかけに、おねばは葉を揺らして答えた。ツカサの目には、おねばはお菓子をねだる子供のように見えた。
「坊や、そのカバン持っていくか?」
その様子を見ていたおじさんがツカサを見て声をかけた。おねばはおじさんの方を見た。葉っぱを元気に揺らし、その場で嬉しそうに跳ねる。
「昨日のおねばもそうですが、こう何回も貰うのは悪いですよ……」
おじさんは髭を撫でながら優しく笑っていた。おねばは早く買えと言わんばかりにツカサを揺さぶる。
「そんなに嬉しそうなおねばをわしは初めて見た。わしからのお祝いとして受け取ってくれんか」
ツカサはおじさんの優しさに押し負けそうになるも、なんとか堪えた。
「気持ちは嬉しいですけど、やっぱり貰うのは申し訳ないです……」
ツカサはズボンからアンズーに貰った銀貨を取り出して見せた。おじさんは銀貨を見るなり、目を見開いた。
「流石にそんな額は受け取れん。それに、おねばが自分で選んだものじゃからお金は……」
「ならいくらですか?」
ツカサの意思に押し負けて、おじさんは顎に手を当てて考え込んだ。
「強情な坊やじゃのう……なら銅貨3枚でどうじゃ?」
「銅貨3枚……。そんな安くていいんですか?」
お金の価値はアルシア達に教えて貰っていたため、なんとなくわかっていた。ツカサの感覚では銅貨3枚はだいたい300円くらいだろうか。破格の値段にツカサはまだ納得してなかった。
「見たところしっかりしたカバンなのに……」
「さっきも言ったが、これはおねばが自分で選んだものじゃ。わしにもこれくらいはさせてくれ」
ツカサは渋々了承すると、銀貨を1枚支払いお釣りを受け取った。ツカサは早速カバンを背負った。見た目は重そうなのに、思ったよりも軽かった。
「ギャギャッ!」
カバンの中に勢いよくおねばが飛び込んだ。背中に力が加わり、思わず倒れそうになる。カバンからは大きな葉っぱが飛び出していた。ツカサはカバンを背負い直すと、店の扉に手を掛けた。
「今日は色々とありがとうございました」
「ギャギャッ!」
ツカサは振り返っておじさんに軽く会釈をした。カバンの中のおねばもツカサに続くように声を出した。
「こちらこそありがとのぉ。おねばも元気でのぉ」
おじさんにもう一度会釈をして、ツカサは店の扉を閉めた。静かだった店とは一変して、街は賑わいに溢れていた。おねばはカバンの中で嬉しそうに身をよじっていた。
「戻ろっか、おねば」
ツカサがカバンに向かって話しかけると、カバンを揺らして返事をした。ツカサはカバンを背負い直し、酒場へと足を進めた。
街は相変わらず人で賑わっていた。この世界の街にも少しずつ慣れてきたのか、リザードマンを見ても怯えることは無くなった。
しばらく進んでいくと、広場に人混みができていた。街の人がコソコソと噂話をしている。騎士のような人達が人混みの周りを見回っていた。その様子に、ツカサは思わず聞き耳を立てる。
「またやってるわよ……」
「砂王教、本当に迷惑よね……なんであんなに信者がいるのかしら……」
ツカサが人混みの中から覗いてみると、亜麻色の長衣を身につけた集団が演説をしていた。
「我々はッ!亡きヤーベン王の遺志を継ぎ……」
その教団は、皆が顔を包帯でぐるぐる巻きにしていた。代表者のような男は、空を見上げて狂気的に演説をしていた。顔は古くさい包帯で巻かれているのに、長め銀髪のセンターパートはよく整えられていた。
その演説を見ていると、ツカサは演説者からの異様な視線を感じた。蒸し暑い人混みの中、背筋に悪寒が走る。気味が悪くなったツカサは、その場を後にした。
* * * * *
砂王教から離れ、酒場に続く路地に入った。しばらく歩くと、足元に血痕があるのを発見した。出るときは慌てていて気が付かなかったが、血痕は酒場まで続いていた。壁や石畳には深い傷が付いている。
「これは……」
アルシアの血痕だ。ツカサは瞬時に理解した。昨晩、アルシアが傷を負ったことを。再び恐怖と不安がツカサを襲う。不安になって、ツカサは酒場へ駆け出した。




