第15話 おねば
ガラクタだらけの店内には、微かに街の喧騒が流れ込んでくる。マンドラゴラがドテドテと店内を歩き回り、夢中でガラクタを漁っている。店内の品々は乱雑に積み上げられ、手入れがされている様子はなかった。そんなガラクタの山から、大きな身体が顔を覗かせた。
「この前の坊や……それにマンドラゴラじゃないか。昨日ぶりかのぅ」
ガラクタの山から現れたのは店主のおじさんだった。もとからそこにいたのか、ツカサは全然気が付かなかった。ツカサはおじさんに軽く礼をする。
「昨日はありがとうございます。マンドラゴラについて聞きたいことがあって……」
おじさんが興味深そうに髭を撫でると、ガラクタを漁るマンドラゴラに視線を向けた。
「植木鉢が壊れて暴れだしてどうすれば良いかわからない……と言ったところかの?」
ピタリと言い当てられたツカサは、図星で声が出なかった。ツカサの様子を見たおじさんは、気にすることもなく微笑みかける。
「別に気にしとらんよ。普通は処分するものじゃから、扱い方も一般には広まっておらん……」
「ギャァァァァァァァア!?」
店主の話を遮るように、マンドラゴラが叫び出した。ガラクタに身体をぶつけたようだ。足のような部分を押さえてドタドタと転げまわっている。ツカサは驚いたが、その光景につい笑ってしまった。
「もうなにやってんだよ」
ツカサが小さく笑いながらマンドラゴラに近付いていく。その様子を見たおじさんは目を見開いていた。
「坊や、平気なのかい……?」
「いや、全然うるさいです」
ツカサは倒れて転げ回るマンドラゴラを屈んで見ている。おじさんはその光景に、思わず笑みが溢れた。
「坊やに譲って正解だったのかもしれんのぅ……」
おじさんの呟きは、マンドラゴラの叫び声で掻き消された。しばらく転げ回ったマンドラゴラは、叫ぶのをやめて再びガラクタの山に飛び込んだ。マンドラゴラは葉を元気に揺らしていた。
「マンドラゴラは植物精霊の一種なんじゃよ」
おじさんはガラクタの山から生える葉っぱを見つめたまま、静かに口を開いた。ツカサは思わずおじさんの目を見た。ボサボサの眉毛で隠れていて、目は見えなかった。
「精霊と言えば聞こえはいい。じゃが、その産声を聞いて喜ぶものは誰1人としておらんかった」
ツカサは唾を飲んだ。無意識に、おじさんの話に引き込まれていった。
「その声は魔力を震わせる。声の影響に個人差はあれど、この世の全生物は魔力を持っておる」
全生物は魔力を持っている。ツカサはその言葉を聞いて、昨日酒場で言われたことが脳裏によぎる。
「動植物も、魔獣も、精霊も……この声を聞いて喜ぶものはおらん」
そこまで話すと、おじさんはツカサに微笑みかけた。ツカサの視線は無意識に、マンドラゴラに移っていた。
「きっとこの子は嬉しいんじゃろうな。昨日坊やが自分を欲しいと言ってくれたことに、叫ぶ自分に笑いながら近付いてくれたことに……」
ツカサにはおじさんの声しか聞こえなかった。街から流れ込んでくる喧騒も、ガラクタがぶつかる音も、今のツカサには聞こえない。
「おじさんは……大丈夫なんですか?」
マンドラゴラを見つめたまま、ツカサは口を開いた。おじさんは不思議そうな顔をして軽く聞き返した。
「おじさんだって、さっきの叫び声を聞いても平気そうだったじゃないですか……」
ツカサの言葉を聞いて、おじさんは軽く笑いながら天井を見つめる。
「若い頃の経験でこう言うのには慣れているんじゃよ。それに、老い先短い老人にそこまでの魔力は残っとらんよ」
おじさんは悲しさと嬉しさを含んだような声をしていた。楽しそうにガラクタを漁るマンドラゴラから、ツカサは目が離せなくなっていた。
マンドラゴラは茶色くて丸い大根のような身体に、下の部分が割れたような足。側面から小さな突起が生えていて、手のように扱っている。縦に裂けた口。黒い穴の中に、ポツンと点を打ったような白い瞳。
見れば見るほど不思議な形をしたその植物を、ツカサはただの植物として見ることはできなかった。
その植物はガラクタの山から元気よく飛び出すと、ドテドテと足音を立ててツカサの前にあるものを持ってきた。頭の葉っぱがゆさゆさと揺れている。まるで子供のように。
「これは……?」
ツカサはその植物が持ってきたものを手に取った。それはカバンだった。年季ものだが厚手のレザー素材に金の金具がついている、小さめの冒険者カバンだった。
「ギャッ!ギャッ!」
その植物は買ってくれと言わんばかりにカバンをツカサに押し付ける。ツカサはカバンとその植物を交互に見ていた。
「ーー叫ぶ以外でも声出せるんだ……」
ツカサはその植物を見て考えた。もうマンドラゴラとは呼べない。呼びたくなかった。
「ーーもうマンドラゴラとは呼べないな……」
「名前でもつけてあげたらどうじゃ?」
ツカサは考えた。こんな空気なのに、ツカサは幼少期、買ってもらったカブトムシに銀三郎と名付けて友人に笑われた記憶が蘇る。変な名前は付けられない。
大根のようだが、里芋の表面にも見えるそのフォルムを見て頭を回転させる。大きな葉っぱがツカサの視界にちらつく。その様子を見て、ツカサは静かに口を開く。
「ーーおねば……」




