第14話 解き放たれた大根
アンズーが部屋から出た後も、ツカサは布団に顔を埋めて涙を流していた。少し経つと、ツカサは布団から顔を上げ、布団を剥いだ。
「冷た……」
ツカサの着ていた制服は汗でびっしょりとしていて冷たかった。ツカサはふと机の上に視線を移した。そこには、着替えがないと困るから、とアルシアが用意してくれた服が畳まれていた。
「なんか制服みたい……」
ツカサが上着を広げた。白いシャツのような服は、今着ているシャツによく似ていた。ズボンはボタンで留める作りになっているが、全体的に雰囲気はツカサの制服に似ていた。
「制服か……」
その服を見ていると、日本のことを思い出す。学校での生活、友人や家族。色々な思いが込み上げてくる。
「ーー帰りたい……」
誰に言うでもなく、ただ独り言を呟く。ツカサは涙を引っ込めると、服に袖を通す。少し大きいが、動きには困らなかった。ツカサは一息つくと、部屋の扉を開けた。
部屋を出て、吹き抜けの二階から下を見下ろす。そこには、深刻そうな顔で瓶を見つめるアンズーの姿があった。その瓶からは、大根の葉のようなものが生えていた。
「あ、あれは確か……」
ツカサが階段を降りてアンズーとその瓶に近寄る。瓶の中をよく見ると、マンドラゴラがストッキング芸のような顔つきでアンズーを睨んでいた。瓶は微かに震えている。
「ツカサ、コイツがマンドラゴラだよな?」
ツカサが軽く頷くと、アンズーが瓶のマンドラゴラを睨み付けるように覗き込む。マンドラゴラは頭の葉っぱを揺らして抵抗しようとしている。
「アンズーさん、これは一体……」
「コイツがギャーギャー叫ぶからよ、セレアが魔法で瓶にぶち込んだんだ。こんなのどこで手に入れた?」
マンドラゴラがカタカタと瓶を揺らして脱出しようとしている。瓶口が小さくて、物理的に出ることは見るからに不可能だった。
「変なガラクタ屋に置いてあったんです。店主のおじさんが譲ってくれて……」
ツカサの言葉を聞いたアンズーは、肘をついて深くため息をついた。あまりの衝撃に頭を悩ませていた。
「ガラクタ屋って、こんな危険物扱ってる店があるのかよ……」
アンズーがマンドラゴラを見つめていた。マンドラゴラは瓶越しのアンズーの頭を葉で叩いている。
「本当はさっさと処分するべきなんだろうが、コイツのお陰でアルシアもお前も助かったからな」
アンズーの考えがまとまったのか、軽く膝を叩いて椅子から立ち上がった。ポケットから財布を取り出すと、銀貨を1枚ツカサに手渡した。
「そのガラクタ屋の店主にどうすべきか聞いてきてくれ。俺は2人を置いて店を出れないからよ」
ツカサはアンズーの手から銀貨を受け取ると、失くさないように握りしめた。2人の視線がマンドラゴラに移る。
「その銀貨はお駄賃だ。1人で外出するのに金がないと困るだろ?」
「ありがとう、アンズーさん。今度返すよ」
アンズーが歩き出すと、得意気にツカサを鼻で笑った。
「別に返さなくていいぜ?男ならこれくらい……」
ーーガタッ、パリンッ!
アンズーの腰が机の角に置いてあった瓶にぶつかった。静かな酒場にガラスの割れた音がした。カタカタと震える音は聞こえない。ツカサとアンズーは、恐る恐る地面を見下ろす。そこには、ゆっくりと立ち上がる茶色い大根がいた。
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァア!!」
アンズーがふらついてテーブルを押える。すごく苦しそうな顔をしていた。セレアが顔を歪めながら奥の部屋の扉を開けた。その目には濃いクマができていた。
「ーーうっさいわね……なんなのよ……」
扉の奥から微かに見えたアルシアは苦しそうな顔をしていた。マンドラゴラを見たセレアは目が覚めて顔がみるみる内に青くなる。
「アンズー、あんた瓶壊したの!?」
アンズーが謝っているが、なんと言っているのか聞き取れない。このマンドラゴラを止めないと大変なことになる。植木鉢のように包めば落ち着くと思い、ツカサは咄嗟にマンドラゴラをシャツの中に入れて抱きしめる。流石に無理があるのか、マンドラゴラは必死に足をジタバタさせて抵抗する。シャツの首もとから葉っぱが飛び出して前がよく見えない。
「アンズーさん行ってきます!!」
ツカサは酒場の扉を開くと、勢いよく飛び出した。マンドラゴラは叫ぶも、ツカサの胸の中に押し付けられて声はくぐもっていた。
街の人間には目もくれず、ツカサは一目散に中古屋ルシオルへ向かう。街の人々は、慌てて走るツカサを、野菜を抱えた少年程度にしか見ていなかった。走っているうちにマンドラゴラは段々と叫ぶことを止め、胸元でおとなしくなっていった。
「店主さん!いますか!?」
ツカサが勢いよく店の扉を開いた。その途端、マンドラゴラがツカサのシャツから飛び出して、ガラクタを漁り出した。側面に生えている小さな突起のような腕で、楽しそうにガラクタを漁っていた。
「ガラクタ漁るのが好きなの?」
ツカサの声かけには見向きもせず、マンドラゴラはガラクタに集中している。言葉が通じていないのか。頭の葉が楽しそうに揺れていて、気持ちを表しているようだった。
「……あれ、ここに来てから全然叫ばないな」
マンドラゴラは黙々とガラクタを漁っている。酒場や街中の時とは大違いだった。ツカサもガラクタに手を伸ばす。すると、ガラクタの山から大きな身体が動き出した。店主のおじさんだった。
「おや、この前の坊や……それにマンドラゴラじゃないか。昨日ぶりかのぅ」




