第13話 身内兼居候
ツカサが目を覚ますと、見慣れ始めた天井があった。背中には柔らかい感触があり、乱雑に布団が掛けられていた。窓から朝日が射し込んんでいた。昨日の出来事が脳裏に蘇る。
「アルシアは!?」
ツカサは急いでベッドから半分身体を起こして周囲を見渡す。ツカサの学生カバンに机と椅子、そして木の扉。ここはツカサが寝泊まりしている部屋だった。マンドラゴラの植木鉢もない。ツカサは顔を触る。この感覚は夢ではない。
ーーコン、コン、コン
ツカサがベッドから片足を下ろした瞬間、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「ツカサ起きてるか、入るぞ?」
ゆっくりと木の扉を開いたのは、アンズーだった。アンズーがゆっくりと歩いて、そこの椅子に腰掛けた。
「その様子じゃ、いい夢は見られなかったようだな」
ツカサは学生服を着たまま眠っていた。汗で服が濡れて少し寒かった。ツカサは昨日のことを考えて、布団を強く握った。
「ーーアルシアは大丈夫なんですか?」
ツカサは自分の手を見ていた。アンズーの方を見るのが怖かった。自分のせいでアルシアにまた迷惑をかけてしまった罪悪感が、ツカサにのしかかる。
「アルシアの傷は深かった。血が垂れ続けてな、お前の到着が遅れてたら……とても口には出せねぇな」
ツカサは顔を上げることはできなかった。アンズーの顔を見ることが怖かった。
「セレアが寝ずに治療してくれたから、なんとか一命は取り留めた。アルシアもセレアも眠ってる」
アルシアが無事だと聞いて、ツカサは嬉しさで胸がいっぱいになった。だが、安心している場合でもない。これ以上アルシア達に迷惑をかけるわけには行かなかった。尻の痛みも気にならなくなり、文字も少しは読めるようになった。
「ごめんなさい……。俺のせいで、アルシアを危険な目に遭わせて」
苦しそうに言葉を出すツカサに、アンズーはなにも言わなかった。その沈黙が、ツカサの不安を掻き立てる。
もともと酒場にいられるのは、尻の怪我が治るまでの間だけだった。追い出されるかもしれない、と言う考えが頭をよぎる。追い出されなくても、ツカサは罪悪感で出て行くつもりだった。行く宛もないのに。
「ーーとりあえず、お前が無事でよかった」
ツカサの予想が外れた。アルシアを危険に巻き込み、責められると思っていたのに。アンズーの思わぬ一言に罪悪感を感じながらも、嬉しいと思ってしまった。ツカサが顔を上げると、アンズーはいつになく真剣な顔をしていた。猛獣に睨まれたような感覚があった。
「で、昨日何があったんだ?」
ツカサは唾を飲み込むと、昨日スカルトロールに襲われたことをアンズーに話した。
「スカルトロールねぇ……」
アンズーは考えを整理するように腕を組みながら独り言を話していた。怒るでもなく、追い出すでもなく、静かに考え込んでいる。その沈黙が、ツカサには重く感じた。心配されたからと言って、出ていかなくてはならないことに変わりはない。ツカサは不安で胸がいっぱいだった。アンズーが自分の膝を軽く叩いた。ツカサは何を言われても平然を装おうと身構える。
「それなら、スカルトロールってやつをどうにかしないとな」
「ーーえ?」
思わぬ返答に、ツカサは顔を上げてアンズーを見た。アンズーは真剣な顔をしているが、ツカサを責める様子はなかった。
「あ?どうしたツカサ、そんな顔して」
言葉を出そうとしたが、うまく言葉にできなかった。遠回しにでも出ていけと言うのが普通の反応だと思っていた。それなのに、目の前にいる男は目の前の問題に対して一緒に考えてくれている。
「な、なんでアンズーさんがそんなこと……」
「そんなことってお前、身内が襲われて黙ってられると思ってんのか?」
身内、その言葉がツカサの心に引っ掛かった。余計にわからなかった。アルシアのことを言っているのはわかる。しかし、自分もその身内に含まれているのではないか。そんな考えが頭をよぎったが、すぐにその考えを捨てようとした。都合がよすぎて自分に嫌気がさした。
「でも、アンズーさんがそこまで考えることじゃないと思うんです……」
ツカサは口が勝手に動いてしまった。確認したくもないことを確認したかったんだ。後悔しても遅かった。アンズーは黙ってツカサの話を聞いていた。
「いや……お尻の怪我はもう治ったので、その……」
ツカサは続きの言葉が出なかった。出ていく、この言葉が喉の奥につっかえていた。そんなツカサの様子を見たアンズーが、険しい表情をしていた。
「お前、なに言ってんだ?」
ツカサは頭が回らなかった。尻が治ったら出ていく。その約束がツカサの頭を支配している。けれどもアンズーは、その事に触れるどころか、そんなこと初めて聞いたというような顔をしている。アンズーが呆れたように溜め息をついて下を向いた。
「お前が責任感じるのはわかる。確かにお前が来なければアルシアは襲われなかったし、俺もセレアも巻き込まれなかった」
ツカサが布団を強く掴んで口を開こうとするが、ツカサの話を遮るようにアンズーは話を続ける。
「だけどな、アルシアは自分でお前を助けようとしたんじゃないのか?それにお前は、アルシアを助けたじゃねぇか」
助けた。確かにツカサはアルシアを抱えて逃げ出した。それでも自分がいなければ襲われることはなかった。ツカサの罪悪感は晴れない。アンズーとの約束もある。
「もう自力で歩けます……。だから、約束通り……」
まただ。またも出ていくの一言が口からでない。約束通り出ていきます、この一言が喉の奥に詰まっている。
「約束って、なんの約束だ?」
アンズーはポカンとした顔をしてツカサを見ていた。そんな反応をされたツカサが一番驚いている。
「え?怪我が治るまでって……」
「あー、あ?そんな約束あったか?」
アンズーの言葉を聞いて、ツカサの胸が少し軽くなったような気がした。罪悪感が消えたわけではない。それでも、ツカサの心を縛っていた糸が一本だけ切れたような気がした。
「アンズーさん……」
ツカサの頬に涙が伝う。自分のせいでアルシアをあんな目に遭わせたのに。ツカサは自分の都合の良さに嫌気がさしていた。それでも涙は止まらなかった。
「おいおい急にどうした。大丈夫か……?」
アンズーが驚いて立ち上がると、椅子が音を立てて倒れた。アンズーが困ったように頭を押さえた。
「と、とりあえず涙拭けよな。あと、話があるから落ち着いたら出てこいよ?」
アンズーは困惑した様子で部屋から出た。アンズーが出た後も、ツカサは布団に顔を埋めて涙を流していた。




