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ハーレム,俺の義妹が天才漫画家だった件  作者: 下級生


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第101話 夜更かしして起きられない

カーテンが閉め切られているせいで、月明かりは厚手の布に遮られ、部屋の中はほとんど何も見えなかった。

 凌乃は足音を殺して部屋へ入り、そのままそっと扉を閉める。

 手探りで前へ進もうとした、そのときだった。

「ゴンッ」

「っ……!」

 暗くて方向が分からず、足の指を何かにぶつけてしまった。

 鈍い音が、静まり返った部屋にやけに大きく響く。

「うぅ……」

 かなり痛かったが、凌乃は真っ先に口を押さえ、どうにか声を飲み込んだ。

 あいつを起こして見つかったら、絶対に追い出される。

 そうなれば、次からは部屋に鍵を掛けるようになるだろう。

 というか、お父さんもなんであいつの部屋にこんな鍵を付けたのよ。

 不便すぎる。

 心の中で文句を言いながら、凌乃はその場でしばらく痛みに耐えた。

 ようやく落ち着いてから、再び動き始める。

「この辺……机で合ってるはず」

 目も少しずつ暗闇に慣れ、家具の輪郭くらいなら見えるようになってきた。

 凌乃は手を伸ばして辺りを探り、位置を確かめながら机へ近づいていく。

「どこかな……あのアニメのネーム」

 引き出しを探り、指先がノートの表紙に触れた。

 そのまま一番上にあった1冊を抜き取る。

 ――待って。

 真っ暗なんだから、読めるわけないじゃない。

 凌乃は目を凝らしてみたものの、ノートに何が書かれているのかまではどうしても判別できなかった。

 これじゃ、目当てのものかどうか確認できない。

「……この程度で私が諦めると思ってるの?」

 心の中でふん、と鼻を鳴らす。

 そして再び引き出しへ手を入れた。

 1冊。

 2冊。

 4冊。

 中に入っていたノートを、まとめて全部取り出す。

「これなら外れようがないでしょ」

 やった。

 凌乃は戦利品を大事そうに抱え、出口へ向かってそろそろと移動した。

 無事に部屋を抜け出し、扉を閉めたところで、ようやく安堵の息をつく。

 自室へ戻った凌乃の顔には、勝者の笑みが浮かんでいた。

「くくく……!」

 いかにも悪巧みが成功したような笑い声を漏らす。

 ほら。

 結局、手に入ったじゃない。

 最新話を見るくらい、簡単なものよ。

 凌乃は期待に胸を膨らませながら、持ち帰ったノートの1冊を開いた。

『――8年前――』

『ひとりの男の話をしよう。』

『誰よりも理想に燃え、それゆえ誰よりも深い絶望を知った男の物語を。』

「……何これ?」

 凌乃の顔に困惑が浮かんだ。

 自分が盗み見ようとしていたのは、『魔法少女まどか☆マギカ』の最新ネームだったはずだ。

 だが、手元にあるこれは完全に小説だった。

 絵コンテらしきものは、どこにもない。

「これじゃないのね。まだ3冊あるし、どれかでしょ」

 凌乃は開いていたノートをぽいと置き、残りの3冊を次々に確認していく。

 しかし――

 どれも違った。

 4冊とも、小説の原稿らしい。

「まさか……私が夜襲することまで読んで、隠したの?」

 凌乃は悔しそうに歯噛みした。

 せっかく父親に叱られる危険まで冒してノートを手に入れたのに、肝心の目当てがない。

「もう1回探しに行く……?」

 いや。

 危険すぎる。

 少なくとも、どこに隠したのか目星をつけてからでないと駄目だ。

 闇雲に探したら、あいつを起こしかねない。

 その場で捕まったりしたら、恥ずかしすぎて死ねる。

 凌乃はがっくりと肩を落とし、畳の上に座り込んだ。

「……まあいいか。これでも読んで暇潰ししよ」

 ゲーム、アニメ、小説。

 この3つの中で、一番興味が薄いものを選べと言われれば、凌乃なら迷わず小説と答える。

 文字だけがずらずら並んでいるものを読むのは、どうにも疲れる。

 ギャルゲーなら綺麗なCGもあるし、声だって付いている。

 とはいえ、今はちょうどいいかもしれない。

 眠れないなら、文字を読んでいるうちに眠くなるだろう。

 凌乃は最初に放り出したノートをもう一度手に取った。

 ページを開き、ざっと文字を追っていく。

「……ん?」

 ふと、疑問の声が漏れた。

「アイリスフィール・フォン・アインツベルン……この名字、イリヤと同じじゃない」

 凌乃が小さく呟く。

 確か少し前、涼介に頼まれて『Fate/stay night』の関連小説用の挿絵を描いたことがあった。

「待って。この4冊って……第4次聖杯戦争の原稿?」

「じゃあ、この女の人って……イリヤのお母さん?」

 一気に興味が湧いた。

 凌乃は4冊のノートを抱えたままベッドへ倒れ込み、枕元のスタンドライトだけを点ける。

 柔らかな灯りの下で、今度はすっかり読む気になってページをめくり始めた。

 ちょうど『Fate/stay night』を完全攻略して、退屈していたところだ。

 そこで前日譚を読めるなんて、これ以上ない暇潰しだった。

「何よ。原稿、ちゃんと手元にあるじゃない」

「見せてくれたって別に減るものじゃないのに。ほんとケチなんだから!」

     ◇

 翌朝。

 涼介は洗面を済ませ、朝食を取るためリビングへ向かった。

 しかし、そこに高城凌乃の姿がない。

 少し妙だった。

 昨日、鳳凰院紗織とは今日一緒に東京工芸大学へ採用活動に行く約束をしている。

 凌乃も「自分だって会社の株主なんだから、こんな大事なことには絶対に参加する」と散々騒いでいたはずだ。

 時計はすでに8時を回っている。

 この時間になっても朝食に下りてこないなら、普通に遅刻する。

 さすがに妹の部屋へ勝手に入るのは気が引けたため、涼介は母親の美恵子に様子を見てもらった。

 返ってきた答えは――

「昨日、ずいぶん遅くまで起きてたみたいね。ぐっすり眠ってて、全然起きないわ」

「そうなんだ」

 なら仕方ない。

 今日は置いていくしかないな。

 自制心がなさすぎるだろ、この妹。

 土曜の夜とはいえ、翌日に予定があると分かっていて夜更かしするなんて。

 涼介は手早く朝食を済ませ、美恵子に声を掛けて家を出た。

     ◇

 同じ頃。

 井上莉奈もようやくベッドから起き上がり、眠そうな目をこすりながら身支度を整えていた。

 今日は休日だ。

 それでも大学へ行かなければならない。

 大事な用事があるからだ。

「この時間なら間に合うかな……昨日、もう少し早く寝ればよかった」

 少し前、Mイベントから戻って以来、莉奈はずっと1本の電話を待っていた。

 卒業前に研究課題を仕上げる必要があり、その論文に説得力を持たせるため、漫画家への取材を考えていたからだ。

 高城留美子ほどの売れっ子漫画家なら、自分のような学生から渡された連絡先など気にも留めないだろう。

 そう思い、そろそろ課題そのものを変更しようかと考えていたところだった。

 だが数日前、思いも寄らない電話が掛かってきた。

 相手は――ANIPLEX株式会社。

 最初は何の会社か分からなかった。

 ところが、相手が作品名を口にした瞬間、事情を理解した。

『Fate/stay night』。

 莉奈にとって、知らないはずのない作品だ。

 そもそも彼女がMイベントへ足を運んだのも、雑誌に付属していた体験版を遊んだからだった。

 簡単に話を聞いたところ、YPEMNはANIPLEXが運営するブランドとして今後活動していく予定らしい。

 その話は、後日ゲームを起動した際にも確認できた。

 そしてANIPLEX側は、東京工芸大学の秋季採用イベントに参加したいと考えているらしく、学科の教員へ取り次いでもらえないか、と莉奈に相談してきたのだ。

 しかも今日、高城留美子本人も来るという。

 そんな機会を断る理由などない。

 莉奈はその場で、興奮気味に引き受けた。

「そういえば、『Fate』の前日譚も小説になったんだよね」

 大学へ向かう道を歩きながら、井上莉奈は昨日買ったばかりの島川の月刊誌を思い出す。

 そこには、文庫大賞金賞受賞作として『Fate/Zero』が掲載されていた。

 収録されていたのは第1巻相当までだったが、現時点での印象はかなりいい。

 すでに『Fate/stay night』本編を知っていることもあって、強く興味を惹かれた。

 いっそ、この物語を漫画にしてみたい。

 そんなことまで考えた。

 もっとも、それは夢想にすぎない。

 原作の挿絵を手掛けているのは、あの高城留美子本人なのだ。

 漫画化することになったとして、自分に声が掛かるとは到底思えない。

「天才少女漫画家か……私も、あの人の半分くらい才能があればなあ」

 井上莉奈は少しだけ肩を落とした。

 それでも、売れっ子漫画家本人に会えるだけで十分に貴重な機会だ。

 芸術学部の学生なら、誰だって羨むだろう。

 だからこそ、今回の案内役は自分から買って出た。

「この機会に覚えてもらえたら……卒業後、高城留美子先生のアシスタントとして入れてもらえるかもしれないし」

 芸術系の学生は、他学部とは少し事情が違う。

 進む業界の入口そのものが狭く、競争も激しい。

 アニメ、漫画、音楽、声優。

 どの分野であっても、卒業したての新人が条件のいい仕事を得るのは難しい。

 大半は下積みから始め、業界の歯車として働くことになる。

 収入も決して高くはなく、生活を維持するだけでも苦労する。

 夢を諦めて別業界へ移る先輩も少なくない。

 あるいは、少しでも単価の高い仕事を求めて、成人向け作品の制作へ進む者もいた。

 莉奈は、できればそうなりたくなかった。

 だからこそ、今回の機会だけは絶対に逃したくない。

 ところが――

 大学の正門まで来たところで、莉奈は足を止めた。

 待っていたのは、2人だけだった。

 片方は、年齢だけなら自分が想像していた高城留美子と近そうだ。

 ただし――性別が違う。

 もう1人は、Mイベントで見たことがある。

 YPEMNのブースに立っていた、あの女性だった。

 井上莉奈は2人に挨拶を済ませたあと、どうしても我慢できずに尋ねた。

「……あの、高城留美子先生は?」

「家で寝てるよ」

 涼介は平然と答えた。

「昨日、夜更かししすぎたみたいで。起こしても全然起きなかったんだ」




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