第100話 夜襲3.0
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涼介の言葉を聞いた鳳凰院紗織は、明らかに一瞬固まった。
「どうした?」
その反応に気づいた涼介は、自分の考えに反対なのかと思った。
まだ『魔法少女まどか☆マギカ』の全貌を紗織に見せたわけではない。
市場で成功するかどうかも分からない段階で、あそこまで大きなことを口にすれば、傍から見れば無謀に思えても仕方がないだろう。
紗織は会社の株式を25%保有する共同経営者だ。
リスクを考え、意見する権利も当然ある。
「違うよ」
ところが鳳凰院紗織は、ふっと笑った。
肘を膝につき、頬杖をつく。
その瞳をきらきらと輝かせながら、まっすぐ涼介を見つめてきた。
「さっきのことを言ってるあなた、すごく格好よかったから。ますます惚れちゃっただけ~」
「……」
やっぱりこいつ、まともに会話する気がないだろ。
真正面から美女にこんな目で見つめられれば、誰だって心臓くらい跳ねる。
涼介は思わず視線を逸らした。
「まあ、あなたの好きにすればいいんじゃない? 代表取締役はあなたなんだし」
紗織はそれ以上、涼介の方針に口を挟むつもりはないらしい。
「それより、この前話したギャルゲーの件なんだけど。制作が始まったら、原画担当を何人か借りたいんだよね。できれば妹ちゃんにも描いてほしいんだけど、いい?」
「構わない。ただし、シナリオは絶対に見せるな。それ以外は好きにしていい」
「どうして?」
鳳凰院紗織には、その条件がいまひとつ理解できなかった。
原画を担当するなら、先にシナリオを読んでおいたほうが、登場人物の性格や作品の雰囲気に合った絵を描きやすいはずだ。
「……シナリオを読ませると、書き直せって言われるから」
涼介の口元が引きつった。
自室の鍵は交換したばかりだ。
もう凌乃に扉を蹴破られるのは勘弁してほしい。
「今度の作品は、特に結末を見られると面倒なことになる。だから、絶対に秘密にしてくれ」
「もう書き始めてるの?」
「ああ。完成版を渡せるのは年末くらいになると思う。今回はかなり文章量が多いからな。それと、全年齢向けだから、その手の準備はいらない」
「へえ、意外。学園ものなのに、そういうシーンは入れないんだ?」
鳳凰院紗織の印象では、むしろ学園ものこそR18と相性がいい。
彼女自身、そういった作品も何本か遊んだことがある。
たとえば『School Days』のような作品だ。
この手のジャンルは、意外と市場での人気も高い
涼介は肩をすくめた。
正直なところ、売上を考えなければ『Fate/stay night』の魔力供給シーンだって削ってしまっても構わなかった。
だが今は、前作によってある程度の知名度とファンを獲得できている。
次回作まで無理に市場へ迎合する必要はない。
「タイトルはもう決めてるの?」
「ああ。『CLANNAD』」
「……家族、って意味?」
「そう。今回のテーマは、家族と親子の絆、それから成長だ」
◇
夕方が近づいたところで、涼介は鳳凰院紗織に別れを告げ、凌乃と一緒に帰宅した。
夜は凌乃の勉強を見る必要がある。
それだけの時間は、あらかじめ確保しておかなければならなかった。
夕食を済ませると、涼介はいつもの場所に腰を下ろし、膝の上にノートを広げた。
凌乃の勉強を見ながら、『魔法少女まどか☆マギカ』の続きを描き進めていく。
創作に集中していると、時間が過ぎるのはあっという間だった。
「ねえ、終わったんだけど」
耳元に不満そうな声が飛んできた。
「そこに置いといて。このページのネームが終わったら見るから」
涼介はすぐには顔を上げず、ペンを走らせ続ける。
高城凌乃は頬杖をつき、退屈そうにシャープペンを指先で弄び始めた。
時折、ちらちらと涼介のほうを見る。
何を描いているのかは知っている。
そして――ものすごく見たい。
だが涼介はその視線に気づいているのか、露骨に見えない角度でノートを広げていた。
凌乃の位置からでは、端のほうがかろうじて見えるだけだ。
もう第6話まで進んでるの?
意外と速いじゃない。
もっとも、あんな適当に線を引いただけみたいな絵なら、速いのも当然かもしれないが。
「……見たい」
数日前に読んだ第3話。
巴マミのあまりにも突然な死は、凌乃にかなりの衝撃を与えた。
最初こそ怒り狂ったものの、落ち着いてしまえば、今度は続きが気になって仕方がない。
巴マミの最期を目の当たりにした鹿目まどかと美樹さやかは、それでも契約を結び、魔法少女になるのだろうか。
考えてみれば、自分だって魔法少女もののヒット作を2本も描いている。
それでも――
魔法少女という存在を、これほど明確な「命懸けの仕事」として描こうとは、一度も考えたことがなかった。
凌乃にとって、それはまったく新しい発想だった。
彼女はさりげなく座る位置をずらし、別の角度からノートの中身を覗こうとした。
しかし、その瞬間。
ぱたん。
涼介がノートを閉じた。
顔を上げる。
視線がぶつかった。
「……」
凌乃はまるで盗みを見咎められたような気まずさを覚え、慌てて目を逸らした。
「遅いんだけど。待ってたら眠くなってきた」
「早く見てよ。勉強終わったらゲームしたいんだから」
下手な芝居だな。
涼介はそう思ったが、たとえ凌乃が見たがっているとしても、ノートを渡すつもりはなかった。
部屋の鍵を交換したばかりなのだ。
この段階で続きを見せたら、また何かが壊されかねない。
それなら全部完成してから、一気に読ませたほうがいい。
その日は先に外出して、避難しておけば完璧だ。
凌乃の視線がいまだにノートへ吸い寄せられていることに気づいた涼介は、いったん自分の部屋へ戻り、棚の上にノートを置いてから戻ってきた。
それからようやく、凌乃の問題集を確認し始める。
むかつく。
いったい誰を警戒してるのよ!
凌乃は不機嫌になった。
べ、別にあいつが答え合わせしてる隙に、こっそりノートを読むつもりだったわけじゃないし。
見せたくないなら別にいい。
誰が読みたいなんて言ったのよ。
10分ほどで、涼介は採点を終えた。
間違いはかなり少ない。
その結果には、涼介も素直に感心した。
「だいぶ戻ってきたな。正答率もかなり上がってる」
「当然でしょ。この程度なら、ちょっと本気を出せばすぐ理解できるんだから」
褒められた凌乃は、さも当然だと言わんばかりに胸を張った。
平然としているつもりなのだろうが、どう頑張っても口元が緩んでいる。
少し褒めただけですぐ調子に乗るんだよな。
涼介は思わず額を押さえた。
「その調子で続けろよ。次の学力テストは、もう少し期待してるから」
「そういえば半年前、次は100点を取るって俺に言ってたよな?」
「……っ」
こいつ、そんな昔のことまで覚えてるの?
凌乃は一気に恥ずかしくなった。
あの頃は勢いで「次は絶対100点を取る」と豪語したものの、結局いまだに一度も達成していない。
「ふん! 見てなさいよ。今度こそ本当に取るから!」
凌乃は腕を組み、不服そうに言い返した。
絶対に見返してやる。
こいつに馬鹿にされたままなんて、我慢できない!
◇
深夜。
勉強会が終わってから、すでに2時間ほど経っていた。
高城凌乃は大きく伸びをして、満足そうに息を吐いた。
「これで全部回収かな。もう隠しCGもなさそう」
自分で描いた絵だ。
どのCGが使われているかは、当然すべて覚えている。
エンディングのマークもすべて解放済みだった。
これで『Fate/stay night』というゲームは、凌乃の中では完全攻略を迎えたことになる。
押し入れを開け、服の山をどかす。
その奥から、ゲームのパッケージがぎっしり詰まった段ボール箱を引っ張り出した。
パソコンから取り出したディスクをケースへ戻し、大切に箱の中へ収める。
名作を1本やり切った。
その瞬間、凌乃の胸にぽっかりと穴が開いたような空虚さが残った。
似た感覚は以前にもあった。
『月魔女変身』を描いていた頃、大きな山場を描き切った直後にも感じたことがある。
熱中できるものが突然なくなると、そのあとの穏やかな時間が、妙に落ち着かないのだ。
この空白を埋める方法を、凌乃はよく知っている。
次に夢中になれるものを見つければいい。
段ボール箱の中を探る。
漫画。
ゲーム。
アニメのディスク。
だが、どれを見てもいまひとつ食指が動かなかった。
『Fate/stay night』を遊び終えた直後では、どれも物足りなく感じてしまう。
「このまま寝る気にもならないな……」
凌乃は箱を押し入れへ戻し、ベッドに横になった。
しかし、いくら目を閉じようとしても眠れない。
そのとき――
ふと、あることを思い出した。
凌乃はむくりと起き上がる。
「そういえば……あいつ、もう寝てるんじゃない?」
時計を見る。
すでに0時を回っていた。
「そこまで私に見せたくないなら……逆に絶対見てやる」
こっそり借りて、読んだあと元の場所へ戻せばいい。
そうすればバレない。
凌乃は音を立てないよう慎重に部屋の扉を開けた。
顔だけを廊下へ出し、向かいにある涼介の部屋を見る。
扉の下の隙間から、明かりは漏れていない。
自分の部屋の扉をそっと閉じる。
そして涼介の部屋の前まで忍び足で移動し、ゆっくりとドアノブへ手を掛けた。
慎重に捻る。
カチャ――
「よしっ……鍵、掛けてない!」
もう1つ皆さんにお知らせがあります。
本作はすでに完結まで書き終えています。
FANBOXでは、今週中に最終話まで公開する予定です。
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新作のほうも現在執筆中です。
8月27日に、50話分を一挙公開する予定です。
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