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ハーレム,俺の義妹が天才漫画家だった件  作者: 下級生


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第96話 Dreaming! Dreaming!


 高城家の夕食は、いつも18時から始まる。


 勇夫の帰宅を待つ必要があるため、普段なら涼介と凌乃もその時間になってからリビングへ下りてくる。


 だが、今日は少し事情が違った。


 まだ17時30分だというのに、涼介はすでにリビングにいて、テレビの前にしゃがみ込み、デジタル衛星放送用のチューナーと格闘していた。


「ねえ、本当に大丈夫なの? あと30分で始まっちゃうんだけど!」


 凌乃は落ち着かない様子で涼介の隣にしゃがみ込み、見慣れない箱を覗き込んだ。


「まあ、俺もここまで面倒だとは思ってなかった。でも、たぶんもうすぐ映る」


 涼介が1枚のカードを機器へ差し込む。


 カチッ、と小さな音が鳴った直後、テレビ画面に映像が現れた。


 90年代末の日本では、デジタル衛星放送はまだ一般家庭に普及していない。


 『カードキャプターさくら』の初回放送を見るために、涼介は5万円ほど出して、わざわざ受信設備一式を揃えていた。


 契約時に発行されたデコーダーカードを差し込むことで、ようやく衛星放送を受信できるようになったのだ。


 涼介の記憶にはまったく残っていない、まさに時代を感じさせる機器だったこともあり、設置には思いのほか手間取ってしまった。


 兄妹が揃ってテレビの前で悪戦苦闘しているのを見て、美恵子は呆れたように首を振る。


「ほら、そろそろ手を洗って席につきなさい。お父さんも、もう帰ってくる頃でしょう?」


 そして、テレビの横に置かれた機器へ視線を向けた。


「普通のテレビでも番組は見られるのに、わざわざ衛星放送まで契約する必要があるの?」


 小遣いの使い道は子供たちに任せているとはいえ、テレビを見るためだけにこれだけの金額を使うことについては、美恵子もいまひとつ理解できないようだった。


「見たいアニメがあるんだもん」


 凌乃が答える。


「普通のチャンネルでもアニメはやってるでしょう?」


「それとは違うんだよ」


 涼介まで即座に答えたことで、美恵子は少し意外そうな顔をした。


 2人がここまで揃って同じことを言うのは、これが初めてかもしれない。


 いつの間に、こんなに仲良くなったのだろう。


「ただいま」


 玄関から勇夫の声が聞こえ、涼介と凌乃もようやくテレビの前を離れて食卓についた。


 チャンネルはNHKの衛星教育放送に合わせてある。


 時計の針が18時を指した。


 画面が真っ白に切り替わる。


 画面いっぱいに、眠っている木之本桜の線画が映し出された。


 そこへ少しずつ色が重なっていき、やがて明るく澄んだ少女たちの歌声が響き渡る。


「Dreaming! Dreaming!」


「そして夢の扉が開くよ!」


 凌乃は瞬きも忘れたようにテレビを見つめていた。


 瞳の奥には星でも散っているかのような輝きがあり、すっかり上機嫌で、思わず小さく鼻歌まで口ずさんでいる。


 やがて、古く分厚いブラウン管テレビの中に『カードキャプターさくら』のタイトルが映し出された。


 その瞬間、涼介はどこか夢でも見ているような気分になった。


 かつての自分も、今の凌乃と同じようにテレビの前に座り、このアニメを見ていた。


「懐かしいな……」


 思わず呟く。


 まるで、あの頃の孤児院へ戻ったようだった。


 毎晩楽しみにテレビの前へ陣取り、放送が始まるのを待っていた。


 ちょうど、今日と同じように。


 幼い頃に味わったあの時間があったからこそ、涼介はずっとアニメや漫画に興味を持ち続けてきた。


 だからこそ今、こうして目の前の光景を眺めていると、この半年間の苦労にも意味があったのだと思える。


 記憶の中にしかなかった作品を、この世界でも形にする。


 そして、この世界の誰かにも、かつて自分が受け取ったものと同じ感動を味わってもらう。


 それこそが、涼介がアニメを作りたいと思い、そのために動き続けている理由だった。


 今回の『カードキャプターさくら』自体は、涼介が直接制作を指揮した作品ではない。


 それでも、画面に映る絵柄もストーリーも、記憶にあるものとほとんど変わらなかった。


 主題歌についても、涼介が個人的に早川静香へ譜面制作を頼み、島川映画へ使用許諾を出している。


 さらにDream Chaserの4人を紹介したのも涼介だった。


 彼女たちの声質なら、この曲にはよく合うと思ったからだ。


「新しい番組か? 前に見てたやつはもう見ないのか?」


 勇夫は、久しぶりにここまで楽しそうにしている娘を見て、目尻を緩めた。


 『月魔女変身』を見ていた頃でさえ、ここまで感情を表に出してはいなかった気がする。


 そういえば、あの頃はまだ兄妹の仲もあまり良くなかった。


「うん! 新作だよ!」


 凌乃が笑顔で答える。


 それだけで、勇夫の顔もすっかり緩んだ。


「とんでもなく才能のある人が描いた漫画が原作だから、ずっと楽しみにしてたの!」


 そう言いながら、凌乃はこっそり涼介へ視線を向け、意味ありげにぱちりと片目をつぶった。


「ぷっ」


 涼介は思わず吹き出した。


 事情を知らない相手の前で堂々と自画自賛するというのも、なかなか気分がいいものらしい。


「このアニメの桜ちゃんにもお兄ちゃんがいるのね。涼介と凌乃にちょっと似てるかも。可愛い兄妹じゃない」


 美恵子もいつの間にか『カードキャプターさくら』へ見入っていた。


 子供向けの作品ではあるが、柔らかく可愛らしい絵柄のおかげで、大人が見ても十分楽しめる。


 その言葉を聞いて、凌乃は今さらながら気づいた。


 作中に登場する桜の兄、桃矢。


 確かに性格の一部は、どこか涼介に似ている気がする。


 凌乃はそっと横目で涼介を盗み見た。


 だが、涼介はそういう視線に敏感だった。


 目が合った瞬間、凌乃は慌てて顔を逸らす。


「ふん。あいつも桃矢と同じくらいムカつくけどね」


「そうか? でも最近のお前たち、アニメの兄妹より仲がいいくらいじゃないか?」


 勇夫は酒をひと口飲み、上機嫌に笑った。


 半年前と比べれば、家の空気は明らかに明るくなった。


 凌乃の成績も上がり、以前よりずっとしっかりしてきた。


 その大きなきっかけが涼介だったことを、父親である勇夫はよく分かっている。


「そんなことないってば。お父さん、変なこと言わないでよ!」


 凌乃は急に頬を赤くし、不満そうに鼻を鳴らした。


「ふふ」


 美恵子が口元を押さえて笑い、勇夫の杯へもう一度酒を注いだ。


     ◇


 その夜、五更真緒はアルバイトへ行かず、弟と妹を両脇に抱えるようにしてテレビの前へ座っていた。


 ちょうど桜が『翔』のカードを封印する場面だった。


 腕の中にいる妹が歓声を上げ、興奮した様子でテレビを指差している。


 真緒はその頭を優しく撫で、愛おしそうに微笑んだ。


「真緒、その衛星放送の受信機、結構高かったんじゃない?」


 隣でお茶を飲んでいた母親が、不意に尋ねた。


 夫が亡くなってからというもの、五更家では有料チャンネルを契約していない。


 ほとんど無料放送だけで済ませてきた。


 それだけに、突然テレビの横へ現れた見慣れない機器はどうしても目立つ。


 真緒は家の長女として昔から無駄遣いをしない子だった。


 これほど高価なものを、母親へ相談もせず勝手に買うとは考えにくい。


「友達にもらったの。いくらだったかまでは知らないけど」


「え? そんな高い物をもらうのは良くないんじゃない?」


 こういった受信機は、安いものでも3~4万円はする。


 母親にとっては、数日分の給料に相当する金額だ。


 その表情が急に曇った。


 世の中にはいろいろな人間がいる。


 娘が何か良からぬ相手に目をつけられたのではないか。


 そんな不安が頭をよぎったらしい。


 真緒は母親の表情を見て、すぐに勘違いされていることに気づいた。


「心配しなくていいよ、お母さん。女の子の友達からもらったものだから。それに、無理やり押しつけられたの。受け取らなかったら怒るって言われて……断れなくて」


「そうなの。新しいお友達ができたのね」


 母親はほっとしたように笑った。


「じゃあ、少し余裕ができたらちゃんとお返ししなさいね。高価な物をもらいっぱなしにしちゃ駄目よ」


「うん」


 新しい友達。


 確かに、そうなのかもしれない。


 あの金髪の馬鹿は相変わらず口が悪いけれど、意外なくらい優しい。


『ファンなのに初回放送を見られないなんてあり得ないでしょ! 受け取らないなら怒るから!』


 そんなことを言いながら、無理やり受信機を押しつけ、そのまま逃げるように帰っていった。


 今思い返すと、少し笑えてくる。


 凌乃がこれを持ってきてくれなければ、弟と妹がテレビで『カードキャプターさくら』を見られるのは、ずっと先になっていたかもしれない。


 衛星放送で人気が出て、地上波で再放送されるような作品でもなければ、そう簡単に見る機会は回ってこないのだから。


「あの子、あの日のことはもう引きずってないみたいね」


 真緒は数日前に凌乃と直接会ったときのことを思い出した。


 悩みを抱えているようにはまるで見えず、初めて会ったときと同じように、うるさいくらい元気だった。


「たぶん涼介が何かしたんだろうな。あの金髪の子、あんなに素直じゃないし……」


 そして真緒は、ふと考える。


 もし自分にも、ああいう兄がいたらどうだったのだろう。


 父親が亡くなったあとも、ここまで1人で頑張らなくて済んだのだろうか。


 困ったときには、自分の前に立ってくれて。

頭をぽんと撫でながら、

何も言わずに守ってくれるような――


 そんな兄がいたのなら。


 少しだけ、羨ましいと思った。


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