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ハーレム,俺の義妹が天才漫画家だった件  作者: 下級生


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第92話 もう、ひとりじゃない



 ずいぶんと素朴なタイトルだ。


 題名だけを見れば、最近野村が毎日のように悲鳴を上げながら読んでいる投稿作と、そう大差はない。


 そういえば、『カードキャプターさくら』のヒット以降、島川の連載誌には同系統の作品が少なくとも3本は載るようになっていた。


 もちろん、『月魔女変身』の頃と同じく、『カードキャプターさくら』は同ジャンルの中で他を寄せつけないほどの人気を誇っている。


 ただ、さくらが巻き起こしたブームは、前作のときとは少し違っていた。


 高城留美子の前作が、一部の漫画家をお色気路線へ走らせた作品だとするなら、今作は同業者たちに新しい発想を与えた作品と言える。


 その影響もあって、ひと工夫加えた魔法少女作品が次々と生まれ始めていた。


 物語の根本自体は似通っていても、少なくとも新鮮なものを求める読者の需要には応えている。


 斎藤律はふと思い出した。


 以前、月例賞で『カードキャプターさくら』と競い、得票数で大差をつけられた作家も、この作品に影響を受けて新作を描いたはずだ。


 すでに連載も何号か続いている。


 あと数か月もすれば、アニメ化の話が出てもおかしくない。


「この状況で、あえて同じジャンルを選ぶのか……大ヒットは狙いにくいと思うけどな」


「前作が成功したから、もう一度同じ方向性で勝負する。その判断自体は間違ってない。堅実ではあるし、少なくとも一定数の読者は最初から見込める」


 そんなことを考えながら、斎藤は涼介から渡された草稿を読み始めた。


 形式は今回も漫画のネームに近い。


 編集者である斎藤にとっては見慣れた形だ。


「……ただ、いくら草稿だからって、これは雑すぎないか?」


 斎藤の頬が引きつった。


 ノートには、人らしき何かが歪んだ線で描かれている。


 その横には、さらに抽象的な図形まである。


 おそらく怪物を描いたのだろう。


「……以前、留美子先生と組んだときも、こんなネームを渡してたのか?」


「うん。そこまで悪くないだろ? 意味が伝われば十分だと思うけど」


 涼介自身、自分に絵心がないことくらい分かっている。


 それでも凌乃には内容が通じていたのだから、問題ないと思っていた。


 ――高城留美子先生は、本当に天才だな。


 斎藤は眉間を揉みながら、改めてそう確信した。


 この落書き同然の絵から意図を読み取り、完成原稿に仕上げているのだ。


 相当な才能がなければ無理だろう。


 少なくとも斎藤には、涼介の絵が何を表しているのかほとんど理解できない。


 仕方なく、台詞と文章のほうへ意識を集中させる。


 ページをめくった。


 第1話は、主人公・鹿目まどかの夢から始まる。


 夢の中で、まどかは1人の魔法少女が戦っている光景を見る。


 涼介の絵では戦闘の迫力など想像しようもないが、台詞を追う限り、その魔法少女は明らかに追い詰められていた。


 その少女がもはや抵抗もできず、敗北しかけたところで、キュゥべえという可愛らしい謎の生物が現れる。


 そして、まどかに契約を持ちかけるのだ。


 ――僕と契約して、魔法少女になってよ。


「契約するマスコットか。この設定自体は、もう似た作品があるな」


 斎藤は思わず顔を上げ、涼介をちらりと見た。


 冒頭だけで作品の全体像が見えるものもある。


 だが、これがそれほど単純な作品とは思えない。


 少なくとも、数々のヒット作を生み出してきた目の前の少年が、今さら何のひねりもない企画を持ってくるとは考えづらかった。


「……このまま終わるわけがないよな」


 斎藤は続きを読み進めた。


 だが、読み進めれば進めるほど、眉間のしわは深くなっていく。


 その後の展開は、彼の予想と大きく変わらなかった。


 主人公の周囲で、いわゆる『魔女』による異変が起こり始める。


 そして、魔法少女という存在が少しずつ彼女の日常へ入り込んでくる。


「王道の導入か……このあと、ちょうどいいタイミングで契約して、魔法少女になって戦い始めるわけだな?」


 愛と正義。


 守ることと成長。


 この手の作品では、昔から何度も使われてきた王道だ。


 今の市場で見れば、あまりにも普通すぎる。


 高城留美子の作画がつけば、それだけである程度の視聴者は集まるだろう。


 だが、同じ作者によるヒット作がすでに2本ある以上、これでは弱い。


 新しいものがなければ、むしろ期待外れとして大きく失速する可能性すらある。


 実際、第2話の終盤まで読んだところで、斎藤は一度ノートを閉じかけた。


 それでも読み続けた理由は、ただ1人。


 暁美ほむらという魔法少女が気になったからだ。


 街を守っている巴マミとは違い、暁美ほむらは最初からキュゥべえを執拗に狙っている。


「最初から意味ありげに出している以上、こいつには何かある」


 彼女がなぜそんな行動を取るのか。


 その理由が気になり、斎藤は第3話へ進んだ。


 第3話の序盤も、まだ穏やかだった。


 鹿目まどかと美樹さやかは、巴マミに同行し、再び魔女退治へ向かう。


 その途中で、斎藤は巴マミが魔法少女になった経緯を知った。


 彼女はかつて交通事故に遭い、死にかけた。


 生きたい。


 その願いを叶えるためにキュゥべえと契約し、それ以来、ずっと1人で戦い続けてきたのだ。


「願いを叶える力は、とんでもなく大きい。けど……なんだ、この違和感は」


 斎藤の指が止まった。


 編集者としての勘が働き、前の2話に出てきた情報を頭の中で整理していく。


 この作品における魔法少女の仕組み。


 キュゥべえと契約すれば、どんな願いでも1つ叶えられる。


 その代わり、魔法少女となり、魔女を倒すために戦い続けなければならない。


「でも……その代償、奇跡みたいな願いと比べたら軽すぎないか?」


 そもそも、力を得ること自体が報酬と言ってもいい。


 少なくとも、斎藤がこれまで見てきた魔法少女ものでは、魔法少女は『選ばれた存在』として描かれることが多かった。


 変身して力を手に入れ、冒険する。


 このジャンルを好む視聴者なら、むしろ憧れる側の存在だろう。


「また出てきたか。暁美ほむら……」


 斎藤は次のページをめくった。


 黒髪の少女は、巴マミがまどかたちを連れて先へ進むのを止めようとする。


 今回の魔女は自分の獲物だと言い、さやかとキュゥべえも無事に連れ帰ると約束する。


 だが、巴マミにあっさり拘束されてしまった。


『今回の魔女は、これまでの奴らとはわけが違う』


 斎藤の目が、ほむらの台詞で止まった。


「戦う前の警告か……? こいつ、本当にどっち側なんだ?」


 ただ、ここまで読めば次の流れは想像できる。


 巴マミが敗北する。


 そして窮地に陥ったまどかが、キュゥべえと契約する。


「ここまで何度も鹿目まどかの素質が高いと強調してる。どう考えても、危機的状況で契約させるための前振りだろ」


 よくある展開だ。


 斎藤はそう判断しながら、続きをめくった。


 台詞を追っているうちに、物語が意図的に巴マミへ感情移入させようとしていることにも気づく。


 ここまで来れば、巴マミが危険に陥った瞬間、鹿目まどかは迷わず契約するのではないか。


 そう思っていた。


 だが数分後。


 ノートの最後のページまで読み終えた斎藤の表情は、完全に固まっていた。


 真正面から、思いきり殴られたような衝撃だった。


 頭の奥が、しばらく痺れたように動かない。


『これから本当に一緒に戦ってくれるの? ずっとそばにいてくれるの?』


『嬉しい……こんな幸せな気持ちで戦うなんて、初めて』


『もう何も怖くない』


『私、もうひとりじゃないもの』


「……」


 なんだ、この展開は。


 足元から這い上がってくるような震えが、斎藤の全身を包んだ。


「これは……」


 向かいに座る涼介は、目を細めながら笑っていた。


 何事もなかったかのようにコーヒーカップを持ち上げ、ひと口飲む。


「悪くないだろ?」


 斎藤は呆然としたまま頷いた。


 そして、もう一度ノートの最後の場面へ目を落とす。


 紙の向こうから滲み出してくるような、悪意。


 そう表現するしかなかった。


「……さすが、と言うべきなのか」


「高城留美子先生の絵がつけば……少なくとも、ここまでは大半の視聴者を引っ張れるだろうな」


「うん。だからこそ、ここまで来た瞬間の衝撃が大きくなるだろ?」


「俺はてっきり、『カードキャプターさくら』に近い方向性だと思ってた。甘く見てたよ」


 斎藤はノートを閉じた。


「この作品……ある意味では、前の2作以上かもしれない」


「下手をすれば、魔法少女というジャンルそのものに対する市場の認識を変えるぞ」


 個人的な好みだけで言えば、大人である斎藤は間違いなくこちらの作品を選ぶ。


「本当に、俺にこれの監督を任せるつもりなのか?」


 そう口では聞きながらも、斎藤の手はノートの上に置かれたままだった。


 返す気など、まるでないように見える。


「まあ、正確には俺との共同監督かな」


 涼介は笑った。


「それに、斎藤さんなら、この作品をちゃんと形にできると思ってる」


 そう言って、彼は手を差し出した。


「じゃあ――よろしくお願いします?」


 斎藤は迷わなかった。


 差し出されたその手を、しっかりと握り返した。



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