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ハーレム,俺の義妹が天才漫画家だった件  作者: 下級生


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80/106

第80話 気に入った?

早川留美は、東京最大級の島川書店の入口で落ち着かない様子で待っていた。


 店頭には大きなポスターが掲げられ、今回のサイン会の主役である『キノの旅』が大々的に宣伝されている。


 開始まで、あと40分。


 イベントの主役である以上、遅くとも30分前には到着してもらわなければならない。


 留美は人で埋め尽くされた店先へ何度も視線を向けたが、待っている人物の姿はなかなか見つからなかった。


 そのとき、ポケットの中で携帯電話が震えた。


 慌てて取り出し、画面を確認する。


 時雨沢先生からだった。


「もう会場には着いてます。たぶん早川さんから見て10時の方向にいるんですが……裏口ってありますか? 正面が完全に塞がれてて入れません」


「裏口ならあります。左手にあるデジタル機器修理店の脇の通路から回ってきてください」


 返信を送った留美は、もう一度人混みへ目を凝らした。


 今度はすぐに涼介の姿を見つける。


 彼はこちらに軽く合図を送ると、そのまま人波の向こうへ消えていった。


 ……


「嘘だろ……こんなに来るのか」


 涼介は内心で苦笑した。


 人、人、人。


 ざっと見ただけでは数える気にもならないほどだった。


 しかも店の前には綺麗に整列した列ができており、それがかなり遠くまで続いている。


 道を1本隔てた場所からでも見えたほどだ。


 正面から入ろうとすれば、文字どおり人の山をかき分ける必要がありそうだった。


 ようやく早川留美と合流すると、涼介は笑って声をかける。


「すみません、早川さん。少し遅れました」


 時間を見る。


 予定より5分遅れていた。


「大丈夫ですよ。ほんの少しですから」


 留美がそれを責めるはずもなかった。


 そもそもここまで人が集まると予想できていなかったのは、自分も同じだ。


「ちなみに、来てる人って何人くらいですか? まさか外にいる人、全員にサインするわけじゃないですよね?」


 さすがに涼介も確認せずにはいられなかった。


 サインを書くのも立派な肉体労働だ。


「だいたい1500人くらいですね。でも安心してください。整理券は500枚ほどしか配っていませんから」


「それならよかった」


 涼介はほっと息を吐いた。


 店側は朝から整理券を配布しており、それがそのままサインを受けられる順番になっている。


 整理券を手に入れられなかった者は、残念ながら今日は店の外から様子を眺めるしかない。


 留美に案内され、涼介はすぐにサイン会の会場へ入った。


 会場中央には長机が置かれ、その中心席が作者――『時雨沢恵一』のために用意されている。


 机の上には、黒いマスクとサングラスも置かれていた。


 涼介本人から顔を隠したいという希望があったため、留美が準備してくれたものだ。


「それでは時雨沢先生、私は最終確認に行ってきますね」


 留美はそう告げると、すぐにスタッフへの指示へ戻った。


 サイン会開始まで、もうそれほど時間は残っていない。


 今この店で一番暇なのは、おそらく主役である高城涼介本人だった。


 少し考えたあと、彼は携帯を取り出し、新垣瑠璃へメールを送る。


「今日は島川書店に来てる?」


 返信は驚くほど早かった。


 1分もしないうちに、携帯がぶるぶると震える。


 新垣瑠璃からだった。


「(;ω;)お兄様……」


「……」


 今にも泣きそうな顔文字だ。


 何があったんだ?


「何かあった?」


 すぐに返信すると、事情が返ってきた。


「かなり早めに来たつもりだったんです。朝9時から並んだのに、整理券をもらえませんでした……。今は外から見るしかないです」


「時雨沢先生の熱心なファン、本当に多いんですね。『キノの旅』があれだけ面白いんだから、他の人も同じ気持ちなのは当然なのに……もっと早く来るべきでした」


「(´;ω;`)完全に私の判断ミスです」


「仕方ないので、次の機会を待ちます……」


 ……


 島川書店の外。


 新垣瑠璃は落ち込んだ顔で携帯を握っていた。


 今日のサイン会のために、ずっと楽しみにしていた凌乃との約束まで断ったというのに、まさか整理券すら取れないとは思っていなかった。


 本当は、時雨沢先生と直接ほんの少しでも話してみたかった。


 そのために涼介にも頼み込み、わざわざ人づてにサイン会の日程まで調べてもらったのだ。


 きっと何かしら人脈を使ってくれたのだろう。


 そう考えると、お兄様には申し訳ない気持ちにもなる。


 瑠璃は人混みの向こうへ目を凝らした。


 しかしまだ入場は始まっておらず、店内の様子はまったく見えない。


 ブブッ――


 手の中で携帯が震えた。


 またメッセージが届いている。


「まだ店の前にいる?」


「はい。せっかく来たので、せめて一目だけでも見て帰ろうと思ってます」


 瑠璃はすぐに返信した。


「隣のデジタル機器修理店の前で少し待ってて。あとでプレゼントを届けるから」


「え?」


 少女は目を瞬かせた。


 プレゼント?


 ということは――


 お兄様も来ている?


 瑠璃は慌てて人混みの中を探した。


 だが、これほど人がいれば、見慣れた顔を探し出すのは難しい。


 仕方なく人波から抜け出し、言われたとおり隣のデジタル機器修理店の前へ向かった。


 島川書店の入口付近と違い、こちらは驚くほど空いている。


 立ち止まっているのは、向こうの騒ぎを気にしている通行人が数人いる程度だった。


 それほど待たないうちに、右側の通路から背の高い女性が姿を現した。


 きちんとしたスーツ姿。


 その女性は周囲を見渡すと、すぐに瑠璃へ視線を止める。


「新垣さんですか?」


「え?」


 見知らぬ女性から、いきなり名前を呼ばれた。


「はい、そうですけど……」


 女性は興味深そうに瑠璃を上から下まで眺めたあと、ポケットから1枚の『整理券』を取り出した。


 そして、それを差し出す。


 ……


 早川留美は、少しだけ気になっていた。


 数分前。


 高城涼介に呼び止められ、どうしても1枚だけ整理券を追加で用意してほしいと頼まれた。


 取り違えがあってはいけないと思い、留美は自分で届けに来たのだ。


 てっきり妹に渡すものだと思っていた。


 しかし、目の前にいる少女は想像とは違う。


 白いワンピースに、細い腰を引き締める茶色のベルト。


 黒髪は肩まで流れている。


 かなり整った顔立ちの美少女だった。


 自分の妹と比べても、まったく見劣りしないだろう。


 友達?


 それとも――好きな相手?


「そういえば、時雨沢先生も恋愛していておかしくない年頃なのよね……」


 この少女のためだけに、特例で整理券を追加する。


 もし外で待っている他のファンに知られたら、少し騒ぎになるかもしれない。


 そのため涼介は、こんな提案をしていた。


「だったら追加分は抽選にして、何枚か増やしましょう」


 その結果、整理券の番号は510番から一気に600番まで増えることになった。


 さっきまで「思ったより仕事量が多そうだな」という顔をしていたくせに。


 友人を入場させるためなら、自分からサインの枚数を増やすのだから面白い。


 若いっていいわね。


 少しだけ羨ましくなる。


 自分ももう少し若ければ――


 時雨沢恵一みたいなタイプは、案外好みだったかもしれない。


 文章の才能もある。


 性格も優しい。


 留美はそんなことを考えながら、整理券を新垣瑠璃へ差し出した。


「知り合いに頼まれまして。追加で発行した整理券です。どうぞ」


「いただいてもいいんですか?」


 瑠璃は目を見開いた。


 まさか、これがお兄様の言っていたプレゼント?


 サイン会の整理券を、あとから増やしてもらう。


 そんな特例、聞いたことがない。


 もしかしてお兄様は、時雨沢恵一と知り合いなのだろうか。


 それも、かなり親しい?


 そう考えれば、サイン会の日程を事前に知っていたことにも説明がつく。


「気にしなくて大丈夫ですよ。時雨沢先生の希望で、他にも抽選分を追加していますから。あとは中で待っていてください」


 新垣瑠璃はようやく整理券を受け取った。


 そして深々と頭を下げる。


 顔には隠しきれない喜びが浮かんでいた。


「本当にありがとうございます!」


「それじゃあ、私は戻りますね。もうすぐ始まりますから。また中でお会いしましょう」


 早川留美は笑って別れを告げ、そのまま島川書店の中へ戻っていった。


 しばらくすると、店頭から歓声が上がった。


 整理券を持っていなかったファンを対象に、追加分の抽選が始まったのだ。


 スタッフたちは懸命に列を整理しながら、当選結果を確認し、追加の整理券を配っていく。


「当たった! やった!」


「駄目だったかぁ……次回に期待するしかないな」


 喜ぶ声。


 残念がる声。


 そんな声を聞きながら、新垣瑠璃は自分の手にある整理券へ視線を落とした。


 そこに記されていた番号は――


 520番。


 自分だけは抽選ではない。


 最初から、確実に入場できる1枚を受け取っていた。


 ブブッ――


 再び携帯が震えた。


 差出人は――お兄様。


「気に入った? このプレゼント」

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