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ハーレム,俺の義妹が天才漫画家だった件  作者: 下級生


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第79話 初日完売

実際に遊んだプレイヤー本人の言葉ほど、強い宣伝はない。


 菊池翔太が喉を振り絞るように放った叫びは、数十メートル離れたスペースで販売に追われていた3人の耳にまで、はっきり届いていた。


 高城凌乃など、思わず肩を跳ねさせたほどだ。


「どうやら、体験版を遊んだファンみたいね」


 鳳凰院沙織はくすりと笑っただけで、特に気にした様子もない。


 mi Markeでは、この程度のことは珍しくなかった。


 ネットの掲示板なら、なおさらだ。


 自分の好きな作品を守るため、知らない相手と言い争う。


 そんな光景はいくらでもある。


「まあ、こうなるのも不思議じゃないわね。宣伝が十分だったとは言えないし、今のところ一番効いてるのは、やっぱり高城留美子の知名度みたいだし」


 五更真緒が金髪の少女へ意味ありげな視線を向ける。


「高城留美子の正体が、あなたみたいな幼稚な子だって知られたら、ファンもがっかりするでしょうね」


「それ、私を馬鹿にしてる?」


 高城凌乃はむっとして牙を剥くような顔をしたが、真緒はまるで気にしていない。


 2人が睨み合っていると、スペースの前にいた客の1人がこちらを見た。


「高城留美子先生はいらっしゃいますか?」


 声をかけてきたのは女性だった。


 年齢は凌乃や真緒より上で、鳳凰院沙織と同じくらいに見える。


「いません。今日は来てません」


 高城凌乃は一瞬の迷いもなく、自分の正体を否定した。


 冗談ではない。


 ここにはカメラを持ち歩き、コスプレイヤーを撮影している来場者も少なくない。


 自分が会場にいると知られれば、顔写真を撮られてネットに流される可能性だってある。


「そうですか……残念です」


 女性は少し肩を落としたあと、すぐに名乗った。


「東京工芸大学の井上莉奈と申します。こちら、私の連絡先です。大学の課題の関係で、機会があれば高城先生に一度お話を伺いたくて……よろしければ、お伝えいただけませんか?」


 井上莉奈は、数少ない体験版のプレイヤーだった。


 今日はそのためにわざわざ足を運び、運が良ければ本人に会えないかと期待していたのだ。


 もしここで縁を作ることができれば、自分の研究課題にとっても大きな助けになる。


「大学生なんだ。分かったわ、伝えておく」


 鳳凰院沙織は少し意外そうな顔をした。


 ゲームを買うためだけではなく、そんな目的で来る客までいるとは思っていなかったのだろう。


 それでも差し出されたメモを受け取り、ポケットへしまった。


「ありがとうございます!」


 ◇ ◇ ◇


 それから30分ほど経った頃。


 スペースの周囲には、空になった段ボール箱が大量に積み上がっていた。


「売れるの早すぎない!?」


 用意したゲームは全部で2500本。


 13箱近くあった段ボールも、今では残り3分の1ほどしかない。


 つまり、すでに2000本近くが売れたことになる。


 開場してから、まだそれほど時間は経っていない。


 もちろん、中には友人の分までまとめて買っていく客もおり、1人で複数本購入する者がいることも影響していた。


 それでも、異常な売れ行きだった。


 しかも長蛇の列は、短くなるどころか、いまだ終わりすら見えない。


 菊池翔太は、そんな列の中で不安そうに順番を待っていた。


「そんな焦るなって。もうすぐ俺たちの番だ」


 隣にいる鈴木宏樹がなだめる。


「俺たちのところまで来たとき、売り切れてたらどうしよう……俺のせいだ……」


 菊池翔太は少し落ち込んでいた。


 さっき余計なことを言わなければ、鈴木が元々並んでいた位置なら、とっくにゲームを買えていたはずだ。


 前に並ぶ人たちが次々と紙袋を手にして立ち去っていく。


 その姿を見るたびに羨ましさが募り、同時に不安も大きくなっていった。


 やがて、先ほど言い合いになった男の番が来た。


「ありがとうございます! 8000円になります!」


 鳳凰院沙織がゲームの入った紙袋を差し出す。


 男はそれを受け取ると、ふと後ろを振り返った。


「最初は買うか迷ってたんだけどさ。どこかの誰かが、あそこまで大声で勧めるもんだから……これは買うしかないかなって」


 明らかに翔太へ向けた言葉だった。


 菊池翔太は少しだけ顔を上げる。


 意外にも、男は笑っていた。


「あそこまで推すなら、さすがにハズレじゃないだろ」


 翔太が口を開こうとしたときには、男はもう背を向け、その場を離れていた。


 隣で鈴木宏樹がにやりと笑う。


「布教成功じゃん」


 正直なところ、鈴木も驚いていた。


 知らない相手とまともに話すことすら苦手な友人が、まさか雷みたいな大声を出すとは思わなかったのだ。


 遊ばなかったら絶対に後悔する。


 あの言葉を叫んだ翔太は、少し格好よくすら見えた。


 まあ、自分がネットで大勢を相手に論戦していた頃の半分くらいの勇姿、といったところだろう。


「からかわないでよ……ほら、俺たちの番だ」


 菊池翔太は穴があったら入りたい気分だった。


 あんな大声を出したせいで、一瞬にして周囲の視線が集まり、気を失いそうになったほどだ。


 今になって思い返すだけでも膝が震える。


 もし相手がもっと柄の悪い人間だったら、殴られていたかもしれない。


 怖すぎる。


「2本ですね。ディスクの絵柄、選びます?」


 鳳凰院沙織がスペースに並べたサンプルを指差した。


「ディスクごとに絵柄が違うんですよ」


 ただし商品はすべてシュリンク包装されているため、中身を確認してから選ぶことはできない。


 しかも5種類がランダムに箱詰めされているため、沙織自身もどの絵柄が入っているのか分からなかった。


 鈴木と菊池翔太は、それぞれ1本ずつ選ぶ。


「合計1万6000円になります」


 鳳凰院沙織から釣り銭を受け取り、ゲームの入った紙袋を手にした瞬間。


 菊池翔太の表情がようやく緩んだ。


「よかった……買えた!」


 これで家に帰れば、すぐに続きが遊べる。


 幸せすぎる。


 それに今日は、怖い人に絡まれずに済んで本当によかった。


 思い返せば、あのコンビニでだってそうだった。


 あの少年が親切に体験版付きの雑誌を譲ってくれなければ、自分はmi Markeへ来ることもなかったかもしれない。


 そうなれば、このゲームそのものを逃していた。


 翔太がそんなことを考えていると、隣からビリッとビニールが破れる音がした。


 振り向けば、鈴木宏樹はもうパッケージを開封している。


「げっ、運悪っ。衛宮じゃん」


 購入前、鈴木はわざわざ沙織に確認していた。


 ディスクの絵柄は全部で5種類。


 4人のヒロインと、主人公1人。


 その中でも、男主人公の衛宮士郎と、鈴木が一番気に入っている白髪の少女イリヤの絵柄は少なめらしい。


「誰が男なんか欲しがるんだよ……5分の1を引くか、普通?」


 鈴木は本気で列に並び直し、もう1本買おうかと考えた。


 だが後ろを振り返り、伸び続ける列を見る。


 すぐに諦めた。


 鳳凰院沙織の背後に積み上がった空箱の量を見ても、残りが少ないのは明らかだ。


 すぐ売り切れるだろう。


「くそ、最初から2本買っとけばよかった!」


「翔太、お前も開けてみろよ! 何が入ってる?」


「えっ? ここで?」


「いいから早く。気になるだろ」


 友人に押し切られ、菊池翔太は慎重にシュリンクを剥がし、ケースを開いた。


 中のディスクに描かれていたのは、紫色の冬服をまとった少女だった。


 スカートの裾をつまみ、優雅に一礼するような姿。


 白い長髪が肩から流れ落ちている。


 それを見た瞬間、鈴木宏樹が悲鳴を上げた。


「うわあああっ!?」


 翔太が引き当てたのは、まさに鈴木が一番欲しがっていたキャラクター。


 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンだった。


「なんでお前だけそんな運いいんだよ!」


 菊池翔太の顔には、思わず喜びが浮かんだ。


 ディスク表面のフィルム印刷は、紙ほど鮮やかではないものの、線は非常に繊細だった。


 しかも、一番数が少ない絵柄。


 かなり運が良かったらしい。


「まあ……中身は同じだし」


 鈴木宏樹は自分のケースを閉じ、紙袋へ戻した。


 必死に自分へ言い聞かせている。


 その何とも言えない顔を見て、菊池翔太は思わず笑ってしまった。


「お前なあ! 当たり引いたうえに俺を笑うのかよ! ほら、行くぞ。まだ他にも並ばないといけないところいっぱいあるんだから!」


 ◇ ◇ ◇


 mi Markeで3人が忙しく働いている頃。


 涼介はまだ家の食卓に座っていた。


 美惠子が用意した昼食を食べながら、携帯に届いたメールを確認している。


 サイン会の会場準備はすでに終わっていた。


 早川留美から連絡が届き、遅くとも午後2時半までには会場へ来てほしいとのことだった。


 時間にはまだ余裕がある。


 昼食を食べ終えてから家を出ても十分間に合う。


 それより凉介を驚かせたのは、鳳凰院沙織から届いた速報だった。


「もう売り切れた?」


 確か、mi Markeの一般入場開始は11時だったはずだ。


 壁の時計へ目を向ける。


 まだ12時を少し回ったばかり。


 午後から来る客など、まだ会場にすら入っていない頃だろう。


 鳳凰院沙織から、すぐに返信が届いた。


「どうも妹さんの知名度が想像以上だったみたい。それと、あなたの旗を立てる作戦もかなり効いたわ。遠くからでも一目で分かったから、気になって列に並んだって人が結構いたの」


「そうか」


 なら悪くない。


 理由が何であれ、初日は最高の滑り出しだ。


 午前の部が終わるより前に完売したのだから。


「2500本、売上は合計2000万円。時雨沢、これで開発費はもう回収したわ。しかも倍近く利益が出てる」


「予定どおり追加生産する? まだ列に残ってる人もかなりいるし、ちゃんと告知すれば次も売れると思う」


 凉介はすぐに返信した。


「もちろん!」


 当初の計画どおりだ。


 ディスクの生産には時間がかかる。


 すぐに追加で5000本を発注する。


 鳳凰院沙織とのやり取りを終えると、凉介は箸を置いた。


 昼食を終え、自室へ戻る。


 簡単に身支度を整え、出かける準備をした。


「さて――次はサイン会だな」

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