表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハーレム,俺の義妹が天才漫画家だった件  作者: 下級生


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
73/111

第73話 Dream Chaser

翌朝。

 高城家の食卓では、兄妹が向かい合って朝食を取っていた。


 美恵子がキッチンで食器を片づけている隙を見て、凌乃が身を乗り出す。


「ねえ。昨日、瑠璃に何を言ったの?」


 瑠璃から、約束の日を変更したいというメールが届いたらしい。


 急にどうしても外せない大事な用事が入ったため、月末に延期してほしいとのことだった。


 凌乃は目の前の兄を疑わしそうに見つめる。


 昨夜ずっと考えていたものの、どうして突然こんなことになったのか、まるで分からなかった。


「都合がよくなったんだから、いいじゃないか。それと、M展の初日は俺も行けなくなった。別の用事が入ったからな。向こうが忙しそうなら、時間があるときにフェニックス院を手伝ってやってくれ」


「はあ? そんな大事な日に、あんたまでいなくなるの?」


 凌乃の顔色が変わった。


 涼介がいない状態で、あの女巨人と2人きりで行動するなど、とてもではないが気が休まらない。


「待って。まさか、瑠璃と2人で会うつもりじゃないでしょうね?」


「そういう認識でも間違ってない。とにかく、彼女を12日に別の場所へ連れ出すために、俺もM展には行けなくなった」


 涼介はあっさり頷いた。


 サイン会を開く以上、作者である自分が会場にいないわけにはいかない。


 一方、M展の初日は2000本のディスクを販売するだけだ。


 自分が欠けても、出展自体は十分回せるだろう。


「何なのよ、2人して妙に秘密っぽくして……」


 凌乃は不満そうに小さく呟いた。


 昨夜、瑠璃にも理由を聞いてみたが、珍しく歯切れが悪く、詳しいことは教えてくれなかった。


 ただ、M展の初日に参加できるようになったことが嬉しくて、そのときは深く追及しなかっただけだ。


 そして涼介も、どう見ても事情を話すつもりはない。


「とにかく、約束の件は解決した。共同制作者なんだから、当日はちゃんと手伝ってくれよ。フェニックス院1人じゃ大変だろうから」


「分かってるわよ。そんなこと、あんたに言われなくてもやるし」


 凌乃は腕を組み、ふん、と顎を上げた。


 涼介は席を立ち、そのまま自室へ戻ろうとする。


 その背中へ、妹の声が飛んできた。


「ちょっと待って……」


 金髪の少女は両手を背中に回し、どこか落ち着かない様子で立っていた。


「まだ何かあるのか?」


「別に、大したことじゃないけど……」


 凌乃は少し俯き、背中で指を絡ませる。


「今回のこと……ありがと」


 何にせよ、この件で長いこと悩んでいたのは事実だ。


 涼介がどうやって解決したのかは分からない。


 それでも、かなり助かった。


 ずっと楽しみにしていたステージを現地で見られなくなれば、間違いなく後悔していただろう。


 だからこそ、その一言は心からのものだった。


 凌乃の言葉を聞き、涼介は一瞬きょとんとした。


 やがて口元が緩む。


「礼を言うなら、せめて土下座して頭くらい下げてもらわないとな」


「え……?」


 凌乃は2秒ほど固まった。


「……はあ?」


 土下座?


 頭を下げる?


 頭の中でその意味を反芻する。


 ……って、何を真面目に考えてるのよ私!


 今どき誰がそんな礼の仕方するのよ。


 どう考えても、からかわれてるだけじゃない!


 凌乃は勢いよく顔を上げ、涼介を睨みつけた。


「あんた、調子に乗るのもいい加減にしなさいよ!」


「はは」


 涼介は軽く笑い、背中越しに手を振って階段を上がっていった。


 半年前に妹の秘密を知ってから、涼介なりに凌乃のことは随分と気にかけてきた。


 だが、真正面からこうして礼を言われたのは初めてだ。


 唐突すぎて、こちらのほうが落ち着かないくらいだった。


「少しは成長したな。ちゃんと礼が言えるようになった」


 ◇ ◇ ◇


 今年の8月は、とりわけ暑かった。


 夜の9時が近いというのに、肌にはまとわりつくような湿気が残っている。


 千葉マリンスタジアム。


 会場全体が音楽に包まれ、華やかな衣装に身を包んだ4人の少女が、ステージ上で踊っていた。


 激しいドラムの音が観客を煽り、巨大な人波がひとつのうねりとなって揺れる。


 1曲を歌い終えると、会場から盛大な拍手が巻き起こった。


 4人が舞台袖へ下がったあとも、早川静香の心臓は激しく鳴り続けている。


 こんなに大きなステージに立つのは初めてだった。


 無事に最後までやり切れた。


 それだけで、今は胸がいっぱいだった。


「静香って、本当に歌が安定してるよね……はぁ……。あんなに激しく踊ってるのに、全然息が乱れないし」


 朝倉未来が肩で息をしながら言った。


「しかも全然緊張してるように見えなかった。今日、お客さん多すぎるよ。私、出た瞬間に足が震えそうだったもん」


「分かる……。私も怖くて、途中で振りを間違えかけた。あとで伊東さんに怒られそう」


 4人は顔を見合わせ、そろって苦笑した。


 3日前。


「Dream Chaser」と名付けられた彼女たちのグループは、マネージャーの伊東慎平から突然連絡を受けた。


 大きなステージへ出演できる枠を取れたという。


 有名ロックミュージシャンのMixが主催する夏の音楽フェス。


 本来出演予定だった事務所所属のゲストが、ダンス練習中の怪我で出演できなくなり、その代役として急遽彼女たちに出番が回ってきたのだ。


「若いっていいわねえ。曲もグループ名も、すごく合ってる。いい歌じゃない」


 4人が休んでいると、いつの間にか1人の女性が傍らに立っていた。


 鏡片を大量にあしらった、眩しいほど派手なドレス。


 ピンク色の髪を後ろでまとめ、背中には奇抜な形のギターを背負っている。


「え?」


 真っ先に反応したのは静香だった。


「ありがとうございます、先輩」


「夢を追う、か。昔の自分を見てるみたいで、ちょっと感動するわ」


 女性は楽しそうに笑う。


「頑張ってね。私は好きよ、あなたたち。機会があったら、この曲を書いた人とも会ってみたいわ。案外、話が合いそう」


 そう言い残し、女性は足早にその場を離れていった。


 そのまま通路を抜け、ステージへ向かう。


「うそ……今のMixさんだよね?」


「私たち、Mixさんの直前に歌ってたの?」


 4人が驚いている間にも、舞台の向こうから地鳴りのような歓声が響いた。


 エレキギターが鳴り響いた瞬間、巨大な会場全体に火がついたかのように沸騰する。


「す、すご……!」


 朝倉未来は思わず口元を押さえた。


「さすが大先輩……人気が桁違いだね」


 そんな会話をしているところへ、伊東慎平が舞台裏へ入ってきた。


 パンパン、と手を叩く。


「お前たちの出番は終わりだ。今日はよくやった」


 メンバーたちは少し身構えた。


 ステージ上で細かなミスもあった。


 当然、何か言われると思っていたのだ。


 だが、伊東から出てきたのは叱責ではなく、労いの言葉だった。


「初めての大舞台で、最後まで崩れずにやり切った。それだけで十分、期待以上だ」


 伊東は4人を順に見渡す。


「特に静香。今日はかなり良かった」


「ありがとうございます」


「今日の経験は忘れるな。お前たちにとって、かなり大きな財産になる」


 そこで伊東は話を切った。


「よし。荷物をまとめろ。東京へ戻るぞ」


「はい!」


 マネージャーの指示を受け、3人はすぐに私物をまとめ始めた。


 ただ、静香だけは少し迷っていた。


 その様子に気づいた朝倉未来が近づいてくる。


「もしかして、会いに行こうとしてる?」


「せっかく千葉まで来たし……少しくらい挨拶してもいいかなって」


 グループ結成後、静香と未来はかなり親しくなっていた。


 今ではほとんど親友に近い。


 涼介のことも、ある程度は話している。


 静香は彼と長いこと会っていなかった。


 当初は、新学期になれば学校で自然に会えると思っていた。


 だが、仕事は日に日に忙しくなっている。


 このままでは、そもそも入学後にまともに登校できるかさえ怪しい。


「今日はやめときなよ。明日も練習あるでしょ? また会えるって」


 未来は静香の肩を軽く叩いた。


「今ここで言い出したら、伊東さんに怒られるかもしれないし」


「……そうだね」


 静香は少し残念そうに笑い、諦めることにした。


 やがて全員が送迎車へ乗り込み、エンジンがかかる。


 車が夜の道路を走り出したところで、伊東慎平の携帯電話が鳴った。


 短いやり取りを終え、伊東は後部座席の4人を振り返る。


「今日の出来は悪くなかった。次の仕事も決まったぞ」


 少女たちが一斉に顔を上げる。


「今月半ば、M展の3日目にステージ出演だ。『月魔女変身』のアニメ主題歌を歌ってもらう。事務所側ですでに楽曲の使用許可は取ってある」


「明日から振付師も入る。しっかり仕上げろよ」


「はい!」


「え?」


 静香だけが小さく声を漏らした。


 M展。


 記憶が間違っていなければ、高城涼介が以前、自分に音楽制作を依頼したあのゲームも、そのイベントで発売されるはずだった。


「ふふ……」


 静香の口元が、自然と緩む。


「思ってたより早く会えそう」


 さっきまで少し沈んでいた気持ちが、一気に明るくなる。


 彼女の中で、M展の日がほんの少しだけ特別なものになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ