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ハーレム,俺の義妹が天才漫画家だった件  作者: 下級生


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第69話 少女の悩み

 島川ビルの隣にある喫茶店。


 高城凌乃は退屈そうに頬杖をつき、ガラス窓の向こうを行き交う人々へぼんやりと視線を漂わせていた。


 アニメ化に関する打ち合わせは、ふたりが想像していたよりもずっと早く終わった。


 『クロウ・リードのルナ』と約束した時間までは、まだ30分以上ある。


 かといって、何か別のことをするには微妙な空き時間だ。


 結局、近くの店に入り、時間を潰すことにした。


 涼介は店内に置かれていた無料閲覧用のファッション誌をめくっていた。


「けっこう頑張ってるんだな」


 ページの中に、見覚えのある顔を見つけた。


 凌乃の友人である、新垣瑠璃だった。


 写真の中の彼女は、淡いベージュの麦わら帽子をかぶり、チェック柄のフリル袖ブラウスにデニムのスカートを合わせている。


 表情にはどこか茶目っ気があり、年相応の瑞々しさがそのまま紙面から溢れ出してくるようだった。


 正直なところ、涼介が思い描く『妹らしい女の子』というイメージに、これ以上ないほどぴったりだった。


 明るく、可愛らしく、それでいて清楚。


 思わず、向かいに座っている凌乃へ視線を向ける。


「……何よ、その目。絶対ろくなこと考えてないでしょ」


 視線に気づいた凌乃が、不機嫌そうに唇を尖らせた。


「いや、気のせいだ」


「だったらいいけど」


 凌乃は小さく鼻を鳴らしたあと、雑誌のページに気づいて視線を落とした。


「そういえば、先週、瑠璃に12日に買い物へ行こうって誘われたのよね。どう断ろうか悩んでる」


「どうして断るんだ? 仲のいい友達なんだろ?」


 涼介は不思議そうに顔を上げた。


「M展が8月の中旬なの、忘れたの? しかも12日は初日よ。松井菜々子さんのステージがあるんだから。初日に見逃したら……」


 凌乃は頬を膨らませ、恨めしそうに涼介を睨んだ。


「松井菜々子?」


 どこかで聞いた名前だ。


 M展では毎回、アイドルや声優を招いたステージイベントが開催されている。


 3日間それぞれ出演者が変わり、それ自体が集客の目玉にもなっていた。


 今回の出演者一覧にも、確か『月魔女変身』という見覚えのある文字があったはずだ。


「私の作品で主人公を演じてる声優さんよ。現地で主題歌を歌ったり、トークイベントをやったりするの」


 そこまで聞いて、涼介もようやく思い出した。


 以前、『Fate/stay night』の声優を選んでいたとき、凌乃が彼女を起用したいと言い出し、予算不足を理由に却下したことがある。


「そこまで見たいなら、瑠璃と相談して日をずらしてもらえばいいだろ。適当に理由をつければいい」


「それができれば苦労しないわよ。瑠璃、最近はモデルの仕事がすごく忙しいの。やっと空いた日が12日なのよ」


 凌乃は不満そうに続ける。


「それに、あんたのゲームの原画を急いでたせいで、受験前の数か月は学校以外でほとんど瑠璃と会えてなかったし」


 その時期、凌乃は使えそうな言い訳を片っ端から使い尽くしていた。


 今さら、まともな理由もなく断るのは難しい。


 何より、大切な親友からの誘いだ。


 凌乃自身、断りたくないという気持ちも強かった。


 涼介は思わず苦笑した。


 なるほど。


 少し前から、新垣瑠璃が何かと涼介へメッセージを送り、凌乃の様子を尋ねてきていた理由はこれだったのか。


 仕事場へ通う回数が増え、漫画原稿とゲーム用原画を同時に進めていたのだから、友人と遊ぶ時間などほとんど残っていなかった。


「というか、お前、このままだといずれ隠しきれなくなるぞ」


 涼介は心の中でため息をついた。


 彼自身は、galgameや成人向け漫画が好きだからといって、それを異常な趣味だとは思っていない。


 誰にだって、人には言いづらい趣味のひとつやふたつはある。


 ただ、この時代では、そうした趣味が世間一般から好意的に受け止められていないだけだ。


 新宿の歌舞伎町では、ホストクラブも風俗店も堂々と商売をしている。


 そうしたものが社会の一部として存在している以上、二次元の成人向け作品だけを極端に忌避するのも妙な話ではあった。


「何言ってるのよ。瑠璃はオタクが大嫌いなのよ? 知られたら、友達ですらいられなくなるかもしれないじゃない」


 凌乃は肩を落とした。


 彼女も、瑠璃に自分の趣味を打ち明けようと考えたことはある。


 実際、一度はそれとなく話題に出してみた。


「そのとき……ゴミ扱いされたのよ……。絶対に知られるわけにはいかない」


「てっきり覚悟してるものだと思ってたけどな」


 涼介は何気なく言った。


「今回のゲーム、お前は原画担当として『高城留美子』の名前をそのまま出してるだろ。売れれば、そのうち新垣の耳にも入るんじゃないか?」


 オタク文化と漫画業界の読者層には、それなりの重なりがある。


 情報が広がるのは時間の問題だ。


 しかも涼介の知る限り、新垣瑠璃は『高城留美子』の活動を継続的に追っている。


 いずれ気づく可能性は高かった。


「……」


 凌乃は数秒、完全に固まった。


 そして。


 みるみるうちに顔から血の気が引いていく。


「……お前、まさかそこまで考えてなかったのか?」


「……今から変えられない?」


 凌乃の声が震えた。


「女巨人に頼んで、徹夜で全部直してもらうとか!」


 明らかに焦っている。


 ファンに知られること自体は構わない。


 だが、新垣瑠璃だけには絶対に知られたくない。


「現実逃避はやめろ。もうかなりの数の体験版が出回ってる。今さら名前を変えても遅い」


「うぅ……」


 凌乃は傷ついた小動物のような声を漏らし、そのままテーブルに突っ伏した。


 両手で頭を抱え、金色の髪をぐしゃぐしゃとかき回している。


 涼介はその姿を見て、危うく笑いそうになった。


 『Fate/stay night』の体験版を完成させる前、スタッフ表記をどうするか確認したときのことを思い出す。


 新しいペンネームを用意するかと聞いた涼介に、凌乃は迷いなく断った。


 絵を描くなら堂々と描けばいい。


 18禁だから何だというのか。


 あのときは、確かそんなことを言っていた。


 今になって慌てるあたり、いかにも凌乃らしい。


 その点、涼介は最初から別名義を用意している。


 原作者への敬意という意味もあったが、面倒な批判や恨みを直接受ける危険を避ける意味でも都合がよかった。


 いずれ会社を立ち上げれば、作品はすべて会社名義の企画として扱える。


 仮に炎上しても、本人にまで簡単にはたどり着かない。


 成人後に両親へ事情を明かすとしても、未成年の頃から18禁作品の脚本を書いていたと直接知られるよりは、ずっと面倒が少ない。


「そんな格好してると、サイトの管理人が来たとき笑われるぞ」


「放っておいてよ! そんなこと気にしてる場合じゃないんだから……瑠璃に知られたら本当に終わる……」


「そこまで心配しなくても、今すぐ知られるわけじゃない」


 涼介は落ち着いた声で言った。


「それに、一生隠し通すわけにもいかないだろ。親友にずっと嘘をつくのも疲れるぞ」


「……」


「今回の買い物の件なら、俺が何とかしてやる」


 ◇ ◇ ◇


「さっき、買い物の件は何とかするって言ってたけど、どうするつもり?」


 凌乃はしばらくしてようやく立ち直ったらしい。


 まだ唇を尖らせ、不満そうな顔はしているものの、先ほどのような絶望感は薄れていた。


「そこは気にしなくていい。俺から一度、新垣に話してみる」


「何よそれ。変なこと言わないでよ。バレたら本当に面倒なんだから……」


 凌乃は不安そうに眉を寄せる。


 涼介がどうやってこの状況を解決するつもりなのか、まったく想像できない。


「安心しろ。お前の秘密を話すつもりはない」


 涼介がそう答え、もう少しからかってやろうかと思ったところで、視界の端にひとりの少女が映った。


 地味な服装をした、小柄な少女だった。


 彼女は店内へ入り、辺りを見回している。


「まあ、この話はあとだ。そろそろ約束の時間だ」


 涼介が視線で示す。


 凌乃は一瞬きょとんとしたあと、その方向へ振り返った。


 涼介は大きく手を上げた。


「こっちです! クロウ・リードのルナさん!」


 周囲の客から奇妙な視線を向けられても、まったく気にする様子はなかった。


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