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ハーレム,俺の義妹が天才漫画家だった件  作者: 下級生


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第66話 最後の審判

ネタバレというものは、一度やれば気持ちがいい。


 ならば、何度やっても気持ちがいいに決まっている。


 こちらの言葉を信じないのなら、あとは本人に確かめてもらえばいい。


 涼介は管理人からの返信を待つことなく、ブラウザを閉じた。


 『カードキャプターさくら』について、彼の記憶は今も鮮明に残っている。


 なかでも、クロウカード編の終盤は忘れようがなかった。


 すべてのクロウカードが封印され、ケルベロスが本来の姿を取り戻し、もうひとりの審判者である月の出現を告げる。


 そして、意識を失った月城雪兎が光に包まれ、宙に浮かびながら魔法陣の中央へ運ばれていく。


 あの瞬間、幼かった自分がどれほどの衝撃を受けたことか。


 涼介はパソコンの電源を落とし、部屋を出ようとした。


 そのとき、ベッドで眠っている凌乃が寝返りを打ち、足で布団を蹴飛ばした。


 涼介は薄手の掛け布団を引き寄せると、彼女の腹部が冷えないよう、そっと掛け直した。


 ◇ ◇ ◇


 翌日の夕方。


 東京、渋谷。


 五更真緒は制服に着替え、レジカウンターの前に立っていた。


 彼女がアルバイトをしているのは、『藤井』という焼肉店だ。


 もうひとりの従業員と交代しながら、レジと接客の両方を担当している。


 しかし今日の真緒は、どこか上の空だった。


 その様子は、通りかかった同僚にもすぐ気づかれてしまった。


「真緒ちゃん、具合でも悪いの?」


 名前を呼ばれ、真緒はようやく我に返ったように顔を上げた。


 慌てて首を横に振る。


「大丈夫です。少しぼんやりしていただけで……すみません」


「そう? でも、もう少し気を引き締めたほうがいいよ。店長に見つかったら、絶対に怒られるから」


「はい」


 真緒はうなずき、その同僚が離れていくのを見送った。


 勤務終了まで、あと3時間。


 だが彼女の頭の中は、『カードキャプターさくら』の続きでいっぱいだった。


 昨日、掲示板に現れた『CLAMP』を名乗る人物は、審判者である月の正体が月城雪兎だと言った。


 真緒には、到底信じられない話だった。


 月城雪兎?


 そんなはずがない。


 月の正体は、観月歌帆先生ではないのか。


 ケルベロスも、彼女から並外れた『月の力』を感じるとはっきり口にしていた。


 ならば審判者は、どう考えても観月先生のはずだ。


 雪兎はただの人間で、木之本桜が憧れている相手として物語に登場しているだけではないのか。


 真緒が理解できないのは、そこまで分かりやすい伏線が張られているにもかかわらず、なぜ相手が観月歌帆の名前を出さなかったのかという点だった。


 もし相手が「月の正体は観月歌帆だ」と言っていたなら、原作者を名乗る発言にも少しくらい信憑性を感じていたかもしれない。


「仕事中なんだから、余計なことは考えないようにしないと。帰りに最新号を買えば、全部分かるんだから」


 真緒は鼻の付け根を指でつまみ、無理やり意識を切り替えた。


 そして笑顔を作り、会計にやってきた客を迎えた。


 ◇ ◇ ◇


 仕事が終わった頃には、すっかり日が暮れていた。


 時刻は午後9時。


 交代で入る同僚に挨拶を済ませ、私服に着替えた真緒は、焼肉店を出た。


「夜勤に入れればいいんだけどな。時給も300円上がるし……」


 現在の時給は1500円。


 学生であるため勤務時間に制限があり、週に4日しか入れない真緒にとって、時給の差は大きかった。


 夜は客足が最も増える時間帯だ。


 当然、賃金も高くなる。


 しかし夜勤をすれば、家に帰って弟や妹の面倒を見ることができない。


 母親も夜の仕事に出ているため、弟妹の入浴や寝かしつけは真緒が担当しなければならなかった。


 彼女は自転車にまたがり、急いで家へ向かった。


 5キロほど走ったところで、自宅近くのコンビニに立ち寄る。


 そこで島川Magazineの最新号を購入し、鞄へしまった。


 手に入れた瞬間から読みたくてたまらなかったが、この時間帯は酔っ払いも多い。


 道端で絡まれでもしたら面倒だ。


 早く帰るに越したことはない。


 真緒は再びペダルを踏み込んだ。


 ◇ ◇ ◇


 自転車を古びた一戸建ての庭に停め、真緒は鞄の中から鍵を探した。


 この家は、父が生前に高い金を払って購入した土地に建っている。


 住宅ローンは、まだ数年分残っていた。


 母と娘が身を粉にして働いているのも、この家を手放さずに済むようにするためだった。


「ただいま!」


「おかえり、お姉ちゃん!」


 玄関を開けると、弟と妹が仲良く迎えに来た。


「裕介と葵、ちゃんと宿題は終わらせた? あとでお姉ちゃんが確認するからね」


「うん!」


 五更家の兄妹は、そろって顔立ちが整っている。


 ふたりともまるで人形のように愛らしく、きらきらした瞳で姉を見上げていた。


 ときおり、その視線が真緒の肩に掛けられた鞄へ向かう。


 期待を隠せていない。


「漫画が読みたいの?」


 真緒が尋ねると、ふたりは勢いよく何度もうなずいた。


 これは五更家の恒例行事だった。


 雑誌の発売日になると、真緒が漫画雑誌を買って帰り、弟と妹と一緒に読む。


「先にお風呂に入ってきて。宿題を確認したら、一緒に読もうね」


「お姉ちゃん、大好き!」


 元気よく返事をする弟妹を見て、真緒の目元も自然に緩んだ。


 ◇ ◇ ◇


 寝室でパジャマに着替えた真緒は、布団の真ん中に横になった。


 左右には弟と妹が寄り添い、彼女の手元にある漫画雑誌を食い入るように見つめている。


『さくら、名前を書けば、すべてのクロウカードの封印が完成するで』


『ワイは、さくらなら必ずやり遂げられるって信じとる』


 桜が【地】のカードへ名前を書き込もうとしたとき、ケルベロスはどこか含みのある言葉を口にした。


 真緒は次のコマに、観月先生の姿が描かれていることに気づいた。


 やっぱり、そういうことだ。


 彼女こそが審判者の月なのだろう。


 つまり、あの『CLAMP』を名乗った人物は、でたらめを言っていただけだ。


 真緒はわずかに胸をなで下ろし、続きを読む。


『そういえば、さくらちゃんが持ってるカードもあれば、李君が持ってるカードもあるよね』


『その場合、正式なクロウカードの持ち主は、どちらになるのかな?』


 漫画の中で、傍観者である大道寺知世が疑問を口にした。


 それは読者である真緒も、以前から気になっていたことだった。


「正式な持ち主は、絶対に木之本桜だよね。でも一部のカードは李小狼が持ってるから……審判者の立ち会いで戦うことになるのかな?」


 作品名は『カードキャプターさくら』。


 主人公が桜である以上、彼女こそが正当なカードの主であることに疑いはない。


『すぐに分かるで。あいつが現れればな』


 桜が【地】のカードの下部へ自分の名前を書き込む。


 そのページの最後には、木の葉が風に舞う様子が描かれていた。


「風が吹いた……もう始まるんだ」


『観月歌帆:最後の審判が……始まる』


 待って。


 何かがおかしい。


 真緒の胸に、嫌な予感が広がった。


 もし観月歌帆が自分の予想どおり審判者の月なら、こんな台詞を彼女自身が口にするはずがない。


 真緒の指はページの端で固まり、それ以上動かなかった。


「お姉ちゃん、早くめくって!」


「続き、続き!」


 弟と妹が待ちきれない様子で催促する。


 真緒は困惑しながらも、ゆっくりと次のページを開いた。


 そこに描かれていたのは、物語の序盤で桜が【眠】のカードを使い、眠らせていた月城雪兎だった。


 雪兎の全身が柔らかな光に包まれ、巨大な魔法陣の中心へと浮かび上がっていく。


 背中から真っ白な翼が現れ、その身体を完全に包み込んだ。


 そして次のコマ。


 翼が再び開かれる。


 宙に浮かぶ足先。


 肩から流れ落ちる白銀の長髪。


 舞い散る木の葉の向こうから、凍りつくように冷たい瞳が姿を現した。


『この人は……?』


 漫画の中で、木之本桜も呆然とした表情を浮かべている。


『ケルベロス:こいつが月や』


「…………」


 真緒の表情は、漫画の中の主人公とほとんど同じだった。


 だがすぐに言葉の意味を理解し、大きく目を見開く。


 思わず片手で口元を覆った。


「嘘でしょ……」


 本当に、あの人物の言ったとおりだった。


 いや、違う。


 相手が原作者なら、この展開を知っていても何もおかしくはない。


 審判者である月の正体は、月城雪兎。


 五更真緒は、目の前が真っ暗になるような感覚に襲われた。


 前日の夜、自分が大好きな作者である高城留美子と延々言い争い、挙げ句の果てには偽物とまで罵った。


 それだけでも十分すぎるほど重大な問題だ。


 だが、それ以上に真緒を打ちのめしたことがある。


 自分は――


 物語最大の秘密を、発売前にネタバレされてしまったのだ。


 左右にいる弟と妹は、予想外の展開に目を輝かせている。


 しかし真緒には、ふたりのような驚きも興奮も湧いてこなかった。


 答えを先に知ってしまっていたせいで、物語の衝撃を心から味わうことができなかったのだ。


「この感じ……最悪すぎる……」


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