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ハーレム,俺の義妹が天才漫画家だった件  作者: 下級生


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第65話 贋物

五更真緒は、ひどく疲れていた。


 進学を控えた多くの学生にとって、夏休みは気楽で楽しいものだ。


 だが、彼女にはそんな余裕はない。


 父は去年、過労の末にこの世を去った。母ひとりの収入だけでは家計を支えきれず、真緒も生活を支えなければならなかった。


 ついさっきまでコンビニでアルバイトをし、帰宅してからは弟と妹を寝かしつけ、ようやく自分の時間を確保してサイトの管理を始めたところだった。


 ――L land/H game集会所。


 このサイトは、彼女が一から作り上げたものだ。


 その才能は、亡き父から受け継いだ。


 父は大手企業でWebエンジニアとして働き、急速に発展するインターネットの世界を最前線で見続けてきた人物だった。幼い頃から真緒に興味を持たせ、知識を教え込んでくれたおかげで、彼女は同年代では群を抜く知識を身につけていた。


 もっとも、今の彼女にできることには限界がある。


 父が生前に残してくれた機材を使い、なんとか採算が取れる程度のサーバーを維持しているが、運営資金の大半は掲示板利用者たちの善意による寄付頼みだった。


「ただでさえ疲れてるのに、なんでこんなのに当たるかなぁ……」


 真緒はため息をついた。


 最初にDMを見たときは、正直かなり嬉しかった。


 この掲示板を作った理由は、同じ趣味を持つ仲間を集め、ギャルゲー好き同士が交流できる場所を作るためだった。


 しかし最近は利用者が増え、維持費も右肩上がりになっている。


 もし広告掲載の依頼なら、今の苦しい状況を少しは改善できるかもしれない――そう期待した。


 だが、相手から送られてきた内容を見た瞬間、その期待は失望へと変わった。


「冗談でしょ……」


 適当な原画家の名前でも書いてあれば、まだ受ける気になったかもしれない。


 なのに、よりにもよって――


 **高城留美子。**


 島川の看板漫画家が、18禁ギャルゲーの原画を描く?


 そんなことをするのは、よほど金に困っているか、評判なんて気にしないイラストレーターくらいだろう。


 18禁ゲームの原画を担当するというのは、アイドルがアダルト業界へ転身するようなものだ。


 少なくとも世間からの印象は悪くなる。


 人気漫画家の名前を利用して、話題集めでもするつもりなのだろうか。


 ゲーム自体の存在は疑っていない。


 例の炎上スレには、すでに体験版のテキストがいくつも転載されており、存在そのものは証明されていた。


「物語としては断片しか読めないけど、設定はかなり面白そう。でも、それとこれとは話が別」


 広告料欲しさに、『高城留美子』を名乗る偽物の宣伝をする?


 そんなことをするくらいなら、サイトを閉鎖したほうがまだマシだった。


 なにしろ彼女は――


 『カードキャプターさくら』の大ファンなのだから。


 DM欄には、相手が臆面もなく「自分が高城留美子本人です」と名乗り、「サインもできますよ」とまで書いている。


 真緒は少し考え、短く返信した。


『申し訳ありませんが、お断りします。偽物の宣伝をするつもりはありません』


「偽物?」


 画面を見た高城凌乃は、小さく首をかしげた。


 さっきまでは話を聞いてくれる雰囲気だったのに、どうして急に断られたのだろう。


『ここまで鈍い人も珍しいですね。私のハンドルネームを見れば意味くらい分かるでしょう? 作者のファンの前で有名漫画家を騙るなんて、恥ずかしくないんですか?』


「えっ?」


 凌乃はようやく理解した。


 相手は、自分の正体をまったく信じていないのだ。


「誰が鈍いって? 私は誰にも成りすましてないよ。本物の高城留美子なんだから」


 頬を膨らませ、不満そうに唇を尖らせる。


 まさか正直に名乗った結果、こんな反応が返ってくるとは思わなかった。


 何なの、この人。


 本当のことしか言ってないのに、なんでこんなに噛みつかれるの?


『あなたみたいな人とは話すことはありません』


 その一文を送信すると、五更真緒はそれ以上返信せず、管理者権限で相手のアカウントを即座に停止した。


「もうっ、腹立つ!」


 画面中央に『アカウントが停止されました』と表示され、凌乃は思わず机を叩いた。


 偽物扱いなんて。


 絶対に本人だって証明してやる。


 そう決めた彼女は、新しいアカウントを登録し直し、再び管理人へDMを送った。


 ◇ ◇ ◇


 一夜明け。


 涼介は妹の顔を見るなり、思わず目を丸くした。


 金髪の美少女は見るからに寝不足で、まるで徹夜でもしたかのように目の下へ薄く隈を作っている。


「昨日、夜更かしするなって言ったよね?」


「それが言いたいなら、全部あんたのせいだから!」


 凌乃はむっと頬を膨らませた。


「変なサイトで宣伝なんかしようとするから!」


 昨夜、彼女は何十個ものアカウントを作り直し、その管理人と延々DMで応酬していた。


 しかし相手は管理者。


 数通やり取りするたびにアカウントを停止され、その繰り返しだった。


 腹が立って仕方がない。


 人と人との最低限の信頼ってものはないの?


 自分のファンだというのに、本人の言葉をまったく信じてくれないなんて。


 事情を聞いた涼介は、苦笑するしかなかった。


「相手にも事情はあるよ。人気漫画家が18禁ゲームの原画を担当するなんて、普通は信じられないからね」


 当時のオタク文化では、一般向け漫画家が自ら「そっち」へ行くことはまずない。


 凌乃が偽物だと思われても、不思議ではなかった。


「そうかなぁ。どっちも絵を描く仕事じゃない」


 凌乃は肩をすくめた。


 彼女にとって大切なのは、自分の好きなものを描くこと。


 そして、自分の作品を好きでいてくれる読者を裏切らないこと。


 儲かるかどうかは、涼介が考える問題だった。


 凌乃はそのまま布団へ潜り込み、寝不足を取り戻すように眠り始める。


 一方の涼介は空いた机へ腰を下ろし、再び例のサイトを開いた。


 そして新しいアカウントを作成すると、『クロウ・リードのルナ』へDMを送信した。


 ◇ ◇ ◇


「まだ終わらないの……?」


 五更真緒は頭を抱えた。


 昨夜は管理画面へ次々とDMが届き、対応に追われて散々だった。


 ようやく午前中は静かになったと思った矢先、午後になってまた新しいDMが届いた。


 しかも今度はさらにひどい。


 相手は『カードキャプターさくら』の共同制作者、CLAMP本人だと言い張っている。


「いい加減にしてほしいな……。これ以上続くならIPごと遮断するしかないかな」


 ブラックリストへ登録し、サイト自体へのアクセスを禁止する。


 少々手間はかかるが、このまま嫌がらせを続けられるくらいなら仕方がない。


 今夜もアルバイトがある。


 仕事から帰ってきて、管理画面がDMで埋まっている光景なんて見たくなかった。


 アカウント停止の操作をしようとした、そのとき。


 相手からもう一通届いた。


『もし可能でしたら、一度直接お会いしてお話しできませんか。場所はそちらで決めていただいて構いません』


 その一文に、真緒の指が止まる。


「直接……?」


 涼介は回りくどいことをするつもりはなかった。


 このサイトは、どうしても手放したくない宣伝媒体だ。


 ここ数日の様子を見る限り、すでに十分な熱量が集まっている。


 ざっと見積もっても、アクティブユーザーは2000~3000人。


 しかも全員がギャルゲー好きという、これ以上ないほど濃いターゲット層だった。


 しかし凌乃が一晩中言い争ったせいで、DMだけで信用を得るのは不可能になっている。


 残る方法は、自分で証明するしかない。


『すぐに断らなくても構いません』


 涼介は続けて送信した。


『私が本物である証拠をお見せします。島川Magazineでは、そろそろクロウカードがすべて集まる頃ですよね?


 【地】のカードを封印したことでケルベロスは本来の姿を取り戻し、木之本桜は最後の審判を受けることになります。その展開はご存じですよね?』


 ……何が言いたいんだろう。


 そんな予告なら誰でも知っている。


 真緒は『カードキャプターさくら』の熱心な読者だ。


 前号が発売されたその日に読み終え、続きが待ち遠しくて仕方なかった。


 すべてのクロウカードを集めた桜。


 そしてケルベロスと同じ守護者である「月」が、最後の審判を下す。


 物語最大の山場が、いよいよ始まろうとしている。


 あと一週間待てば、新しい話が読める。


 真緒は少し迷いながら返信した。


『それが何だというんですか?』


『もちろん意味はあります』


 涼介はすぐ返した。


『審判者の正体を教えます。それで私の正体も証明できるでしょう?』


「えっ?」


 返信しようとした真緒は、その前に画面へ表示された一つの名前を見て固まった。


 ――月城雪兎。


「…………は?」



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