表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハーレム,俺の義妹が天才漫画家だった件  作者: 下級生


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/111

第6話 兄として

伊織刹那は、高城涼介が差し出した手を握ろうとはしなかった。


彼をひと目見ただけで、まるで興味を失ったように視線を外す。


(あの漫画家の兄か)


年齢と服装だけを見れば、高城凌乃よりも幼く見えるほどだ。


それなのに、振る舞いだけは一人前の大人そのものだった。


(中の話を聞いて、妹の代わりに文句を言いに来たってところかしら)


「兄妹そろって、本当に面倒ね」


伊織刹那は口を歪め、わざとらしく舌打ちした。


「部外者を簡単に社内へ入れるなんて。あなたが連れてきたの?」


涼介を無視し、その後ろに立つ早川留美を睨みつける。


スーツ姿と胸元の社員証から、隣のライトノベル編集部に所属する人間だと気づいたらしい。


「あの……伊織編集者。


この方は、近々うちの部署と正式に契約するライトノベル作家です」


普段の留美なら、先輩編集者からこれほど厳しく問い詰められれば、すぐに頭を下げて謝っていただろう。


しかし、今は違った。


留美は真剣な表情を浮かべ、はっきりと言い返す。


「新人賞の金賞受賞者、高城涼介先生です。


部外者などではありません」


漫画編集部の内部事情に口を挟む資格がないことは分かっている。


それでも、自分が担当することになった作家へ、これほど無礼な言葉を投げつけられるのは許せなかった。


(時雨沢先生は、妹さんがあんな目に遭わされたのに、それでも礼儀を守って挨拶した)


(それに対して、この態度なんて……島川の社員として間違ってる)


そう思う一方で、留美の胸には不安もあった。


もし伊織が服部のところへ行き、先輩に対する態度がなっていないと告げ口でもすれば、自分の立場が危うくなるかもしれない。


「それで?」


伊織は冷たく鼻を鳴らした。


「だから、漫画編集部まで連れてきたっていうの?


小説家が漫画編集部に何の用があるのよ。


立派な部外者でしょう」


そして、涼介の横を通り過ぎようとする。


「今回は見なかったことにしてあげるから、さっさと連れて帰りなさい。


私は忙しいの。


子供の相手をしている暇なんてないわ」


伊織は涼介に一瞥すらくれなかった。


(新人賞の金賞受賞者だから何だっていうのよ)


この時代、ライトノベルが漫画ほど稼げるはずもない。


自分の立場をまるで分かっていない。


伊織はまもなく副編集長へ昇進する。


相手は、ただの新人作家にすぎない。


高城凌乃との契約は、とっくに締結されている。


今さら作者本人にすら変えられないものを、どこから現れたのかも分からない兄が、どうにかできるはずもなかった。


その言葉を聞き、留美の胸が怒りで大きく上下した。


(謝らせないと)


(たとえ服部編集者のところまで話が行っても、絶対に謝らせる!)


誰が部外者だというのか。


数年早く入社しただけで、どうしてここまで人を見下せるのか。


留美は声を張り上げた。


「先生は部外者なんかじゃ――」


「あなたも子供なの?」


伊織は人中を指で押さえ、心底うんざりしたような顔をした。


「あなたの上司は服部だったわよね。


文句があるなら、本人を連れてきなさい。


あなた程度じゃ話にならないわ」


「あなた……!」


留美は思わず手を伸ばし、立ち去ろうとする伊織を引き止めようとした。


しかし、その腕を涼介が制する。


「時雨沢先生……」


「大丈夫ですよ」


涼介は小さく笑った。


伊織の尊大な態度を見ても、怒った様子はない。


ただ、その背中に向かって静かに声をかけた。


「伊織編集者。一つ伺いたいんですが」


伊織は足を止める。


「原稿依頼契約を結んだ作者は、著作権収入を受け取れない代わりに、契約上の拘束もそれほど強くありませんよね?」


伊織刹那の動きが止まった。


ゆっくりと振り返り、今度は初めて涼介を真正面から見つめる。


そのまま会議室の扉を閉めた。


「何が言いたいの?」


態度こそ変わっていなかったが、その声には探るような響きが混じっている。


涼介は肩をすくめた。


「別に、大したことではありません」


「ただ、凌乃の漫画が正常に完結しなければ、作品の商業価値にもかなり影響が出るだろうと思っただけです」


(この子……契約について知っているの?)


伊織は内心で息を呑んだ。


隣に立つ早川留美へ一瞬だけ視線を向ける。


「凌乃をそそのかして、私たちに迷惑をかけさせるつもり?」


伊織はすぐに言葉を返した。


「連載を途中で止めたり、ひどい終わらせ方をしたりすれば、作家本人の評判にも傷がつく。


それくらい、あなたも分かっているでしょう?」


愚かな相手との会話は簡単だ。


そして、賢い相手との会話もまた、ある意味では分かりやすい。


涼介が契約について理解していると分かった瞬間、伊織はすぐに反撃の言葉を組み立てた。


「僕は凌乃の判断に口を出すつもりはありません」


涼介は穏やかな笑みを崩さない。


「ただ、高城家の人間は、簡単に意地を曲げるような性格ではないので」


「妹が連載を投げ出さないのは、本当に作品を楽しみにしている読者を悲しませたくないからでしょう」


涼介はわずかに首を傾けた。


「そう考えると、しばらく休載するという選択肢も悪くないかもしれませんね」


「それは駄目よ!」


伊織刹那は反射的に声を上げた。


現在の島川映画では、漫画とアニメは切り離せない関係にある。


アニメ化が始まった時点で、原作漫画がまだ完結していないことも珍しくない。


『月魔女変身』の物語は、すでに終盤へ差しかかっていた。


ここで作者の都合により休載となれば、原作の進行がアニメ制作に追いつかなくなる。


そうなれば、責任を問われるのは担当編集者である伊織だ。


(このガキ……私と刺し違えるつもりなの?)


伊織は内心で涼介を罵倒した。


しかし、表情からは先ほどまでの冷たさを消さざるを得ない。


無理やり口元に笑みを作った。


「私はずっと凌乃の才能を高く評価してきたのよ。


周囲の反対を押し切って支えてきたのも、そのため」


「新人作家の作品をアニメ化企画に通すなんて、本当に難しいことなの」


伊織は諭すような声音へ戻す。


「漫画家にとって、作品は自分の子供のようなものでしょう?


きちんと最後まで描いて、素晴らしい結末を迎えさせるべきじゃないかしら」


涼介は笑った。


この編集者の弱点を、完全に掴んだ。


休載は、実質的には連載を止めることと大差ない。


ただし、事前に編集部と読者へ告知するという違いがある。


小説の連載でも、作者が休みを取り、更新を停止することは珍しくない。


通常の契約なら、その期間は数日、長くても一週間程度で終わるだろう。


しかし、原稿依頼契約には休載期間について明確な規定がない。


つまり、無期限で休載を続けることも可能だった。


「おっしゃるとおりですね」


涼介は悠然と答える。


「でも、ただ休載するだけです。


アニメの放送が終わってから連載を再開しても、特に問題はないんじゃないですか?」


(駄目よ。絶対に駄目!)

現在のアニメの進行状況を考えれば、年末までには新しい原稿を提出させなければならない。


(こいつは普通の子供じゃない)


(高城凌乃より、ずっと厄介だわ)


伊織刹那の額に、細かな汗が浮かび始めた。


緊張せずにはいられない。


『月魔女変身』は、伊織に昇進の機会をもたらした作品だ。


副編集長への昇進は、ほぼ内定している。


しかし、正式な発表は年末の全体会議まで待たなければならない。


その前にこれほど大きな問題が起これば、間違いなく人事にも影響する。


完全に急所を突かれていた。


「……私に、何をしてほしいの?」


伊織は絞り出すように尋ねた。


それは、事実上の譲歩だった。


「凌乃が、さっききちんと希望を伝えていましたよね?」


「それは無理よ。別の条件にして」


契約の変更だけは受け入れられない。


会社側から自分の能力を疑われることになるからだ。


一度締結した契約を、あとから作者に有利な内容へ変更するなど、前例がない。


関係する部署や権利も多すぎる。


「それなら、話し合うことは何もありません」


涼介はどうでもよさそうに両手を広げた。


「行きましょう、早川編集者」


留美は一言も口を挟まず、何度も瞬きをしながら、素直に涼介のあとを追おうとする。


「待ちなさい!」


伊織刹那は慌てて声を上げた。


「一枚当たりの原稿料を増やすよう申請するわ。二倍でどう?二倍よ!」


「これまで提出した原稿についても、すべて差額を支払わせる!」


しかし、涼介は振り返らなかった。


「必要ありませんよ、伊織編集者」


「凌乃が何を求めているのかは、十分にはっきり伝わったはずです」


伊織刹那は、最後の頼みの綱にすがるように、早川留美の腕を掴んだ。


「早川編集者。


ライトノベル編集部は、こんなことを許すつもりなの?」


「部署は違っても、会社の利益を守るのは社員の義務でしょう。


あなたの担当作家が、私を脅しているのよ」


もはや体裁を気にしている余裕もないらしい。


その発言は、二つの編集部の対立を招きかねないものだった。


留美は信じられないものを見るように、伊織へ目を向けた。


「伊織編集者……ご自分が何を言っているのか、分かっていますか?」


その表情は、これまでにないほど真剣だった。


「彼を説得して」


伊織は、先ほどの発言がまずかったと悟り、急いで言い直した。


「そうすれば、服部編集者にもあなたのことをよく言っておくわ。


あなたの部署の編集長とも面識があるの」


「私が副編集長になれば、会社の上層部とも接点ができる。あなたのことも引き立ててあげられるわ」


留美は考えるまでもなく、即座に拒絶した。


(冗談じゃない!)


自分は新人で、ようやく金賞受賞作家から指名され、担当編集者になる機会を手に入れたばかりだ。


その恩人へ圧力をかけろというのか。


留美は伊織の手を振り払うと、涼介のあとを追って歩き出した。


「待ってください、時雨沢先生!」


二人の背中を見送りながら、伊織刹那は全身から力が抜けるのを感じた。


足がもつれ、その場へ崩れ落ちる。


(何なのよ……)


(これだけ条件を出しているのに、どうして満足しないの?)


(本当に、私と共倒れになるつもりなの……?)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ