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ハーレム,俺の義妹が天才漫画家だった件  作者: 下級生


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第45話 二人とも手に入る

凌乃と鳳凰院を会わせるつもりはなかった。


 だが、ここまで後をつけてきた以上、今さら無視する意味もない。


「えっ?」


 高城凌乃は一瞬、固まった。


 それから、何も聞こえなかったふりをして窓の外へ顔を向ける。


(きっと私を呼んだんじゃないわ)


(ほかにも友達がいるのよ。そうに決まってる)


(あんなに完璧に変装して、尾行している途中だって一度も見つからなかったんだから、私のはずがないもの)


「お前のことだ、凌乃。早く来い」


 涼介は呆れたように言った。


 いったい何を誤魔化そうとしているのか。


 その格好は以前にも見たことがある。


 しかも、涼介の目の前でこのファストフード店へ入ってきたのだ。


 いくら何でも、気づかないはずがない。


「何よ! いつから気づいてたの?」


 名前を呼ばれては、もう誤魔化しようがなかった。


 高城凌乃は不機嫌そうに立ち上がり、二人が座るボックス席へ移動した。


「家を出た直後からだ」


「あれだけ挙動不審に尾行していれば、嫌でも気づく。途中で通行人に教えられたくらいだからな」


 涼介は妹を睨んだ。


「じゃあ、気づいてたのに声をかけなかったの?」


 凌乃は腹を立てた。


 それでは、ここまで慎重についてきた自分の苦労は何だったのか。


「面白かったから」


「下手な尾行を必死に続ける姿がな」


「あんた……殺すわよ!」


 高城凌乃には受け入れがたい事実だった。


 嫌いな相手の前で、道化のように延々と尾行を続けていた。


 しかも、ビルの下にある喫茶店では一時間以上も無駄に待っている。


 少女は怒った子虎のように涼介を睨みつけた。


 この場に他人がいなければ、そのまま暴れ出していたかもしれない。


「ふふっ、面白い子ね。この子が妹さんでしょう、時雨沢?」


 二人のやり取りを見て、鳳凰院は堪えきれず笑い出した。


「何よ。どこが面白いの?」


「あんたが、こいつのためにプログラムを書いてる人?」


 高城凌乃は鋭い視線を鳳凰院へ向けた。


「私たち、一度会っているわよ」


「え?」


 鳳凰院の言葉に、凌乃の勢いが止まった。


「いつ? あなたに会った覚えなんてないけど」


 涼介が横から教える。


「同人イベントだ。今と似たような格好で、彼女のスペースから『熱血青春/激烈格闘』を買っただろ――」


 最後まで言い終える前に、凌乃が涼介の口を手で塞いだ。


「あのときの……」


 高城凌乃の顔色が変わった。


 思い出した。


 あのスペースにいた女性も背が高く、チェック柄のシャツを着て、分厚い眼鏡をかけていた。


 まさか、同一人物だったとは。


 あまりにも印象が違いすぎる。


(それじゃあ、私の秘密を知ってる人がまた増えたってこと?)


「そうよ」


「私の作品を気に入ってくれる人は珍しいのに、あのときはすぐ逃げてしまったでしょう?」


「きちんとお礼を言う暇もなかったわ」


 鳳凰院は頬杖をつき、どこか色気を含んだ目で凌乃を眺めた。


 そんな視線を向けられるのは初めてだった。


 先ほどまで威嚇していた子虎は、わずかな時間でおとなしい子猫へ変わってしまう。


「妹さんも、こんなに可愛い子なのね」


「ますますあなたが欲しくなったわ、時雨沢」


「あなたと結婚すれば、二人まとめて手に入るもの」


「えっ……?」


 高城凌乃は身体を震わせた。


 珍しく、はっきりと怯えた表情を見せている。


 涼介も背筋に寒気を覚えた。


 今の言葉には、さすがに身の危険すら感じる。


「お前な……冗談もいい加減にしろ」


 涼介はまだ高校一年生だ。


 結婚など、まったく考えたこともない。


 恋愛ですら、今の自分には必須ではなかった。


 それなのに、こうして正面から包み隠さず好意をぶつけられると、たとえ初めてではなくても、どう反応すればいいのか分からない。


 しかも、隣には妹までいる。


「ふふっ」


 鳳凰院紗織は二人の反応がよほど面白かったのか、楽しそうに笑った。


「本当に愉快な兄妹ね」


 涼介は力なく笑う。


 目の前の友人は、こうした冗談を好んで口にする。


 分かっていても、なかなか対応に困る相手だった。


「本題に入ろう」


「原画と音楽は、こちらで用意できた。あとは任せる」


 涼介は鞄から今回持ってきたものを取り出し、鳳凰院の前へ差し出した。


「なかなかやるじゃない。少し見くびっていたわ」


 鳳凰院は原画を一枚ずつめくりながら、興味深そうに眺めていく。


「あなたのシナリオはきちんと読んだわ。とても面白かった」


「この絵も、物語に負けていない。かなり綺麗に描けているわね」


「どこで、こんな絵師を見つけたの?」


 褒められた瞬間、それまで小さくなっていた高城凌乃が胸を張った。


 得意げに、ふん、と鼻を鳴らす。


「妹さんが描いたの?」


 鳳凰院はその仕草に気づき、笑いながら尋ねた。


「ああ。この作品の原画は凌乃が担当する」


 涼介が頷く。


「……っ」


 答えを聞いた鳳凰院は小さく息を呑み、何とも言えない目で涼介を見た。


「あなた、やっぱり少し変態よね、時雨沢」


「妹に十八禁ゲームの原画を描かせるなんて」


「でしょう? 私もこいつは変態だと思う」


 凌乃は味方を見つけたように、すぐさま同意した。


 涼介は何とも言えない顔になった。


 いったい何なのだ。


 原画を担当すると言い出したのは凌乃本人で、涼介から頼んだわけではない。


 それなのに、二人そろって自分を変態扱いする。


 涼介はただ、このギャルゲームをきちんと完成させたいだけだった。


「でも、妹さんへそんなお願いができる関係になったということは、重要なフラグを立てたってことかしら?」


 鳳凰院が突然そんなことを言い出した。


「何よ、その言い方。気持ち悪い」


「私とこいつは、そんなに仲良くないから」


「私はただ、絵を描くのが好きなだけよ」


 凌乃は鳳凰院の言葉を鼻で笑い、ついでに涼介を睨んだ。


「そう。それなら安心したわ」


 鳳凰院は、ほっとしたように胸へ手を当てる。


「時雨沢は優秀すぎるもの」


「毎日一緒にいる妹さんまで本気で奪いに来たら、私には勝てる自信がないわ」


「えっ?」


「こいつのどこが、そんなに好きなの?」


 高城凌乃は、心底理解できないという表情を浮かべた。


「もう、その話でからかうのはやめろ、鳳凰院」


 涼介はため息をついた。


 いい加減、この話題を終わらせる必要がある。


「怒ったの?」


「まあいいわ。続きは、今度二人きりになったときにしましょう」


 鳳凰院紗織は笑いながら、原画とディスクの入ったファイルを鞄へしまった。


「私の昼休みも、そろそろ終わりね」


「体験版が完成したら、また会いましょう?」


「原画をデジタル化する費用を、まだ聞いていない」


 涼介は慌てて呼び止めた。


「立ち絵は一枚三千円、イベントCGは一枚五千円」


「背景画像も含めれば、だいたい二十万円くらいになると思う」


「お金のことは心配しなくていいわ。私が先に立て替えておくから」


 鳳凰院は軽く手を振り、振り返って涼介へ片目をつぶった。


「助かる」


「私に遠慮しなくてもいいのよ。どうせ将来は家族になるんだから」


「お前、いい加減にしろよ!」


「俺は身売りするつもりなんてない!」


「ふふっ。それじゃあ、来週また来て」


「そのときには体験版を渡せると思うわ」


 簡単に言葉を交わしたあと、鳳凰院は店の扉を押し開け、そのまま出ていった。


 ◇


 帰り道。


 高城凌乃はあまり機嫌がよくないようだった。


 涼介の少し後ろを歩きながら、じっとその背中を見つめている。


「どうした?」


 涼介は振り返り、妹へ目を向けた。


 凌乃はすでに帽子やサングラスを外している。


 不満そうな顔で、道端の小石を蹴飛ばした。


「あの女が言ってたこと、本当にただの冗談なの?」


「何のことだ?」


 涼介には、凌乃が何を聞いているのか分からなかった。


「結婚よ!」


「あの女、あんたと結婚するって言ってたじゃない!」


「当然、冗談だろ」


「直接会ったのだって、まだ二、三回しかないんだ」


「何よ。ずいぶん軽く流すのね」


「女の人にあんなこと言われて、内心は嬉しいんじゃないの?」


 高城凌乃は疑わしそうに涼介を見た。


「別に、そこまででもないな」


 正直に言えば、鳳凰院がいつも口にする告白めいた言葉を、普通の男が向けられれば、多少は意識してしまうだろう。


 あれほど背が高く、美しい女性なのだ。


 だが、涼介の場合は嬉しさよりも気まずさのほうが大きい。


 三年間もネットで交流してきた間、ずっと相手を男だと思っていたからである。


「ふん。信じられない」


 高城凌乃は鼻を鳴らした。


 しかし、歩調は先ほどより少しだけ軽くなっていた。


「今日はまだ早く帰れそうだし、家に着いたら勉強を見る?」


「自分から勉強を頼むなんて、珍しいな」


「余計なお世話よ!」


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