表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハーレム,俺の義妹が天才漫画家だった件  作者: 下級生


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
41/111

第41話騎士王の栄光

 水曜日、放課後。


 涼介は急いで鞄を片づけると、学校を出て喫茶店へ向かった。


 千葉駅は千葉第一高校からそれほど遠くない。


 とはいえ、歩いて向かうとなると、三十分は少し厳しかった。


 一方、その頃。


 待ち合わせ先の喫茶店では、早川姉妹がすでに席についていた。


「相手から指定されたのは四時半なのよね。よりによって、こんなに時間がぎりぎりだなんて……間に合うかしら」


「お姉ちゃんも別の人と約束があるなら、先に行っていいよ」


 昨日、早川留美は最近の出来事を妹へ簡単に話していた。


 そのため静香も、姉がこのあと別の相手と会う予定だと知っている。


 担当作家との面会は、もうすぐ正社員になる姉にとって大切なものだ。


「一人で大丈夫?」


 早川留美は心配そうに尋ねた。


 彼女からすれば、妹はまだ年若い。


 一人で社会人を相手に交渉すれば、不利な条件を押しつけられるかもしれない。


「大丈夫。ここは治安もいいし」


 静香ははっきりと答えた。


 自分は、社会を何も知らない子供ではない。


 芸能事務所でも、それなりに揉まれてきたつもりだった。


「そう。じゃあ、私は先にレストランへ行くわ」


「話が終わったら、またここへ迎えに来るから」


 早川留美は次の約束が気になって仕方ないのか、上着を手に取ると喫茶店を出ていった。


 ◇


 早川静香が店内の壁に掛けられた時計へ目を向ける。


 針はすでに、四時二十五分を指していた。


 ちょうどそのとき、喫茶店の扉が開き、少し息を切らした涼介が入ってきた。


 後半はずっと小走りで来たのだ。


(窓際の席。黒髪で、毛先に青いメッシュ)


 新垣瑠璃から聞いていた特徴を頼りに、涼介はすぐに早川静香を見つけた。


 そのまま席へ近づいていく。


「お待たせしました。新垣瑠璃さんから紹介を受けた、高城涼介です」


 涼介は礼儀正しく挨拶した。


「星見静香です。そんなにかしこまらなくていいよ、高城君」


 早川静香も笑顔を返し、芸名を名乗った。


 新垣瑠璃と付き合う際にも、この名前を使っている。


 そう言いながら、静香は頬杖をつき、目の前の少年を観察した。


(普通の学生って感じね)


(制服を見る限り、高校生? 私と同い年くらいかな)


(顔立ちもかなり整ってる。普通に格好いいかも)


(瑠璃がわざわざ私へ頼んできた相手ってことは……まさか、付き合ってるの?)


 静香は急に、新垣瑠璃と目の前の少年の関係が気になった。


 てっきり、後輩が仕事先で知り合った人物を紹介してきたのだと思っていた。


 まさか、これほど若いとは予想していない。


 同時に、早川静香は少し落胆した。


 現在、個人で音楽を制作するのは、ひどく贅沢な行為だ。


 費用も非常に高い。


 高校生が用意できる金額など、たかが知れている。


 おそらく、本気の仕事ではなく、趣味の延長程度なのだろう。


 顔を合わせただけで、静香の期待はほとんど失われていた。


 挨拶を終えた涼介は席へ座り、店員を呼んでホットのアメリカンコーヒーを注文した。


「では星見さん、時間もありませんし、さっそく本題に入らせてください」


 涼介は前置きもなく切り出した。


 このあとには別の約束がある。


 早川留美を長く待たせるわけにはいかなかった。


「十五曲ほど、ゲーム用のBGMを制作したいと思っています」


「料金はどのくらいになりますか?」


「じゅ……十五曲?」


 早川静香は一瞬、固まった。


(冗談でしょう?)


「何か問題がありますか? かなり難しいでしょうか?」


「高城君、もしかして音楽制作について、ほとんど知識がない?」


「まあ、そうですね」


 涼介が一人で使える時間には限りがある。


 音楽制作まで一から学ぶ余裕はなかった。


 そうでなければ、そもそも他人へ依頼などしていない。


 早川静香は、やっぱり、と言いたげな表情を浮かべた。


「先に聞いてもいい?」


「その音楽を何に使うつもりなの?」


「もし、ただクラスメイトに自慢したいだけなら、お金を無駄にしないほうがいいと思う」


 まったくの他人であれば、静香も余計な口出しはしなかっただろう。


 しかし、知り合いから紹介された相手だ。


 一言くらい忠告しておくべきだと思った。


 静香が知る業界では、音楽を録音し、最終的にデジタルデータへ変換する場合、標準的な二分三十秒ほどの曲でも、現在の最安値は一曲八十万円ほどだ。


 静香が担当すれば、確かにもう少し安くできる。


 それでも、学生が気軽に支払える金額ではなかった。


「ゲームのBGMとして使います」


 涼介は正直に答えた。


 特別親しい相手でもない以上、隠す必要もない。


「ゲーム?」


「はい。ギャルゲームです」


「成人向けの内容がある、ああいうゲーム?」


「そうです」


 肯定されると、早川静香が涼介を見る目は微妙なものへ変わった。


(見た目からは全然分からないけど……この人、オタクなの?)


 静香は、オタクという人種をかなり嫌っていた。


 何しろ、ステージの下からスカートの中を撮影するような変態も、その類いだったからだ。


 しかし、目の前にいる涼介は、静香の記憶にある社会不適合者たちとはまるで違う。


 性格も明るそうで、こちらを見る目にも不快なものはない。


(どうして、こんな人がああいうゲームを作るんだろう)


 早川静香が自分を見つめたまま黙り込んでいるため、涼介は時計へ目を向けた。


 すでに十分ほど経っている。


「すみません。今日は少し時間がなくて」


「おおよその見積もりだけでも、先に教えてもらえませんか?」


「あ……うん」


 早川静香は我に返った。


「でも、その前に譜面を見せてもらわないと」


「譜面はありません」


「え?」


 譜面がない。


 では、自分に作曲までさせるつもりなのだろうか。


 早川静香は多くの楽器を扱えるが、作曲はまったく別の技術だ。


 自分には、そこまでの創作能力はなかった。


 涼介は続けた。


「旋律なら、俺が口ずさめます。どれも比較的単純な曲で、使う楽器もこちらから指定します」


「たとえば、こんな感じです」


「これはヴァイオリンで演奏して、録音してほしいと思っています」


 そう言うと、涼介は旋律を口ずさみ始めた。


 曲は『Fate』の中でも特に有名な一曲。


 ――『騎士王の誇り』。


 楽器がなく、鼻歌だけであっても、その曲が描く情景は十分に伝わった。


 それほど完成された旋律だった。


 早川静香は、頬杖をついていた手を無意識に下ろした。


 身体が少しずつ前へ傾いていく。


 涼介は譜面すら持っていない。


 個人で作った曲なら、平凡で退屈な旋律だろうと考えていた。


 しかし――。


(何、この胸に迫ってくるような悲しさは……)


(これをヴァイオリンで演奏するの?)


 早川静香の頭の中で、涼介の鼻歌がヴァイオリンの音色へ置き換わっていく。


 曲として完成したときの響きを、無意識に想像していた。


 腕には、抑えきれないほどの鳥肌が立っている。


 涼介の鼻歌は、一分ほど続いた。


 歌い終えて顔を上げると、早川静香は呆然とした表情を浮かべていた。


「依頼したい曲の大半は、今のような雰囲気です」


「長さは三十秒から一分ほど。DRM形式のデータで納品してもらう場合、費用はいくらになりますか?」


 しかし、早川静香は質問へすぐには答えなかった。


「この曲を、本当にそんな成人向けゲームへ使うつもりなの?」


「何か問題がありますか?」


 涼介が聞き返す。


(もったいないに決まってるでしょう……)


 早川静香は、そう言いかけて飲み込んだ。


 制作した音楽をどう使うかは、金を払う依頼主が決めることだ。


「全部このくらいの長さと構成なら、録音費用は少し抑えられると思う」


「一曲三十万円」


「え?」


 涼介は驚いた表情を浮かべた。


「何? 高いと思った?」


「これでも知り合い価格にしてるんだから、私より安く引き受ける人はいないと思うよ」


 静香は指先で、青く染めた毛先を弄びながら、少し腹を立てたような顔をした。


 提示した料金は、録音スタジオや楽器の使用料がほとんどだ。


 自分の人件費など、ごく僅かしか含まれていない。


 おそらく一曲あたり三千円程度だろう。


 いくら何でも、完全な無償で働くわけにはいかない。


「違います。思っていたより、ずっと安かったので」


 涼介は、イラストをデジタル化する費用に加え、音楽もかなり大きな支出になると予想していた。


 しかし、静香の見積もりなら、十五曲をすべて制作しても四百五十万円にしかならない。


 想定よりは、かなり安い。


「品質が心配なの?」


 早川静香が尋ねる。


 業界での自分の立場など、名も知られていない新人にすぎない。


 それでも、単一の楽器で演奏する短い曲を録音するだけなら、誰が担当しても仕上がりに大差はないはずだ。


 さらに上を求めるのであれば、プロの楽団へ依頼するしかない。


 そうなれば、一曲ごとの料金は桁違いになる。


「いえ。星見さんが損をしないかと思っただけです」


「え?」


 早川静香は目を瞬かせた。


 そこで初めて、涼介が自分は瑠璃の顔を立てるため、特別に安くしていると思っているのだと気づいた。


 確かにアイドルの時間は貴重だ。


 もし事務所から干されていなければ、こんな依頼を受ける余裕などなかっただろう。


 涼介はふいにため息をついた。


「ただ、今は俺も資金に余裕がありません」


「ひとまず三曲だけお願いすることはできますか?」


 凌乃へ新しいパソコンを用意した費用を差し引くと、涼介の手元に残っている現金は百万円ほどしかない。


 原稿をデジタル化する費用も、かなりの額になる。


 今ある資金だけでは、とても足りなかった。


 音楽については、ひとまず妥協するしかない。


 体験版に入れるBGMが三曲だけでも、十分に形にはなるだろう。


「三曲だけとなると……」


 早川静香は困ったように口ごもった。


 曲数によって、一曲あたりの費用は大きく変わる。


 録音スタジオの利用料やデジタル化にかかる経費も、数が減れば割高になるのだ。


 軽々しく引き受ければ、自分が赤字になるかもしれない。


 涼介は、彼女が言い淀む様子を見て、自分の提示した条件がぎりぎりなのだと察した。


「では、こうしませんか?」


「報酬の一部として、あなたに一曲提供します」


「え?」


 涼介の提案に、早川静香は目を丸くした。


「俺のオリジナル曲だと保証します」


「あなたの名前で発表して、自由に使ってもらって構いません」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ