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ハーレム,俺の義妹が天才漫画家だった件  作者: 下級生


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第40話 二つの約束

早川留美は浴室から出ると、部屋着に着替えてソファへ腰を下ろした。


妹の早川静香も、姉に無理やりゆったりとしたTシャツを着せられている。


「帰ってくるなら、事前に連絡くらいしなさい」


「わざわざ言うほどのことじゃないでしょ。大したことでもないし」


早川静香はソファの上で膝を抱え、手にした漫画を夢中になって読んでいた。


「それで、今回はどうして帰ってきたの?」


「事務所から、しばらく休むように言われたの」


「えっ?」


早川留美は驚きを隠せなかった。


まさか妹が帰ってきた理由が、そんなものだとは思ってもいなかったのだ。


静香は芸能活動をしている。


厳密にはまだ正式なデビュー前で、スカウトされたのち、現在は育成期間に入っていた。


ときどき撮影の仕事やイベント出演を任される程度だが、普段の管理はかなり厳しい。


本来なら、休暇が与えられるのは二か月後のはずだった。


「こんな時期に帰されるなんて……まさか、何か問題を起こしたんじゃないでしょうね?」


姉の声色が変わったことに気づき、静香は小さく首をすくめた。


手にしていた漫画で、顔を隠す。


「観客に暴言を吐いちゃった……」


「何ですって?」


「イベントに出てたとき、スカートの中を撮ってる人がいて……我慢できなくて……」


早川静香は漫画を少し下げ、どこか傷ついたような目で姉を見つめた。


「事務所はイメージが悪くなるのを心配して、しばらく活動を休むようにって」


「……」


事情を知った早川留美は、深くため息をついた。


腹が立たないわけではない。


ただ、同じ女性として、妹の気持ちは十分に理解できた。


「休業って言っても、実際は干されたようなものだけどね」


「たぶん契約が切れるまで、もうイベントには出してもらえないと思う」


「事務所の先輩にも怒られた。そんなことは当たり前なんだから、アイドルになりたいなら我慢しなきゃいけないって」


早川静香は、まだ十六歳だった。


本来なら学校へ通っている年齢だ。


スカウトされた当時、静香は目を輝かせながら、芸能界へ入ることを姉に認めてほしいと頼み込んできた。


両親は早くに亡くなっており、妹は昔から音楽が好きだった。


当時の留美は深く考えず、静香の希望を認めてしまった。


成績は優秀だったにもかかわらず、静香は進学を諦め、芸能事務所へ入ったのだ。


「これから、どうするつもりなの?」


「しばらくは引きこもりかな……」


「あ、でも友達が仕事を紹介してくれたの。誰かの音楽制作を手伝う仕事!」


「そう」


早川留美は、あまり真剣には受け取らなかった。


「何もすることがないなら、学校へ戻ったら?」


「確か、慶應義塾女子高等学校には合格していたでしょう。休学扱いなら、復学できるんじゃないの?」


「嫌……」


「どうして? 家にいても、することはないでしょう?」


「笑われるから」


「アイドルになるって出ていったくせに、失敗して戻ってきたって……」


「だったら、転校する?」


早川留美は少し考えてから尋ねた。


いずれにせよ、ここまで来たのなら、高校だけは卒業しておくべきだ。


少なくとも社会へ出たあと、学歴がないために選べる仕事が限られてしまう事態は避けられる。


「両親が遺してくれたお金で、あなたの学費くらいなら何とかなるわ」


「私ももうすぐ正社員になれる。大学へ行きたいなら、そこまで私が面倒を見るから」


早川留美は、真剣な表情でそう告げた。


「お姉ちゃん……」


静香は、きっと責められると思っていた。


事務所で先輩から叱られたときのように。


何しろ、当時の自分はアイドルになることしか考えていなかったのだから。


しかし、早川留美は妹を責めることも、追い詰めることもしなかった。


必死にまとっていた強がりの殻が、一瞬で崩れ落ちる。


静香は姉へ抱きつくと、声を上げて泣き始めた。


早川留美は何も言わず、ただ妹の背中を優しく撫で続けた。


気持ちが落ち着いたあと、姉妹は一緒に食卓を囲んだ。


「お姉ちゃん、転校のことは、もう少し考えさせてくれる?」


「その前に、一度千葉へ行きたいの。友達と約束しちゃったから」


「千葉県?」


「うん。向こうに音楽を作ってほしい人がいるんだって。ちゃんと報酬も払ってくれるらしいよ」


「事務所では専門的なレッスンも受けてたし、もしかしたら、これで生活していけるかもしれない」


早川静香は、その仕事にある程度の自信を持っていた。


そもそも音楽が好きで、アイドルに憧れたからこそ、この道へ進んだのだ。


事務所でのレッスンにも真剣に取り組み、いくつもの楽器を扱えるようになっている。


どれも一流と呼べるほどではないが、幅広く演奏できることは強みだった。


録音スタジオで働く専門家にも、何人か心当たりがある。


早川留美は、妹の提案をすぐに否定しようとした。


音楽制作のような創作系の仕事は、妹の性格を考えれば、かなり難しいように思えたからだ。


それに、一人で行かせるのも心配だった。


しかし、行き先が千葉県なら話は別だ。


ちょうど自分も、時雨沢恵一を訪ねようと考えていた。


妹に付き添って千葉へ行き、そのついでに挨拶をする。


その理由なら、わざとらしくは見えないだろう。


「友達には、水曜日に直接会うって伝えてあるの」


「分かった。その日は私も一緒に行くわ。ちょうど用事もあるから」


そう考えながら、早川留美は一通のメッセージを作成し、送信した。


宛先――時雨沢先生。



「ずいぶん熱心だな。さすがに、もう断れないか」


メッセージを受け取った涼介は、苦笑を浮かべた。


数えてみれば、早川留美から食事に誘われるのは、これで少なくとも三度目だった。


今回の内容は、妹の用事に付き添って千葉県へ来るため、せっかくの機会だからついでに食事を奢りたい、というものだった。


ここまで言われて再び断れば、さすがに相手の顔を潰しかねない。


涼介は了承の返事を送った。


天然気味の美人編集者と食事をすること自体、別に嫌というわけではない。


以前まで断っていたのは、単純に時間がなかったからだ。


東京まで往復すれば、三時間はかかる。


何かのついででもなければ、わざわざ食事のためだけに出向く必要はなかった。


「あんた、携帯を見ながら何をにやにやしてるのよ?」


そのとき涼介は、凌乃の部屋で勉強を教えている最中だった。


メッセージへ返信する様子を、少女にしっかり見られていたらしい。


「何でもない。お前は問題に集中しろ」


「水曜日の勉強は休みにする。少し私用が入った」


「ふん、誰も気にしてないわよ!」


高城凌乃は涼介を睨みつけた。


なぜか、胸の奥がもやもやする。


年齢はそれほど変わらないのに、涼介が家で夕食を取らなくても父親は何も聞かない。


それなのに、自分には厳しい門限が設けられている。


いくら何でも不公平ではないだろうか。


考えているうちに、凌乃はますます腹が立ってきた。


「やっぱり、私あんたのこと嫌い」


「?」


涼介は訳が分からず、首を傾げた。



勉強を教え終えた涼介は、自分の部屋へ戻った。


すると、再び携帯電話が震える。


意外なことに、送り主は新垣瑠璃だった。


『お兄様、先週お話しした件ですが、知り合いの先輩が引き受けてくださいました。一度、お兄様と直接お話をしたいそうです』


『助かった。時間と場所は?』


『水曜日に千葉県へ来る予定です。場所は、お兄様に決めていただければと思います』


(水曜日か……)


涼介は眉を寄せた。


予定が重なってしまった。


早川留美と会う約束をしたばかりだというのに、新垣瑠璃が紹介してくれる相手まで、同じ日に来るらしい。


『別の日にはできないか?』


『おそらく難しいと思います。すでに約束してしまいましたし、その先輩は普段とても忙しくて、最近になってようやく時間が空いたそうなので』


新垣瑠璃も、少し不思議に感じていた。


普段から時折連絡を取り合ってはいるものの、最近ほど頻繁にやり取りすることは珍しい。


仕事の関係で、その先輩は携帯電話を確認できる時間がほとんどなく、いつも深夜になってから返信が届くのだ。


『分かった。じゃあ、前に会った喫茶店で。午後四時半はどうだ?』


千葉第一高校の下校時刻は、通常午後四時頃だ。


学校からそのまま待ち合わせ場所へ向かえば、十分に間に合う。


簡単に打ち合わせを済ませ、そのあとで編集者と食事をすれば問題ないだろう。


涼介はそう考え、了承の返事を送った。

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