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ハーレム,俺の義妹が天才漫画家だった件  作者: 下級生


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第27話 投票をお願いします

会議室では、編集者たちが黙々と原稿に目を通していた。


聞こえるのは、紙をめくる乾いた音だけだ。


「カードを使うのか……この作品、思った以上に面白いな」


不意に、一人の編集者が思わず口を滑らせた。


「『カードキャプターさくら』か? 俺も今ちょうど読んでる」


別の編集者が顔を上げる。


「正直、伊織さんが担当していた『月魔女変身』より、完成度は上じゃないか?」


「間違いなく、実績のある作家の作品だろうな。どの編集者が持ち込んだんだ? 相当時間をかけて練り込んであるぞ」


一人が口を開けば、二人目、三人目と続く。


やがて、会議室のあちこちで小声の議論が始まった。


「絵柄だけじゃ判断しにくいな。さくらももこ先生か、美水先生の作品という可能性は?」


「それはないだろ。その二人は今も既存作を連載している」


「むしろ、高城留美子の面影があるように感じるな」


「冗談だろ? 『月魔女変身』が完結したばかりだぞ。いくらなんでも早すぎる」


「それに、前作とは絵柄がまるで違うじゃないか」


「俺が見ているのは絵柄じゃなくて、描き方の癖だよ」


「高城留美子の作品を最初から最後まで読んでいれば気づくはずだ。彼女は、キャラクターの指の関節を細かく描き込む傾向がある」


「ただの偶然じゃないか?」


(当然、偶然よ!)


伊織刹那は、原稿を持つ指に力を込めた。


額には薄く汗が滲んでいる。


何をどう言おうと、彼女も担当編集者だ。


作品を見る最低限の審美眼と経験くらいは持っている。


ほかの編集者たちが口にしたとおり、この作品の完成度は極めて高かった。


(これは絶対に、高城が描いたものじゃない)


伊織がそう判断したのには、きちんと理由がある。


契約問題が起こる前、彼女は高城凌乃に次回作の構想があるか尋ねたことがあった。


そのときの答えは、何も思いついていない、というものだった。


(あれから、まだそれほど時間は経っていない)


(高城であるはずがないわ)


伊織刹那はそう確信していた。


それでも、『カードキャプターさくら』の存在は、彼女に強い危機感を抱かせた。


すでに周囲からは、こんな声まで聞こえ始めている。


「そういえば、今回の月例賞には、もう一本同じ系統の作品があったよな。最初はなかなか面白いと思ったんだが」


「『魔法アイドルゆみ』のことか? 新人賞の銀賞作品だろ」


「ああ。でも、この作品を読んだあとだと、あっちの欠点がはっきり見える」


「物語も、コマ割りも、作画技術も、まるで水準が違う」


「同系統の作品が同じ月例賞で二本選ばれる可能性は低いからな。事実上、先に脱落したようなものだ」


「惜しい作品ではあるんだけどな」


伊織刹那は、周囲の評価に苛立ちを募らせながら、『カードキャプターさくら』の原稿を閉じた。



野村秀夫は隣にいる斎藤律の肩へ身体を寄せ、口元を手で隠した。


その目には、隠しきれない驚きが浮かんでいる。


「お前、本当にとんでもない幸運を引き当てたな」


「これ、高城留美子の作品なのか?」


斎藤律は得意げに横目で見返した。


「前に教えただろ」


「それに、LAMP先生との共同制作だ」


野村秀夫の表情に、露骨な羨望が浮かぶ。


そして、悔しさを紛らわせるように斎藤の腕を強く殴った。


「羨ましすぎるぞ、この野郎」


「厄介な後始末を押しつけられただけのはずが、こんな幸運まで転がり込んでくるなんてな」


「ふっ」


斎藤律は低く笑った。


自分でも、今回はかなり運が良かったと思っている。


もし伊織刹那が引き継ぎに協力的だったなら、早川留美から高城涼介の連絡先を教えてもらうこともなかった。


高城涼介の正体を疑うこともなかっただろう。


そして、高城凌乃が新作を持ち込んできたとき――


中身を開く気すら起こさず、今は魔法少女ものを出す時期ではないと説得して帰していた可能性さえある。


まさに、運が味方したとしか言いようがなかった。


「伊織さんが真相を知ったら、息が止まるんじゃないか?」


「かもしれないな」


斎藤律は口元を歪める。


「俺なら、机をひっくり返すくらいはするかもしれん」


胸の内には、隠しきれない痛快さが込み上げていた。



月例賞選考会も、いよいよ終盤へ差しかかった。


すべての応募作品の審査が終わり、これから投票結果を決める段階へ入る。


「これより、審査作品の中から、ジャンルの異なる優秀作を七本選出します」


「各編集者には、七票ずつ投票権が与えられます」


「異なるジャンルの作品は得票数順。同ジャンルの作品が重なった場合は、得票数の高い作品を優先し、下位作品は除外します」


「審査順は無作為抽選です」


副編集長の中野が立ち上がり、会議室の黒板前へ移動した。


黒板には、今回の選考対象となる数十作品のタイトルが、あらかじめ書き出されている。


中野副編集長は、傍らに用意されていた箱へ手を入れ、一枚の紙を引いた。


それを広げ、会議室の全員へ見せる。


「では、最初の審査作品は――『シティーXハンター』です」


「投票をお願いします」


中野副編集長の声が響いた瞬間、会議室の大半の編集者が手を挙げた。


挙手は、その作品を評価したという意思表示であり、同時に正式な推薦票でもある。


副編集長の隣に立つ補佐役が、挙がった手を一つずつ数えていく。


最終的に、『シティーXハンター』が獲得したのは四十二票。


参加編集者は五十三人。


実に約八割が票を投じたことになる。


「さすが北条先生だな。この得票数なら、まず選出は間違いないだろう」


「絵柄だけでもすぐ分かるし、もともとの知名度も高い。物語もよくできてる」


「実績のある作家なんだから、選ばれて当然だろ」


投票が始まってからは、会議の進行速度が一気に上がった。


次々と作品名が読み上げられていく。


だが、『シティーXハンター』ほど圧倒的な得票数を記録する作品は、その後しばらく現れなかった。


そして、二十三本目。


「作品『魔法アイドルゆみ』」


「投票をお願いします」


伊織刹那は、すぐに手を挙げた。


自分が新たに担当する作品なのだから、票を投じるのは当然だ。


彼女の近くに座る数人の若手編集者も、最初から打ち合わせていたかのように、続けて手を挙げる。


しかし、それ以外の編集者は誰一人として動かなかった。


「念のため、もう一度確認します」


「ほかに投票される方はいませんか?」


中野副編集長の声は、どこまでも平静だった。


まるで、この結果を最初から予想していたかのようだ。


伊織刹那の顔色がみるみる青ざめていく。


助けを求めるように、上座に座る山崎編集長へ視線を送った。


「この作品も、決して悪くはない」


山崎編集長は目を細め、ゆっくりと口を開く。


「新人作家を励ます意味でも、評価する価値はあるだろう」


そう言って、自ら手を挙げた。


その瞬間、会議室では何人もの編集者が後に続いた。


編集長本人が明確に支持を示した以上、無視するわけにはいかない。


多少なりとも顔を立てる必要がある。


結果、『魔法アイドルゆみ』は二十八票を獲得した。


野村秀夫が小さく舌打ちする。


「貴重な票を無駄にさせやがって」


斎藤律の顔には、冷ややかな笑みが浮かんでいた。


「後ろにもっと優れた同ジャンル作品が残ってるのに、山崎のジジイは部下に票を入れさせた」


「私情を挟むにしても、あまりに露骨すぎるだろ」


野村は慌てて斎藤の腕を引いた。


「落ち着け」


この場で斎藤律が編集長へ噛みつけば、会議の空気は最悪になる。


下手をすれば、自分まで山崎に目をつけられかねない。


斎藤律は野村の手を払いのけたが、口を開くことはなかった。


まだ投票は終わっていない。


すでに選考は半分以上進んでいるものの、『カードキャプターさくら』はまだ抽選されていない。


とはいえ、多くの編集者はまだ票を残している。


山崎の誘導があったとしても、致命的な影響までは受けないだろう。


その後も中野副編集長は、数本の作品名を読み上げていった。


そして再び、箱の中から一枚の紙を引く。


紙を開いた瞬間、その動きがわずかに止まった。


すぐに、会議室全体へ向けて掲げる。


「作品――『カードキャプターさくら』」


「投票をお願いします」

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