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ハーレム,俺の義妹が天才漫画家だった件  作者: 下級生


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第26話 月次例会

十二月下旬。


島川ビルの館内には、すでに新年を迎えるための飾り付けが施されていた。


しかし、三十二階の漫画編集部だけは、相変わらず張り詰めた空気に包まれている。


年末年始の休暇に入る前――十二月の月例賞選考会が、今日開かれるのだ。


各編集者から提出された数十本の新作を一斉に審査し、その中から優秀な七作品を選出。


新年最初に発売される雑誌へ掲載することになっている。


「毎年、年末の月例賞は粒揃いになるよな。今回は、実績のある作家の新作も多いらしいぞ」


「中山先生の『疾風戦士』と、悠宇先生の『夢幻妖子』か。かなり激しい争いになりそうだな」


「当然だろ。冬休みの売上を狙う号なんだから、年間でも一番注目を集めやすい時期だ」


「池田さん、北条先生も今回の月例賞に参加されるんですか?」


「ああ。新作のタイトルは『シティーXハンター』だ」


池田編集者は、どこか誇らしげに胸を張った。


「かなり完成度が高い。正直に言えば、大ヒットする可能性はあると思っている」


「月例賞の枠を取れたら、連載会議で正式に企画を上げるつもりだ」


「羨ましいな。こっちの担当作家は最近どうにもやる気がなくてさ。連載成績もずっと横ばいだよ」


「そういえば、今回は新人賞の受賞作も出るんだろ? 銀賞らしいけど」


「俺も聞いた。伊織編集者に回されたそうだ」


「大賞と金賞は完成度の高い読み切り作品で、もう別の編集者が単行本化を進めてるらしいな」


会議室には、開始前から多くの編集者が集まっていた。


今回の月例賞に提出される作品について、互いに情報を交換している。


もっとも、その内容の大半は、担当作品や作家を持ち上げ合うものだった。


斎藤律は腕を組んだまま、周囲の騒がしさにうんざりしていた。


右隣に座っていた野村秀夫が、斎藤の肩を軽く叩く。


そして、ある方向へ目を向けるよう促した。


斎藤がその視線を追う。


会議机の上座から三つ目の席。


そこには伊織刹那が座り、隣の編集者と楽しそうに話していた。


「後ろ盾があるってのは羨ましいな」


野村秀夫が、小声で皮肉を漏らす。


「この前、あれだけ大勢の前で叱責されたばかりなのに、あんな前の席に座れるんだから」


本来なら、編集者の席順は勤続年数や社内での立場によって決まる。


伊織刹那の経歴なら、せいぜい中央付近が妥当だ。


ましてや、先日の職業倫理に関する公開批判まで考慮すれば、今回は末席へ回されても不思議ではない。


それにもかかわらず、上座に近い場所へ配置されている。


特別な配慮が働いたことは、誰の目にも明らかだった。


「しかも、島川漫画新人賞の銀賞作家まで担当として回してもらったらしい」


野村の声には、わずかに羨望が混じっていた。


実際、会議室にいる多くの編集者も、内心では似たようなことを考えている。


ただし、表立って口にする者はいない。


陰で噂するだけだ。


野村の愚痴を聞いた斎藤律は、表情を変えなかった。


そして、いつもと変わらぬ調子で言い放つ。


「山崎のジジイは、本当に恥ってものを知らないな」


「ここまで露骨に贔屓すれば、社内の空気が腐るのも当然だ」


声量を抑えるつもりなど、最初からなかった。


周囲にいた多くの編集者にも、はっきりと聞こえている。


ざわついていた会議室が、一瞬だけ静まり返った。


伊織刹那の鋭い視線が、斎藤律へ突き刺さる。


もし目で人を殺せるのなら、斎藤はすでに跡形もなく切り刻まれていただろう。


「斎藤編集者は、山崎編集長の判断に異議があるんですか?」


伊織のすぐ下座にいた若い編集者が口を開いた。


「私は、伊織編集者にはこの席に座る資格があると思いますけど」


「何しろ、『月魔女変身』ほどの作品を世に出した方ですから」


もう一人も、すぐに続く。


「そうですよ。それに斎藤編集者は、その大ヒット作を引き継がせてもらったんでしょう?」


「そんな得をしておいて、感謝するどころか文句を言うんですか?」


二人はいずれも、入社して一、二年ほどしか経っていない若手だった。


野村秀夫は、自分の耳を疑った。


(何だ、この生意気な後輩は……)


誰の影響を受けたのかなど、考えるまでもない。


周囲のベテラン編集者たちは、誰一人として口を挟まなかった。


何も聞こえなかったふりをして、この争いへ関わろうとしない。


伊織刹那に職業倫理が欠けていることは、ほとんどの編集者が理解していた。


それでも山崎編集長が目をかけている以上、黙って耐えるしかない。


もっとも、斎藤律が完結寸前の『月魔女変身』を引き継いだことを「得」だと言うのは、あまりにも的外れだった。


実績はすでに伊織がほとんど手にしている。


斎藤に残されたのは、契約問題で揉めたあとの後始末だけだ。


それを幸運と呼ぶなら、打ち切り作品を任されることさえ朗報になってしまう。


それに、斎藤律は人付き合いこそ得意ではないものの、能力の高さでは誰もが認める古株だ。


新人編集者が、ここまで露骨に噛みついていい相手ではない。


だが、斎藤は怒らなかった。


それどころか、突然笑い出す。


「確かに、そのとおりだな」


周囲の視線が一斉に集まった。


「この件については、本当に感謝しないといけない」


斎藤律は、伊織刹那へ顔を向ける。


「ありがとう、伊織編集者」


その瞬間、会議室の時間が止まったかのように静まり返った


先ほど斎藤へ噛みついた二人の若手編集者まで、呆けた表情を浮かべている。


(今日の斎藤律、何か変なものでも食べたのか?)


普段の彼なら、山崎編集長を相手にしても一歩も退かない。


そんな男が、伊織刹那へ素直に礼を言ったのだ。


伊織自身も、一瞬だけ反応が遅れた。


何かがおかしい。


そう感じながらも、その理由までは分からない。


(まさか……山崎編集長に屈したの?)


伊織刹那は表情を崩さず、冷ややかな社交辞令を返した。


「礼には及びません」


「斎藤編集者には、高城留美子先生の作品を無事に完結まで導いていただければと思います」


「もちろんだ。担当として当然のことだからな」


斎藤律の笑みは、ますます深くなっていた。


そのとき、会議室の扉が開く。


編集長や副編集長たちが、連れ立って入ってきた。


先頭に立っているのは、四十代を過ぎた中年男だった。


頭頂部の髪は薄く、大きく突き出した腹を揺らしている。


鼻先には、分厚いレンズの眼鏡が掛かっていた。


「山崎編集長!」


会議室にいた編集者たちが一斉に立ち上がり、頭を下げる。


斎藤律も席を立った。


ただし、山崎へではない。


後ろに続く副編集長たちへ向けて、わずかに腰を折っただけだった。


山崎編集長は一同を見回す。


その視線が斎藤律の上で、一瞬だけ止まった。


眉間にわずかな皺が寄る。


だが、何も言わなかった。


「よし、座りなさい」


「ただちに十二月の月例賞選考を始める」


編集者たちは、再び席へ着いた。


会議机の上座から、大量の原稿が順番に回されてくる。


野村秀夫はそれを受け取りながら、斎藤へ顔を寄せた。


「お前、今日はどうしたんだ?」


「伊織に頭を下げるなんて、いつものお前らしくないぞ」


「ふっ」


斎藤律は、小さく鼻を鳴らした。


「黙って見てろ」


「今日は、面白いものが見られるぞ」



月例賞は、参加する編集者全員による投票で決まる。


三時間にも及ぶ、長丁場の会議だ。


提出された作品を全員で審査し、最も票を集めた七本を選び出す。


伊織刹那は、手元の原稿を次々とめくっていた。


読む速度は遅くない。


一作品につき、およそ五分ほど。


(今回の月例賞は、かなり粒が揃ってるわね)


(『月魔女変身』の序盤と比べても、見劣りしない作品がいくつかある)


そう考えながら、奥歯を噛み締めた。


本来なら、自分にも優秀な新作が何本か回されるはずだった。


山崎編集長は、彼女の副編集長昇進を後押しするため、そのように手配すると約束していた。


ところが、『月魔女変身』の買い切り契約をめぐる問題が想像以上に大きくなった。


作者への補償を約束せざるを得なくなり、その件が上層部の不興を買った。


そのうえ、ライトノベル編集部の編集長まで職業倫理に関する改善提案を提出し、長文の報告書で上層部へ苦情を申し立てた。


結果、伊織刹那は見せしめとして処分されることになった。


副編集長への昇進候補から外されただけではない。


担当として割り振られた新人賞作品も、銀賞の『魔法アイドルゆみ』一本だけ。


大賞と金賞の作品は、ほかの編集者へ回された。


もっとも、『月魔女変身』の担当を外されたことについては、さほど惜しいとは思っていなかった。


高城凌乃は、物語の中盤以降、明らかに勢いを失っていた。


似たような展開の繰り返しについて、読者からも不満の声が出始めている。


今後、さらに人気を伸ばすのは難しいだろう。


昇進の望みが消えた以上、厄介な後始末まで押しつけられるより、誰かへ渡したほうが都合がいい。


(また最初からやり直せばいいだけ)


(山崎編集長がついているんだから、銀賞作品でも月例賞くらいは通せるはずよ)


伊織刹那は、自分の後ろ盾に絶対的な自信を持っていた。


そう考えながら、読み終えた原稿を閉じる。


そして、次の一冊へ手を伸ばした。


表紙に書かれた作品名が目に入る。


「『カードキャプターさくら』……?」


伊織はわずかに眉を上げた。


(『魔法アイドルゆみ』以外にも、魔法少女ものが出ているのね)


月例賞の審査に回される原稿には、作者名が記されていない。


編集者の判断へ余計な影響を与えないためだ。


有名漫画家ともなれば、名前そのものが一つのブランドになる。


それだけで評価が甘くなる可能性は高い。


(ということは、これは『魔法アイドルゆみ』の競合作品ね)


(同じ題材なら、比較されたときに銀賞作品のほうが有利に決まってる)


(どの編集者が出したのか知らないけど、本当に馬鹿ね。市場調査もしていないのかしら)


伊織刹那は、浮かびそうになる笑みをこらえた。


自分が新たに担当する『魔法アイドルゆみ』は、決して悪い作品ではない。


初めて『月魔女変身』を読んだときほどの衝撃こそなかったが、ありふれた同ジャンル作品と比べれば、明らかに一段上の完成度を持っている。


題材にも相応の工夫が加えられていた。


そうでなければ、新人賞の銀賞を勝ち取ることなどできなかっただろう。


「まあ、一応読んでおきましょうか」


伊織刹那は一ページ目を開き、作品を読み始めた。

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