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氷狼魔術師長様と私の、甘い契約結婚~実は溺愛されていたなんて聞いていません!~  作者: 雨宮羽那
番外編

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SS・幸せな上書き①

本編読了後の閲覧を推奨します(*_ _))*゜


 給料日。

 それは私にとって、勝ち取ったはずの自由の証が私の手元から奪われる日だった。

 ほんの少し前までは。


 (……どうしよう)


 ほかの事務職員たちが帰って誰もいない事務室で、私、セレフィア・ヴェルナーは考えあぐねていた。

 目の前の机に置かれているのは、今月分の給料が入った茶封筒。

 先ほど、事務室の上司から手渡されたばかりのものだ。

 なお先月分の茶封筒は未開封手付かずのまま、自室の机の引き出しに入れっぱなしになっている。先々月の分も同様に。


 (このままじゃあ溜まっていく一方だわ)


 それ自体は、決して悪いことではないのだが……。

 私はなんとも言えない居心地の悪さに、ふうと息を吐き出した。

 

 給料日は、私にとって魔の日だった。

 私の給料が家計にあてられることへの不満、というよりも、得たはずの自由や尊厳までが消えてなくなるような日という印象だった。


 その原因であったバクスター家から解放されて……、シリウス様と結婚してからはや数ヶ月。

 私が勝ち得た自由の証は、ただただ溜まっていくばかりだった。


 というのも、魔術師長で公爵で魔術士爵のシリウス様が金銭面で困っているわけもなく、私の給料は全額手元に残ったまま。

 その使い道を、私はずっと考え続けていた。


 (うーん……。給料って、他の人たちは何に使っているのかしら)


 アリスならきっと、流行りのお菓子やオシャレに使っているだろう。

 私だって、そういうものに興味がないわけではない。

 けれど、それが本当に必要なものなのかと、一度立ち止まってしまう癖がついてしまっていた。

 今まで私の自由になるお金が、わずかなものだったからだ。

 

 そして何より——自分のためだけにお金を使うことへの罪悪感。


「セレフィア、迎えに来ました」


 その時、涼やかな声が事務室内に割り込んできて、考えごとにふけっていた私はびくりとしてしまった。

 振り返ると、出入口の扉のところにシリウス様が立っていた。


 (あ、しまった。シリウス様を待っていたんだったわ)


 朝の馬車内で、『今日は早く帰れそうだから一緒に帰りましょう』とシリウス様に言われ、私は迎えに来てくれるのを待っていたのだ。


「し、シリウス様……!」


 私は茶封筒をショルダーバッグの中へ押し込むと、慌ててシリウス様のもとへ駆け寄った。


「? どうかしました?」


「いいえ……! 帰りましょう、シリウス様!」



 ◇◇◇◇◇◇

 


 いつものように、シリウス様と向かい合って馬車に座る。

 いつもと変わらない、馬車での帰り道。

 そのはずなのに、今日はどうしても心が落ち着かなかった。

 窓の外を流れる景色を眺めて気を紛らわせようとしても、肩にかけたままのショルダーバッグの中身が気になって仕方がない。

 そんな私の様子に気づいたのか、シリウス様がふと視線を向けてきた。


「下ろさないんですか? カバン」


 その言葉に、私は反射的に肩を揺らしてしまった。


「……あ」


 屋敷への道のりはそれなりに長い。普段なら、ショルダーバッグは肩から外して膝の上に置いていた。

 日頃当たり前のようにしていることにすら気が回らない。

 その理由を、シリウス様には勘づかれてしまっている気がした。


「なにかありましたか?」


「そんなことは……」


 咄嗟に否定しようと口を開く。けれども、私の声はどんどんと弱々しくなっていった。


「ありますよね。せっかくの給料日だというのに浮かない顔をしている。……今月だけではなく、先月もだ」


 シリウス様の指先が、そっと私の頬へ触れる。

 慰めるような優しい手つきだ。

 きっと、この人には気づかれてしまっているのだろう。

 私の心が不安で揺らいでいるのを。


「あなたの心を悩ませるものを解消する特権を、私にいただけませんか」


 顔をあげると、シリウス様のオッドアイと視線が交わった。

 アンバーとライトブルーの双眸は、私を気遣うように見つめている。


 (ずるいなぁ……シリウス様は)


 そんな瞳で優しい言葉をかけられると、甘えたくなってしまう。

 そして私はもう、自分がシリウス様に甘えても許される人間なのだと理解していた。


「……給料日だから、です」


 私は、ぽつりぽつりと自分の胸の内を話し始めた。


「少し前まで、給料日は憂鬱な日でした。一度、私の手元からすべてがなくなるので……。でも今は、自分の手元に給料がすべて残る。それが慣れなくて……。封筒も、開けられていないんです。おかしいですよね、私のもののはずなのに」


 私は自嘲気味に笑う。

 シリウス様は静かに息を呑み、それから視線を落とした。その目元には影が落ちているように見えた。

 

「給料日が憂鬱な日……」


 シリウス様は顎に指先を添え、しばらくの間考え込んでいた。だが、やがて真っ直ぐに私を見つめた。


「セレフィア。まずは、気づけなくて申し訳ありません」

 

「い、いえ! シリウス様が謝るようなことじゃ……!」


「いいえ。あなたの問題は私の問題だ。私はあなたの夫なのですから」


「シリウス様……」


 胸の奥がじんと熱い。

 この人は、私の過去の痛みを自分ごとのように受け止めようとしてくれている。

 それだけで、張り詰めていた心の糸が緩んでいく。

 

「そうですね……。すぐには難しくとも、必ず私が、給料日を幸せな日に塗り替えてみせましょう」

 

「と、いいますと?」


「セレフィア。給料袋を出してください」

 

 一瞬、私の脳裏にアルフレッドがよぎった。


 (……シリウス様は、お義兄様とは違うわ)


 アルフレッドと違って、シリウス様は私のものを奪ったりはしない。

 むしろ、与えてくれる人だ。

 

「……はい」

 

 私は義兄の幻影を振り払い、言われた通りにショルダーバッグから給料袋を取り出す。

 向かい合わせに座る馬車の中、シリウス様の手が私の手を包むように触れた。

 

「給料袋を、一緒に開けましょう」


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