55・氷狼魔術師長様と私の、甘い結婚②(最終話)
眠る支度を整えた私は、約束通りシリウス様の部屋へ向かっていた。
(シリウス様からの話ってなんだろう?)
先ほどのシリウス様の真剣な表情を思い出す。
きっと、よほど大切な話なのだろう。
ふわふわと浮かれた心地のまま扉の前までやってきて――そしてはたと気づいた。
(……あれ。よくよく考えたら今日っていわゆる初夜では?)
ついさっきまでは、本気で大事な話があるのだろうと思い込んでいた。
けれど、普通に考えるなら、結婚式の夜に部屋に呼ばれるというのはそういう意味では――?
その考えに思い至った途端、頬が一気に熱を持ち始めた。
(い、いやいやいや、まさかね! シリウス様に限って……シリウス様に、限って……)
脳裏によぎるのは、いつも真顔でしれっと甘いセリフを吐いているシリウス様の姿。
なまじ否定しきれないのが怖い。
(どうしよう……急に緊張してきた)
けれど、「うかがいます」とシリウス様に言った手前、今更逃げるわけにもいかないだろう。
私は雑念を追い払うようにかぶりを振ると、シリウス様の部屋の扉をそっと叩いた。
「はい、どうぞ」
すぐにシリウス様の返事が返ってくる。
室内に入ると、シリウス様は部屋の奥にあるベッドへ腰掛けていた。
白いシャツに黒のズボンという簡素な服装だ。
いつもの堅苦しい服装とは違っていて、どきりとしてしまう。
「し、失礼します」
「こちらへどうぞ」
促され、私はそっとシリウス様の隣へ腰を下ろした。
隣に座っただけのはずなのに、どきどきと鼓動が早くてなんだか落ち着かない。
「シリウス様……あ、あの、話ってなんですか……?」
「……これをあなたに渡さなくてはと思いまして」
シリウス様は枕元に置かれていた小箱を手に取る。
木製の、手のひらに収まるほどの四角い箱だ。
シリウス様は小箱を私へ差し出す。
「開けてみてください」
私は差し出された箱を受け取ると、言われた通りにそっと蓋を開けてみた。
中には、淡く光を宿した丸い水晶が収まっている。
きらきらと輝いていて美しい。
「これは?」
「それは、私があなたのお父上から預かった、あなたの魔力です」
「…………はい?」
思わず、間の抜けた声がこぼれた。
この水晶が、私の魔力?
「ええと……、私は魔力がないはずですよね?」
困惑を隠せないままに尋ねると、シリウス様はふうと息を吐いた。
「本当に魔力がないのなら、魔力の流れを感じることなどできませんよ」
「……」
シリウス様にはっきりと言われ、私は押し黙ってしまう。
それは、たしかにシリウス様の言う通りではあるのだ。
魔力がないのなら、通常は魔力の流れなんてはっきりと見えるわけがない。
それでも見えるのは、魔術軍医だった父のそばにいたからだと勝手に思い込んでいた。
だか、そうではなかったということか。
「それに、以前あなたと行った魔術師専用の宝飾店。あそこは魔力のない人間はそもそも見えませんし、立ち入ることができない場所です。たとえ、私と一緒であろうともね」
「……じゃあ、本当に私には魔力が……?」
私は手元の水晶をじっと見つめた。
突然「実は魔力がある」なんて告げられても、にわかには信じ難い。
それでも、シリウス様が言うのなら真実なのだろう。
「でも、どうして……」
どうして、私の魔力がこんな水晶となっているのだろうか。
「あなたの魔力は、おそらく私と同程度の強さがあります。それに加え、生まれつき強い魔力耐性を持っていた。そうなると、軍事的・政治的に利用される可能性が高い」
シリウス様の言葉に、私ははっと顔をあげた。
「あなたは女性だ。お父上は、あなたを危険な場へ行かせたくはなかったのでしょう」
シリウス様の言葉は、私からしても想像にかたくないことだった。
魔術は私に対して効果をなさない。その上魔力が強いとなれば、魔術を用いた戦いへ駆り出される未来は私ですら簡単に想像できる。
「だから、本来使用してはならない禁術を使い、まだ幼かったあなたから魔力を取り出して、水晶の形に変えた」
「お父様が……」
「ええ。あなたが誰かに強制されることなく、自分の道を選べるようにと」
(お父様)
胸の中に熱いものが込み上げてくる。
私は小箱をそっと握りしめた。
「お父上は、自分の死期が近いのを察していたんでしょうね。私は、あなたへの縁談話を受け入れてもらった時に、お父上から託されたんですよ。あなたと結婚した時に渡してやってほしいと」
シリウス様は少しだけ瞳を伏せた。
言葉を選ぶようにして続ける。
「紆余曲折あったせいで、渡すのが遅くはなりましたし……。私以外の男と結婚したらどう渡すべきかと、内心悩んではいたんですが」
そこでシリウス様はふっと小さく笑った。
「無事に私と結婚してくださったのだから、もう済んだことです」
これまでの出来事を思えば色々と思うところはあるだろうに、シリウス様は穏やかに目元を緩めていた。
「セレフィア。もしあなたが望むなら、魔力のある人生を取り戻すことができます。あなたの人生です。あなたが選んでください」
「……私は」
突然のことで戸惑いはある。
けれど、答えはすぐに決まっていた。
私はゆっくりと首を振った。
「私は、このままでいようと思います。今更、魔術を使いこなせるとは思えませんし……。それに、父が私のために、禁を破ってまでしてくれたことですから」
「……そうですか。あなたが望むなら、それが一番だと思いますよ」
シリウス様は優しい微笑みを私に向けてくる。
途端、頬がじわりと熱くなり、私は水晶へ視線を落とした。
(すごく、真面目な話だったわ。初夜だとか妙な想像をしていた自分が恥ずかしい)
ほっとすると同時に……、なんだか肩透かしを食らったような気分だ。
(……ちょっとだけ残念に思うなんて、変なの)
そんなことを自分で考えて、さらに顔が熱くなる。
「ところで――」
気持ちを誤魔化すように小箱の蓋を閉じていると、私の手にそっとシリウスの手が重なった。
「今夜私の部屋に来てくださったということは、少しは期待してもいいんですか?」
「え?」
言葉を返すよりも早くシリウス様に腰を引かれ、私は体勢を崩してベッドへ倒れ込んだ。
見上げた先にはシリウス様がいる。
「は、話があるって呼んだのはシリウス様ですよね……!?」
「それはそうですが……」
シリウス様は体をかがめると、私の耳に直接吹き込むようにして囁いた。
「さすがに、今夜あなたを呼んだ理由がもう一つあることくらい……分かりますよね?」
「〜〜っ!?」
「ふふ、真っ赤になって可愛いらしい」
軽く笑いながら、シリウス様が優しい手つきで私の頬を撫でてくる。
たったそれだけで胸が跳ね、呼吸が上手くできなくなってしまった。
悲鳴が言葉にならない。
「セレフィア」
シリウス様が、私の名を愛おしげに呼んでくるものだから、余計に。
「病める時も健やかなる時も。私が必ず、あなたを守ります」
「シリウス、様」
昼間の誓いを繰り返すようなシリウス様の言葉に、私の全身に熱が広がっていく。
心も身体も、熱くてたまらない。
シリウス様は私の額へ、そっとキスを落とした。
「愛しています。私のすべてを、あなたに捧げましょう」
まぶたに、鼻先に、頬に。そして、唇に。
ついばむようなキスが落ちてきて、優しく触れては離れていく。
「私も……愛しています。シリウス様」
私はそっと腕をのばし、シリウス様の背中へ回した。
この人となら、どんな未来であってもきっと幸せだ。
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