SS・幸せな上書き②
シリウス様に導かれるようにして、茶封筒の端へ指を添える。
「……っ」
ぴくりと震えた私の指を、シリウス様の指がそっと労わるように撫でた。
「そう怯えなくていい。これはあなたが働いて得たものです。だから、あなた自身の手で開けるんですよ。私はそれを手伝うだけだ」
「……はい」
私は目を閉じ、一度深く息を吸った。
封筒を持つ手が震える。
けれど、せっかくシリウス様が手伝ってくれているのだ。
今ならば、開けられるかもしれない。
(私は一人じゃない。私はもう、自由だ)
決意を固め、茶封筒をじっと見据える。
私はシリウス様と共に、ゆっくりと茶封筒の口を開いた。
今までは義兄に回収され、私の手元にはごくごく一部の必要経費しか戻ってこなかった給料。
その全額が、ちゃんとある。
「よく出来ました」
シリウス様の大きな手のひらが、私の頭をそっと撫でる。
途端、なんだか目の奥がじんわりと熱くなってきた気がした。
「ありがとう、ございます」
泣きそうになるのをぐっと堪えて微笑むと、シリウス様はふっと優しく目元を細めた。
「さて、封筒は開きましたし……。今日は寄り道をしましょうか」
「寄り道?」
「ええ、給料日なので」
それは一体どういう理屈なのだろう。
私が困惑している間に、シリウス様は御者へと合図を送っていた。
「今日から月一で、寄り道デートをしましょう」
馬車は徐々に速度を落とし、やがて道端にとまる。
「さ、行きましょう。セレフィア」
先に馬車を降りたシリウス様は、私へと手を差し伸べた。
その手を取って馬車の外へ出る。そこは夜の城下町だった。
煌々と照らす魔導灯の光と、行き交う人々のざわめきや話し声で華やいでいる。
「今日は給料日。少しだけ、贅沢をしませんか」
並んで城下町を歩きながら、シリウス様が口を開いた。
「贅沢?」
「何か自分へのご褒美を購入してもいいですし、外食するのも良いでしょう」
「ご褒美……」
『ご褒美』という言葉が、どうにもまだ馴染まない。
思わず足を止めた私に、シリウス様はこちらを振り返りながら微笑んだ。
「あなたが慣れるまでは、私が贈りましょうかね。あなたへのご褒美を」
「えっ!? 私だけが貰うわけにはいきません!」
「でしたら、あなたが私へなにかご褒美をください。ご褒美を交換しましょう」
シリウス様の提案に、はたと動きを止める。
その申し出は、私にとってとても魅力的に感じられたのだ。
「それは……素敵ですね」
そう答えた瞬間、胸の奥に居座っていた不安が軽くなる。
自分に向けてご褒美を贈るのは、まだ抵抗がある。
だけれど、シリウス様へのご褒美なら……。それは私にとって幸せな贈り物になる。
「まずは、あなたへのご褒美から探しにいきましょうか」
シリウス様は私の手をそっと引いて歩き出す。
「欲しいものはありますか? なんでもいいですよ」
「欲しいもの……」
そう言われても、すぐには思い浮かばない。
視線を街の店先へさまよわせ……、ふと私の視界の端に色鮮やかなものが映った。
「……あ」
足が自然と止まる。
そこにあったのは、小さな花屋だった。
夜でも営業しているようで、カラフルな軒先の下、魔導灯の柔らかな明かりに照らされた色とりどりの花々が輝いている。
そのみずみずしい輝きに、心が惹き付けられてしまった。
この花をシリウス様からもらえたらどんなに素敵だろう。
きっと……毎月の給料日が待ち遠しくなる。
「シリウス様、ご褒美ってなんでもいいんですよね?」
「ええ、もちろん」
「でしたら、お花がいいです。毎月、お花をいただけたら嬉しいです」
「あなたが望むのでしたら、喜んで」
シリウス様はどこか嬉しそうに目元を細めると、店員へ声をかけた。
あっという間に、淡い色合いでまとめられた可愛らしい花束が出来上がっていく。
店員から花束を受け取ったシリウス様は、私の方へ差し出した。
「さぁ、あなたへのご褒美だ。受け取ってください」
「あ、ありがとうございます」
シリウス様から花束を受け取ると、優しい香りが鼻腔をくすぐる。
「セレフィア、今月もお疲れ様。よく頑張りましたね」
「……はい」
私はシリウス様の言葉を噛み締めるように、ゆっくりと頷いた。
なんだか、心がぽかぽかと温かい。
給料日は、これから毎月シリウス様と寄り道デートをする日。
お互いにご褒美を贈り合う日。
そう考えたら、今まで憂鬱だった給料日が楽しく思えてきた。
なんとなくだが、これからは好きになっていけそうな気がする。
「じゃあ次は、シリウス様のご褒美を探す番ですね!」
「ふ、張り切っていて可愛らしい。私はあなたが選んだものならなんでも嬉しいですよ」
「そういうのが一番困るんですよ! シリウス様!」
軽口を言い合いながら、どちらからともなく手を繋ぐ。
寄り道デートはまだ始まったばかりだ。




