47・静かなる裁き(sideシリウス)
シリウスは屋敷のエントランスで静かに息を吐き出した。
アルフレッドの調査についてはオリバーに任せた。結果が出るまでには時間がかかるだろう。
ひとまず今の自分にできることは、できる限りセレフィアの近くにいることだけだ。
魔術省へ戻ろうと、シリウスが踵を返したその時だった。
玄関の扉が乱暴に叩かれた。
「魔術師長様……! いらっしゃいますか!? お助け下さい!」
(この声は、バクスターの……)
扉越しに聞こえてきた声に、シリウスは瞬時に眉をひそめる。
開けたくはないが、このまま放置するわけにもいかない。
シリウスは軽く指を動かすと、魔術で扉を開けた。
「バクスター男爵、それにご夫人まで……。一体なんの御用ですか」
ゆっくりと開く扉の速度が耐えられなかったのか、バクスター夫妻は扉を押し開け涙声で訴える。
「突然の来訪、お許しくださいませ! ですが、大変なのです! 数日前にアルフレッドが行方をくらましまして!」
「それに、アルフレッドはうちの金まですべて持ち出したようなのです! 土地屋敷を売った、わしらの最後の頼みの綱だったというのに、あの馬鹿息子は……!」
「なんですって……?」
バクスター夫妻の言葉に、シリウスはわずかに呼吸を止めた。
胸に広がる思いは、驚きと言うよりも警戒の方が強かった。
バクスターの所領へ返還命令が出されたことは、陛下から正式に貴族全体へ通達されている。
その後、別の貴族が土地と屋敷を買い取ったことも、行政情報としてシリウスの耳にも入っていた。
それよりもシリウスが引っかかったのは、アルフレッドが金をもったままバクスター家から行方をくらましたということだ。
「魔術師長様、どうか……! 少しばかりの援助を……!」
夫人がシリウスの腕へすがりつく。
その態度はシリウスにとって、吐き気がするほどに不快なものだった。
(反吐が出る)
「援助……ですか」
シリウスは夫人の腕をやんわり振りほどくと、瞳を細めて低く呟いた。
冷気をまとったシリウスの声に、バクスター夫妻はそろって肩を震わせる。
シリウスは二人の反応に構わず淡々と続けた。
「あなた方がセレフィアにしてきた仕打ちを、私はすべて知っていますよ」
「え……?」
男爵も夫人も頬をひきつらせている。
「領地経営を怠り、セレフィアの給料を搾取、家事の押しつけ、縁談の妨害。それから……彼女を厄介者として扱い、軽んじ続けたことも」
「なんて人聞きの悪い! まさかセレフィアがそんなことを!?」
「いいえ、まさか。彼女はそんなことは言いません。私が勝手に調べただけですよ」
夫人がどれだけ騒ごうとも、シリウスとしてはただ事実を告げているだけだ。
ひと月前のあの夜、アルフレッドを酒場で見かけたあとに、シリウスはオリバーを使って情報を集めた。
バクスター家でかつて働いていた使用人や、元領民から得た確かな事実である。
夫人が喚けば喚くほどに、シリウスの心も視線も冷え込んでいく。
「今まで黙っていたのはセレフィアのためと……あなた方が変わる一縷の可能性に期待してのことだ」
淡々と告げるシリウスの声には、怒りよりも深い失望が滲んでいた。
「結果、変わらなかったみたいですがね」
バクスター夫妻は言い訳が思い浮かばないのか、苦々しげに表情を歪めている。
「私の大事なセレフィアを蔑ろにし続けたあなた方に、なぜ私が援助をしなければならないんです?」
「……っ!」
二人の顔からどんどん血の気が失われていく。
バクスター夫妻は言葉を発せないままに立ち尽くしていた。
「……ただ、あなた方を見捨てたとあれば、セレフィアが胸を痛めるでしょう。優しい子ですからね」
シリウスは小さく息を吐き出す。
バクスター家へ救いの手を差し出したいわけではない。
バクスター家の今の有様は、自業自得だ。同情の余地もない。
それでもシリウスが見捨てられなかったのは、こんな彼らでもセレフィアの義家族だからだ。
「援助はしましょう」
シリウスの一言に、バクスター夫妻の顔がぱっと輝く。
その喜びが長く続かないことを、彼らは理解していない。
「ただし、私の援助を受け取るならば、金輪際セレフィアに関わらないことを誓いなさい。二者択一です」
シリウスとしては、彼らがセレフィアへ害をなさないのならばなんでもよかった。
けれどこの人達には、ここまではっきりと言わないと伝わらないだろう。
「……援助を……お願いします」
シリウスは黙ったまま、ひらりと手を動かして魔術で布袋を取り出した。
中には、当面の生活資金になるだけの金額が入っている。
それ以上のことについては、シリウスはもう関与するつもりはない。
バクスター夫妻は布袋を受け取ると、何度も頭を下げながら逃げるように去っていった。
扉が閉まると同時に、シリウスは深いため息をついた。
(それにしても、どういうことだ? アルフレッド卿が、数日前から姿を消している?)
バクスター家から金を持ち出した上、何故今になってセレフィアの前に現れたのか。
ずっと胸に居座っていた焦りと嫌な予感が、確かな形を持ち始めていた。
窓の外を見ると、空はすでに夕暮れの色に染まりつつある。
(早くセレフィアを迎えに行かなくては)
シリウスは魔術省へ向かうべく、屋敷をあとにした。




