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氷狼魔術師長様と私の、甘い契約結婚~実は溺愛されていたなんて聞いていません!~  作者: 雨宮羽那
第5章

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47・静かなる裁き(sideシリウス)


 シリウスは屋敷のエントランスで静かに息を吐き出した。

 アルフレッドの調査についてはオリバーに任せた。結果が出るまでには時間がかかるだろう。

 ひとまず今の自分にできることは、できる限りセレフィアの近くにいることだけだ。

 

 魔術省へ戻ろうと、シリウスが踵を返したその時だった。

 玄関の扉が乱暴に叩かれた。


「魔術師長様……! いらっしゃいますか!? お助け下さい!」


 (この声は、バクスターの……)


 扉越しに聞こえてきた声に、シリウスは瞬時に眉をひそめる。

 開けたくはないが、このまま放置するわけにもいかない。

 シリウスは軽く指を動かすと、魔術で扉を開けた。


「バクスター男爵、それにご夫人まで……。一体なんの御用ですか」


 ゆっくりと開く扉の速度が耐えられなかったのか、バクスター夫妻は扉を押し開け涙声で訴える。


「突然の来訪、お許しくださいませ! ですが、大変なのです! 数日前にアルフレッドが行方をくらましまして!」


「それに、アルフレッドはうちの金まですべて持ち出したようなのです! 土地屋敷を売った、わしらの最後の頼みの綱だったというのに、あの馬鹿息子は……!」


「なんですって……?」

 

 バクスター夫妻の言葉に、シリウスはわずかに呼吸を止めた。

 胸に広がる思いは、驚きと言うよりも警戒の方が強かった。

 

 バクスターの所領へ返還命令が出されたことは、陛下から正式に貴族全体へ通達されている。

 その後、別の貴族が土地と屋敷を買い取ったことも、行政情報としてシリウスの耳にも入っていた。


 それよりもシリウスが引っかかったのは、アルフレッドが金をもったままバクスター家から行方をくらましたということだ。

 

「魔術師長様、どうか……! 少しばかりの援助を……!」


 夫人がシリウスの腕へすがりつく。

 その態度はシリウスにとって、吐き気がするほどに不快なものだった。

 

 (反吐(へど)が出る)


「援助……ですか」


 シリウスは夫人の腕をやんわり振りほどくと、瞳を細めて低く呟いた。

 冷気をまとったシリウスの声に、バクスター夫妻はそろって肩を震わせる。

 シリウスは二人の反応に構わず淡々と続けた。


「あなた方がセレフィアにしてきた仕打ちを、私はすべて知っていますよ」


「え……?」


 男爵も夫人も頬をひきつらせている。


「領地経営を怠り、セレフィアの給料を搾取、家事の押しつけ、縁談の妨害。それから……彼女を厄介者として扱い、軽んじ続けたことも」


「なんて人聞きの悪い! まさかセレフィアがそんなことを!?」


「いいえ、まさか。彼女はそんなことは言いません。私が勝手に調べただけですよ」


 夫人がどれだけ騒ごうとも、シリウスとしてはただ事実を告げているだけだ。

 ひと月前のあの夜、アルフレッドを酒場で見かけたあとに、シリウスはオリバーを使って情報を集めた。

 バクスター家でかつて働いていた使用人や、元領民から得た確かな事実である。


 夫人が喚けば喚くほどに、シリウスの心も視線も冷え込んでいく。


「今まで黙っていたのはセレフィアのためと……あなた方が変わる一縷(いちる)の可能性に期待してのことだ」

 

 淡々と告げるシリウスの声には、怒りよりも深い失望が滲んでいた。


「結果、変わらなかったみたいですがね」


 バクスター夫妻は言い訳が思い浮かばないのか、苦々しげに表情を歪めている。

 

「私の大事なセレフィアを蔑(ないがし)ろにし続けたあなた方に、なぜ私が援助をしなければならないんです?」


「……っ!」


 二人の顔からどんどん血の気が失われていく。

 バクスター夫妻は言葉を発せないままに立ち尽くしていた。


「……ただ、あなた方を見捨てたとあれば、セレフィアが胸を痛めるでしょう。優しい子ですからね」


 シリウスは小さく息を吐き出す。

 バクスター家へ救いの手を差し出したいわけではない。

 バクスター家の今の有様は、自業自得だ。同情の余地もない。

 それでもシリウスが見捨てられなかったのは、こんな彼らでもセレフィアの義家族だからだ。


「援助はしましょう」

 

 シリウスの一言に、バクスター夫妻の顔がぱっと輝く。

 その喜びが長く続かないことを、彼らは理解していない。

 

「ただし、私の援助を受け取るならば、金輪際(こんりんざい)セレフィアに関わらないことを誓いなさい。二者択一です」


 シリウスとしては、彼らがセレフィアへ害をなさないのならばなんでもよかった。

 けれどこの人達には、ここまではっきりと言わないと伝わらないだろう。

 

「……援助を……お願いします」


 シリウスは黙ったまま、ひらりと手を動かして魔術で布袋を取り出した。

 中には、当面の生活資金になるだけの金額が入っている。

 それ以上のことについては、シリウスはもう関与するつもりはない。

 

 バクスター夫妻は布袋を受け取ると、何度も頭を下げながら逃げるように去っていった。


 扉が閉まると同時に、シリウスは深いため息をついた。


 (それにしても、どういうことだ? アルフレッド卿が、数日前から姿を消している?)


 バクスター家から金を持ち出した上、何故今になってセレフィアの前に現れたのか。


 ずっと胸に居座っていた焦りと嫌な予感が、確かな形を持ち始めていた。

 窓の外を見ると、空はすでに夕暮れの色に染まりつつある。


 (早くセレフィアを迎えに行かなくては)


 シリウスは魔術省へ向かうべく、屋敷をあとにした。


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