40・幕間3(sideアルフレッド)
アルフレッドは、王都の路地の片隅で薄汚れた求人張り紙を睨みつけていた。
街の空気は冷たく、夜が近づいてきている。
魔道灯の立ち並ぶ華やかな大通りとは違い、ここには小さなランタン型の明かり一つだけで薄暗い。
(馬鹿馬鹿しい)
母に「仕事を探してこい」と言われ、アルフレッドは仕方なく屋敷を出た。
だが、魔力もさして強くなく、貴族の肩書きだけが取り柄だったアルフレッドにまともな仕事がすぐに見つかるわけもない。
屋敷近くの小さな町では割のいい仕事が見つからず、王都までやってきたが……それも無駄足だった。
(くそ……どいつもこいつも俺を馬鹿にして)
求人を信じて店を訪ねても、すべて断られ、冷たくあしらわれ、見下された。
アルフレッドの胸の内には、堪えきれないほどの苛立ちが膨れ上がっていた。
(全部、セレフィアがいなくなったせいだ)
身体の芯から外側へじりじりと焼けこげていくような感覚がする。
アルフレッドは湧き上がる焦燥に突き動かされるようにして、貼られた求人をぐしゃりと握りつぶす。
その時だった。
ふと視界の端に――見慣れていたストロベリーブロンドが映ったような気がした。
(セレフィア……?)
たとえ後ろ姿であっても、アルフレッドがセレフィアを見間違えるなどありえない。
アルフレッドは路地から大通りへと足を向けた。
まるで、指先からすり抜けてしまった幻想にすがりつこうとするような心地だった。
(どうして手紙を返してくれなかったんだ。お前は今、どう過ごしている)
「セレ――……」
言いたいことが、山のようにあった。
魔道灯の明かりに照らされたセレフィアの背中へ声をかけようとして――アルフレッドは途中で言葉を失ってしまった。
セレフィアの隣に、背の高い男がいる。
光を弾くような銀の髪……。
(シリウス・ヴェルナー……!)
後ろ姿でさえ目立つあの容姿は、魔術師長に違いない。
二人は、夜の大通りを並んで歩いていた。
いや、ただ並んで歩いているだけではない。
手を繋いで歩いている。
セレフィアは、アルフレッドが一度も見たことがないほど柔らかい微笑みを浮かべていた。
頬を染め、幸せそうに、笑っている。
まるで世界に光が満ち溢れているかのよう。
(なんだ、これは……)
アルフレッドは自分で自分の胸ぐらをぐっと掴んだ。
服に爪が食い込むほどに強く、握りしめる。
そうしないと、倒れてしまいそうだった。
胸の奥で、ひどく淀んだ感情が渦巻いている。
怒りなのか、嫉妬なのか、焦燥なのか。
ぐちゃぐちゃに混ざりあって、自分でも判別がつかない。
ただ、押さえ込んでいたはずのどろりとした感情が、限界点を超えて溢れ出したことだけが、アルフレッドにもわかっていた。
セレフィアは、あの男の手を握り返している。
拒むことなく、嬉しそうに、寄り添っている。
(俺を……差し置いて?)
そう考えた途端、アルフレッドの呼吸が荒くなっていった。
上手く息が吸えず、吐く息が震える。
視界がじわりと赤く染まって、何も見えなくなっていくような錯覚を抱いた。
セレフィアは、今アルフレッドがどれだけ苦しんでいるのかを知らない。
家の中がどうなっているのかも知らない。
両親がどれほど無能で、どれほどアルフレッドが我慢してきたのかも知らない。
(なんでお前だけ、幸せそうに笑って……)
その瞬間、アルフレッドの中で何かがぷつりと音を立てて切れた。
「……ああ、そうだ」
アルフレッドは視線を地面へ落とす。
こぼれ落ちた呟きは誰に届くこともなく、ただ冷たい夜風にかき消されていく。
(俺も、『裏切り者』になればいいのか)
セレフィアが家を……アルフレッドを裏切って一人だけ幸せになろうとするのなら、自分もまた家を裏切ればいい。
(セレフィアと一緒に)
セレフィアに抱く感情は、愛なのだろうか。
それとも憎しみなのか、執着か。
もはや境界が曖昧でアルフレッドにすら分からない。
(……俺より幸せになるなんて許せない。セレフィアは、俺の義妹だ)
アルフレッドはセレフィアに背を向けると、一人、屋敷への帰路を辿り始めた。




