39・秘密のプレゼント
大通りを並んで歩き始めてそれなりの時間が経ったのだが……。
私はすっかり困り果てていた。
(店の通りを歩けばシリウス様の好みがわかるかも、なんて考えていたけど……)
私の考えが甘かったかもしれない。
しばらく歩いてはみたものの、シリウス様は店の方へよそ見をすることなく、私の方ばかり見ている。
「シリウス様……、何か興味があるお店とかないんですか……!? 私ばかり見られても困るんですが!?」
「私が興味があるのはあなたなので」
一応率直に抗議をしてみたものの、淡々とした声音でさも当然のように返された。
シリウス様は平然としているが、こちらは動揺して足を止めてしまいそうになってしまう。
(嬉しいけど違う! 今はそうじゃない!)
「何か欲しいものがあるなら贈りますよ?」
どうやら完全に勘違いされているようだ。
シリウス様は、『私が何か欲しいものがある』と思っているらしい。
「えっ! ち、違います! そういうわけでは!」
欲しいものがある、という点ではあながち間違いではない。
けれど、シリウス様へのプレゼントを当の本人に買ってもらうなど本末転倒だ。
咄嗟に否定すると、シリウス様は不思議そうに首を傾けた。
「では、なぜ急に歩きたいと?」
「そ……それは……」
(言えるわけがない! シリウス様へのプレゼントを探しているんです、なんて!)
シリウス様を納得させられるような言いわけがすぐには思い浮かばず、言い淀んでしまう。
苦々しい笑いを浮かべて誤魔化していると、ふと私の視界の端に小さな紳士物の小物店が映った。
(あそこ……、紳士物のお店?)
ショーウィンドウには、ネクタイやタイピン、ベルトなどが整然と並んでいる。
(最悪、シリウス様の好きなものが分からなくても、ああいう小物なら使ってもらえるのでは……?)
店内の商品が見たい。どうしても、見たい。
それに、このまま街を歩いていてもシリウス様はおそらく店を見てくれないだろう。
時間ばかりがすぎていくだろうことは明らかだ。
(ええい! もうこうなったらやけだわ!)
「し、シリウス様……! あのお店見てみたいです! 入ってもいいですか……!」
勢いのままに宣言すると、私はシリウス様の腕を掴んでぐいと引いた。
「それは構いませんが……。ま、待ちなさい、セレフィア! そんなに引っ張らなくてもついていきますから!」
すぐ後ろから、珍しくも慌てたような声が聞こえてくる。
私は逃げ込むように店の扉を押し開けた。
(うわぁ……大人っぽいお店……)
店内に入って目に飛び込んできた内装に、思わずしり込みしてしまう。
控えめの照明に照らされた店の中は濃い木目調で統一され、棚には紳士物の小物が並べられていた。
「セレフィア、ここは男性向けの店のようですよ?」
「そ、そのようですね」
シリウス様の声音は穏やかだが、不思議そうでもあった。
それも無理はないだろう。
ここは誰がどう見ても紳士小物の店で、女性がふらりと気まぐれに立ち寄るには違和感がある。
(で、できればもう少し見たいんだけど……)
どう伝えたものかと私が口ごもっていると、男性店員がこちらへ近づいてきた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用向きで?」
男性向けの店だからか、店員の視線は当然のようにシリウス様へ向けられる。
(今だ……!)
シリウス様が店員へ対応している隙をついて、私はそろりと距離をとった。
棚の影に隠れるように移動しながら、店の商品へ視線を走らせていく。
その時、店の最奥に置かれたガラスケースが私の目に入った。
指紋一つない透明なケースの中には、高価そうなネクタイピンやカフスボタン、革財布などが整然と並べられている。
その内の一つ――金の縁どりが施されたカフスボタンから、私は目が離せなくなってしまった。
(……綺麗)
ゆっくりとガラスケースへ顔を近づけて中を覗き込む。
中央の石は、琥珀から薄水色へと溶け合うようなグラデーションになっていた。
まるで、シリウス様のオッドアイのような……不思議な色合いをしている。
(どうしても……これがいいわ)
一目見て、気に入ってしまった。
カフスボタンの前に置かれた値札を確認すると、手持ちのお金でぎりぎり手が届く金額だ。
「そちら、お気に召されました?」
食い入るように見つめていたせいだろうか。
ガラスケースの奥にいた店員が話しかけてきた。
「……はい。とても」
私は小さく頷く。
短い受け答えの間に、私の心は決まっていた。
「あの、これをお願いします」
「かしこまりました」
店員は静かにケースを開けると、カフスボタンを取り出した。
店員がカフスボタンを用意してくれている間も、会計をしている間も、私はシリウス様が来てしまわないか気が気ではなかった。
どうしても、ちらちらと背後を確認してしまう。
そんな私の様子を見てか、店員が小さな声で尋ねてきた。
「お連れ様への贈り物ですか?」
「……はい」
私が小声で答えると、店員は柔らかく微笑んだ。
「お連れ様は幸せ者ですね」
(幸せ者?)
確かにプレゼントをしてもらえるという意味では、『幸せ者』と呼ばれてもおかしくはない……?
意味を図りかねて私が首をひねっていると、店員が言葉を付け足してくれた。
「女性からカフスボタンを贈るのは意味がありましてね。特別な男性に贈られることが多いものですから」
「そうなんですか?」
カフスボタンを贈る意味……。どんな意味があるのだろうか。
けれど、店員の様子を見る限り、きっと悪い意味ではないに違いない。むしろ、おそらくいい意味だ。
「ええ。喜んでいただけるといいですね」
「……ありがとうございます」
私と話しているうちに、包装が終わったようだ。
カフスボタンは小箱に入れられ、青いリボンがかけられていた。
(シリウス様が喜んでくれるといいな)
店員から小箱を受け取った、その時だった。
「セレフィア、こんなところにいたんですね」
「わぁっ!」
後ろからシリウス様に声をかけられ、飛び上がるほどに驚いてしまった。
振り返れば、シリウス様が私の方へと近づいてきている。
私は小箱を見られないように、素早くポケットへしまい込んだ。
「? 今、なにかしまいました?」
「いっ、いいえ! そ、それよりそろそろお茶会に行きませんか!?」
苦し紛れに話題を変えるとシリウス様は一瞬だけ視線を逸らし、考え込むような仕草を見せた。
「……確かに、そろそろいい頃合いですね。会場に向かいましょうか」
「はい!」
これ以上ここにいると、何かの拍子にボロを出してしまいそうだ。
さっさと店から撤退したい。
私はシリウス様の背を押すようにして、店の外へと促した。
店の外に出ると、もう夕日は沈みこんでいた。
代わりに空には薄闇が降り、星々が瞬き始めている。
頬に触れるひんやりとした夜風に、さっきまでの緊張が解けていくような気がした。
(……買えた。ちゃんと買えた……!)
まだ買っただけで、渡してはいない。
それなのに、なんだか妙な達成感を感じていた。
ポケットにある少しの重みに、頬を緩めてしまう。
「セレフィア、なにかいいことでもあったんですか? 楽しそうだ」
「はい、ありました!」
素直に即答してしまった私に、シリウス様はわずかに目を見開いた。
「そうですか。あなたが楽しそうなら何より」
シリウス様は穏やかに目を細める。
私の様子に疑問を持ちつつもそれ以上聞き出すつもりはないようで、シリウス様は大通りの道の先へ視線を向けた。
「このまま歩いていきましょうか。王立庭園は、すぐそこです」
そう言うと、シリウス様は自然な動作で私の手をとった。
温かくて大きな手のひらが、私の手を優しく包み込む。
並んでゆっくり歩き出すと、夜風の冷たさよりも繋いだ手の温もりの方を強く感じた。
(……早く、渡したいな)
この小さな箱に込めた私の気持ちごと、受け取ってほしい。
柄にもなく浮かれたことを考えながら、星空茶会へ向かって歩き出した。




